イギリス地方公務員都市計画家キャリアと出産育児休暇制度

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Work from home

日本の地方自治体公務員のキャリアの在り方少子化について書いたところ、「イギリスでは実際のところどういう風になっているのか?」という質問があったので、それについて私自身の例をお話しします。少し古い話になりますが、新卒からのキャリアスタート、自治体間での転職、出産育児休暇取得からフレキシブルワーク制度を利用しての職場復帰までの体験談となります。

大学卒業から就職まで

私はイギリスの大学の都市計画科、学士課程と修士課程で都市計画を勉強した後、職探しを始めました。イギリスには日本のような新卒一括採用の制度はなく、卒業生は空きのあるポストが募集されているのを探して、それに応募します。都市計画の仕事は民間にもありますが、地方自治体の方が多いし、地域に関わる仕事がしたかったので、地方自治体の都市計画家のポストを探しました。とはいえ、都市計画というとかなり狭い領域なので、適当な空きポストがたくさんあるわけではないし、学校の教師などと違って、一つの自治体に必要な都市計画専門家の数は限られています。しかもほとんどのポストは「経験要」とか「英国王立都市計画(RTPI)国家資格要」となっていて、新卒を採用してくれるところが少ないのです。RTPIの国家資格取得には学士や修士での都市計画課程プラス最低2年の経験が必要です。「経験がないから仕事を探しているのに」という思いは他の学部の新卒生と同様。他の専攻で民間企業で職探しをする人は無給のインターンなどからスタートする人もいます。

私が新卒で地方自治体での仕事を探していた時によく見たのが、9か月くらいの期間限定の出産育児休暇スタッフの代替ポストです。既に正規職員として働いている女性スタッフが出産育児休暇を取る期間だけの臨時契約で採用し、そのスタッフが職場復帰すると契約が終了するというもの。契約が終わった時点で運がよければ新しいポストを用意してくれることがあったり、そのスタッフが職に戻らないことに決めてそのまま正規のポストに移れたりすることもあります。でも私は初めからずっと働き続けることのできる正規のポストに就きたいと思っていたので、そういう臨時ポストには応募しませんでした。

その時に住んでいた地方で仕事をくまなく探したものの、ちょうどいいものがなかったので、職探しの範囲を広げてイギリス中としました。やっとイングランド中部にある自治体都市計画課での採用が決まったのですが、引っ越さなければならず、その時既に結婚していたので1年半の間別居生活をしていました。就職先の自治体が職員用に市営住宅を用意してくれたので、住居費が安く済んだのは助かりました。

自治体間での転職

最初の自治体の都市計画課で「ミレニアムアーバンフォーレスト」という、都市部に植樹をするプロジェクトなどに携わって1年半たった時です。家があった地元の自治体の都市計画課が新規プロジェクトを始めるために都市計画家を募集していたのを見つけて、それに応募すると採用が決まりました。最初の職場でやっと慣れたころにたった1年半でやめることになって悪かったなとは思いましたが、親切な人ばかりでみんな快く送り出してくれました。

その後、地元の自治体で環境開発プロジェクトを担当しました。小さい自治体なので一人で何でもやらなければならず、大変でしたが様々な経験ができました。この自治体で働いていた時に2年の経験も積んだので、英国王立都市計画協会(Royal Town Planning Institute)の国家資格にも応募して取得することができました。ここで数年間働いた後、その近隣のもっと大きな自治体の都市計画課に自分の経験にあったポストの募集があったので、応募して採用してもらいました。

その前の自治体は都市計画家が7~8人でしたが、この自治体には、政策チーム(マスタープランを作る部署)、都市計画開発許可申請チーム、プロジェクト実践チームと3つの部署に合計30人以上の都市計画家がいました。そのうち、プロジェクト実践チームで都市開発プロジェクトや環境プロジェクトで様々な業務を担当しました。大きな自治体だと、都市計画家だけでも、その人それぞれの専門分野がさらに細かく分かれ、例えば歴史的建造物保存のスペシャリスト、自然保護専門家などを擁し、その人たちはその専門を生かしキャリアアップするときには他の自治体の同じような部門に転職する人もいます。自治体内で自分の専門とは異なる種類の仕事をする事はまずありません。日本のようにジェネラリストを育てるようなメンバーシップ型雇用とは対極のジョブ型雇用となっているのです。

出産・育児休暇

子どもを出産したのは18年前で、かなり前の話になり、今では制度なども少し変わっていると思いますが、当時の経験を書きます。

私が妊娠した時は5年にわたるかなり大きなプロジェクト二つを担当していたので、上司に妊娠を報告すると共に2人でこれからどうするかを考えました。出産育児休暇の期間は人によって様々ですが、私はできたら9カ月間の出産育児休暇を取得したかったので、人事担当とも相談した結果、この間の代わりの臨時スタッフを募集することになりました。

イギリスでは妊娠、出産にかかる費用はすべて無料です。これには不妊治療費用、妊娠中の検査、無痛分娩や帝王切開も含む出産・入院費用、出産後の家庭訪問とサポート、妊婦・出産後1年間の歯科治療、両親学級なども含まれます。また、父親休暇、両親育児休暇、フレキシブル・ワーク制度などを利用できるほか、子ども手当、託児費用補助などが提供されます。シングルペアレント(母子・父子家庭)や低所得家庭、障害を持つ子供などには特別な補助もあります。

また、私が出産した2003年はブレア・ブラウン労働党時代(1994~2010年)に幼児教育をはじめとした家族政策が拡大された時期と重なっていたので、新しい制度のおかげで幼児教育補助を受けたり、新設された保育所を利用できたりもしました。まわりに育児を手伝ってくれる家族親族もいない私にとっては、かなり恵まれた環境だったと思います。

代理の臨時スタッフ雇用

当時私が担当していたプロジェクトはほとんど一人でやっていたので、私の休職中、それを進めるためには、誰か代わりのスタッフが必要となります。そのため、9か月の期限付きで臨時スタッフを募集しました。私が新卒でよく見たタイプの募集で、できたら期限なしの正規雇用を探す人が多い中、それほど魅力的なポストではないため、条件もかなり下げての募集にしました。応募はたくさんあったのですが、書類選考の段階でこれという人がほとんどいませんでした。

その中でもとりあえず話を聞いてみようと2人を選んで面接(私と私の上司、人事担当者)しましたが、残念ながら仕事を任せられるような人たちではありませんでした。

上司といろいろと頭を悩ませた結果、誰も採用せず、その間のプロジェクトは上司と当時私の補佐をしてくれていたアシスタントが必要最低限のことをやり、後は私が育児休暇から戻ってからスピードアップして進めるということに決まりました。上司は内心、私が育児を引き受けてくれる人を探して、早めに職場復帰してくれることを願っていたのではないかと思いますが、それを口に出して言われることはなく、私は予定通り9か月の育児休暇を取りました。

職場復帰とフレキシブルワーク

9か月の育児休暇終了前には知り合いの紹介で信頼できるチャイルドマインダーを見つけることができました。イギリスでは保育園でも乳児から預けることもできますが、自宅で複数(1~5人)の子供の世話をする資格を持っている「チャイルドマインダー」だと家庭的な環境で見てもらえます。チャイルドマインダーはOFSTEDという政府機関が登録審査をしている認定者なので信頼もできます。なので、子供が小さいうちはこのチャイルドマインダーに預けることにして職場復帰しました。

また、職場復帰する際にその自治体が定めていた「フレキシブルワーク」制度を利用し、週5日のフルタイム勤務だったのを週4日にし、そのうち1日は自宅勤務ということにしてもらいました。イギリスでは6歳未満の子供がいる場合、労働時間を短縮したり在宅勤務を申請することが法律で認められています。今では新型コロナウイルスの流行によるロックダウンで在宅勤務が普通になったものの、その頃はまだフレキシブルワーク制度が始まったばかりでした。でも、その自治体でフレキシブルワークを導入するときに、プロジェクトチームとして都市計画課を代表してその開発に関わったので、自分でも利用してみたいと思っていたのです。

職場復帰後は停滞していたプロジェクトを猛スピードで進める必要があったため、フレキシブルワークで労働時間を短くして大丈夫なのかという懸念もあったとは思いますが、スムーズに事が運びました。というのも、週3日職場にいる間に現場での訪問やミーティングなどを集中してこなし、週に1日の自宅勤務で報告書や委員会への提出書類などを書いたりする作業が効率よくできたのです。おかげで担当していたプロジェクトも無事に予定通りに完成させることができました。

共働きの問題

このように、イギリスの雇用環境がフレキシブルで出産育児においてキャリアが途切れないように制度設計されているためもあって、私も出産育児をしながらキャリアを続けることができました。けれども、問題はこの後にやってきました。共働きだと、カップル2人の仕事が関わってくるからです。

配偶者の仕事が変わったために、通勤にかなり時間がかかるところに引っ越すことになったのです。週4日勤務で1日は自宅勤務だったため、職場に行くのは週3日だけだから、片道1時間の車通勤も何とかなるかもと思っていました。でも、ラッシュ時に通勤すると渋滞に巻き込まれて片道1時間半以上かかってしまいます。そのため、朝食前6時に家を出て7時から午後3時まで働くことにしました。フレキシブルワークで7時から19時までの間なら就業開始と終了時間を選べたのです。朝食は職場について、パンを食べながら仕事をすると言った具合です。

けれども、毎日朝食を家族3人で食べられないこと、保育園や学校への子供の送迎、放課後のアフタースクール探し、長距離通勤など、様々な要因が重なって、この仕事を継続することが自分や家族にとって最適ではないと考えるようになりました。その当時、日本からの依頼で仕事をする機会が増え始めたこともあったし、イギリスやヨーロッパの顧客向けの仕事をコンサルタントベースでやることもできるということもあり、自治体の仕事はやめ、自宅をベースとして働くスタイルに変えました。

最後に

今は自宅での仕事スタイルがすっかり身についています。コロナによるリモートワークの普及もあって、私だけでなくこのような仕事の仕方が一般的にもなってきました。今思えば、子供が小さかったときにこのような仕事の仕方ができていたらよかったのにと思うこともあります。子供が小さい時、もっとずっと一緒にいてあげられたのにと。

子供が小さい時は一瞬のうちに過ぎてしまいます。父親、母親に限りませんが、フレキシブルな働き方が普通になって、親と子供が一緒に過ごす時間がもっと増えるようになったらいいと思います。

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