最近日本からのニュースで山口県阿武町の誤振込の事件について聞きました。詳細が分からないので、事件そのものについては何とも言えないのですが、地方自治体の人事異動について考えるきっかけになりました。日本とイギリスの自治体の人事配置がジェネラリスト養成か専門性を追求するかで対照的だからです。
阿武町と自治体人事
山口県の阿武町は人口3,000人あまりの、村と言ってもいいほどの小さな町で、こんな「事件」でもなければ、誰も知ることもなかったようなところです。日本中にこういう町や村があって、少子化、高齢化による人口減少で、自治体経営がますます難しくなっているのだろうということが想像されます。
イギリスに長く住む者から見た一般的な感想としてですが、日本の地方自治体の人事異動について不思議だと思うことがあります。全部が全部そうではないかもしれないのですが、私が聞く限り、市役所や町役場などの職員は3~5年程度で人事異動があり、さまざまな部署で業務を担当するということです。
今回、阿武町の誤送金に関わった職員は新人で、それまで出納係で経験を積んでいた職員が他部署に異動したために、はじめて出納業務に関わったと聞きました。出納業務とはいえ、実際は「フロッピーディスク!」を銀行に持って行ったというくだりにも驚いたのですが、それはまた別の話。小さな町役場だと、出納業務を担当していた職員が異動して他の業務担当となり、その代わりを新人職員が引き継ぐというのは、普通なのだろうと推察されます。
役所の異なる職場で人事異動をさせることによって多様な業務を多く経験させることは、何でもできるジェネラリストの養成が目的となっているのでしょうか。さらに、さまざまな業務を経験することにより、将来管理職となった場合に部下を管理するための広い知見が習得できるということも理由なのかもしれません。
自治体内での異動
それにしても、日本の自治体内人事異動の範囲はかなり多岐にわたっているようです。関連分野ではないとなると、異動直後にはその分野で素人同然の職員が業務を担当することになることもあるでしょう。それによって、その職員が慣れない業務をこなさなくてはならないとなると、経験者よりも時間がかかるだろうし、たまにミスが起こるのも仕方がない気もします。そうでなくても、担当者本人にもかなりの負担となるだけでなく、その分野で新人の担当者に業務内容の引継ぎをしたり、教えたりするのにもエネルギーと時間がかかるでしょう。
それが単純なルーティーン作業で誰でもできるものならいいのですが、かなり複雑な業務や専門性が必要とされる職務担当者もこのような異動の対象になっているようです。これは、日本人一般の教育水準が高く、誰にでも何でもこなせる能力が均一に身についているからこそのうらやましい話なのかもしれません。
イギリスの自治体では
イギリスに長く住み、地方自治体で働いてきた私には、そうとしか思えないのです。というのも、イギリスでは地方自治体といえども、それぞれのポストの業務内容が決められていて、そのポストに就いている人が本人の希望もなく異動させられるということは、ほとんどないからです。空きが出たらそのポストは自治体内外で業務内容詳細、必要とされる学歴や職歴とスキル、勤務条件や給与などを明記した上で募集し、応募者の中から適当な人が選ばれます。これは、業務内容が受付や事務業務といった、それほど専門性を必要とされないルーティーン作業が主なポストでも同様です。
都市計画課だと、その中でも政策立案、都市計画申請処理、自然環境、都市再生、アーバンデザイン、建築保存など様々な専門があるし、要求される経験度や能力も異なるので、特定のポストに沿った募集があり、それに応募した人の中から選びます。都市計画家は国家資格を必要としたり、経験がある人でないと選ばれないため、キャリアアップをするためには、他の自治体、または民間企業などの都市計画部門のポストに横の移動をする事が多くなります。
これは、教育、福祉、企画、公衆衛生、法律、税務、会計、エンジニア、ITスペシャリストなど、自治体で必要となる様々な業種や職務においてそうなっています。専門性の高い職務の場合、多くがその分野での大学以上の学歴があることが応募の最低条件となります。そして、それぞれの職に就いてからも、その専門性を高めていってキャリア形成をすることになるので、どの部署にもその道のプロと言える人々が働いています。
日本ではジェネラリスト養成?
日本ではそのような、特定の分野に精通した専門家を育成するよりは、多様な適応能力を持つジェネラリストを育てるために頻繁で広範囲に及ぶ人事異動が行われるのでしょう。ルーティーンに近いような業務だとそれでもいいのでしょうが、それでも人事異動によって全く未経験の部署の担当となり、その分野のプロとしての水準が求められたり、責任が問われたりするのは、けっこう重荷なのではないでしょうか。
特にデジタル化によって単純事務作業が不必要になり、代わりに要求されるのが高度化・複雑化した業務ばかりになっていくとしたら、そのニーズに応えるためにはプロとしての専門的能力と知見が求められることがますます増えていくことは明らかです。
今回、新型コロナウイルス対応業務について、日本では未だにファックスや手書きでやっていると聞いて驚きましたが、これも前回書いた「ブルシットジョブ」を維持するためにわざとデジタル化しないでいるのかもという気さえしています。
それよりも、単純作業はコンピューターに任せて、それぞれの分野で専門性のあるプロフェッショナルな公務員を育てるほうが、地方自治体業務全般にメリットがあるのではないかと思います。人口減による縮小化のため、将来さらに少ない数の職員で地方自治の複雑な問題解決が求められるとなると、ことさらです。さらに、はたらく職員一人一人にとっても、個人の希望や適性に沿った専門的能力開発やキャリア形成ができることは働きがいにもつながることでしょう。
都市計画では専門家育成に投資すべき
地方自治体の業務において、特にこのような専門性が必要となる部署とジェネラリストによる庶務がおもなものになる部署は、業務によっても異なってくるかもしれません。わたしにとって知見があるのは都市計画ですが、この分野は特に専門性が必要とされ、専門家としての知識や経験とその地域についての知見の両方が政策推進に役立ちます。
自治体内に専門家がいないために地域外のコンサルタントに業務委託することも多いようですが、専門的な知識はあれど、その地域のことについては何も知らないコンサルタントに高いお金を払うよりは、都市計画の教育を受けた人材を自治体職員として雇用し、さらにリカレント教育を継続させて人材育成に投資すべきです。
都市計画は長期的視点を持ってその地域の将来を見据えて政策を練ったり、地域の特性をよく理解し、地域住民との関係性を築きながら住民参加を通じて合意形成をはかっていくことが重要となるため、自治体内で育成した専門家に任せるべきなのです。
この記事を読んでくださっている方には自治体の方もいらっしゃるはずです。もし、自治体での人事についてのご意見やご感想があれば、聞かせてください。
いつも勉強させていただいております
長年、地方自治体の都市計画の部署で働いておりますが、都市計画に精通した職員の数は少なくご指摘の通りの状況を日々痛感しております
しかし、都市計画分野は土木、建築などの技術職が担うこともあり、まだいい方なのかもしれません
福祉分野などでは、専門家を嘱託職員(非正規)として雇用しているところもあると聞きます
正規雇用の職員は短期で異動してしまい、非正規雇用の嘱託職員の方が長い期間その部署で働いでいるケースもあるようです
制度や人事等で難しい部分はありますが、さまざまな分野で自治体には専門家制度が必要だと思います
一番難しいのは、待遇面かもしれません
自治体職員の給与は条例で定められており、改正には議会の承認が必要になります
成績給の導入は進んでいますが、専門家の技能に見合った給与を支払うような制度になっていません
今後、企業などでも副業が一般化するなど社会全体で働き方の多様化が進めば、公務員にも認めていこうということで制度が改正されるのでないかと期待しております