仕事:ブルシットジョブとエッセンシャルワーク

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Karrimor Phone in sick

イギリスで日本相手に仕事をしていると、無駄な仕事にお互いが時間とエネルギーをさくはめになり、日本の労働生産性が低いのもさもありなんと思うことが多いです。労働時間が長いのも、真に必要な仕事をしているのではなく、無駄な「ブルシットジョブ」を几帳面にやっているからではないかと思います。その反面、本当に必要な「エッセンシャルワーク」は、コロナ禍でその価値が再評価されました。コロナを機に、仕事について今一度考え直す人が多く、新しい働き方を模索する時かもしれません。

「ブルシットジョブ」とは

「ブルシットジョブ(くそ仕事)」とは、あまりお行儀のいい言葉ではありませんが、この言葉を紹介した米国の人類学者、故ディヴィッド・グレーバーはアナーキーな活動家でもありました。その彼が2013年に書いた記事で、世の中には「実際には何の役にも立っていない仕事」が多いのではないかと問うたのです。

これは、労働条件が悪い、きついという「ブラック」労働のことではなく、一見、人がうらやむような高収入の仕事、たとえば大企業の管理職、顧問弁護士、金融業やマーケティングのプロなどに多いとグレイバーは言います。

部下に実務をやらせてそれを「管理」するためだけの管理職、特に必要はないのに無駄な書類を作ったり、誰にも必要のない物を売るために広告やセールスをしたりする仕事で、働いている本人も内心自分の仕事が「ブルシット」だとわかっていながらやっているというのです。上司や企業を「立派」に見せるためにだけあるような仕事もこれにあたります。ドアマンや受付嬢、秘書などがこれにあたるかもしれません。

グレイバーは、1930年に経済学者のケインズが予測した未来について紹介しています。ケインズは、英国や米国などの先進国では、技術発達のおかげで、20世紀末までに人は週に15時間しか働く必要がなくなるだろうと言っていたのです。技術的にはその通りでも、実際はそうなっていないのはなぜでしょうか。

グレイバーに言わせると、1960~70年代にヒッピーブームが起きた時、国のトップが心配になったからだと言います。一般市民に暇な時間をたくさん与えると、ろくなことにならないから、労働時間は長いままの方がいいと思ったからなのだと、アナーキストらしい考え。人は時間ができると、本を読んだり考えたり、政府に抗議してデモをしたりもするけど、毎日の生活に忙しいとそういうわけにはいかず、政治などには無関心で従順な国民となって為政者には都合がいいというわけ。

さて、グレイバーがこの記事を書いた後、本人も驚いたのは、たくさんの人から「実は、私がしているのはブルシットジョブです。」と打ち明けるメッセージが来たこと。はた目には尊敬されている、大企業の経営層やプロフェッショナル達が、自分のしていることはブルシットだが、それを誰にも言えなかったなどと、長いメールで「告白」してくるのだそうです。グレイバーの記事を読んで、日頃のもやもやがはっきりしたという人もいます。とはいえ、報酬やステータスが高い仕事を辞めるわけにもいかず、周りの人に自分の仕事がブルシットジョブだとも言えず、内心悩んだり憂うつに感じたりしている人も多いようです。

その後2015年に行われたYouGov調査では、実際にイギリス人の37%が「自分の仕事は意味がない」と答えました。この数字はロンドン市民に限ると41%に上っていました。

グレイバーは自分がふと考えたことを本人たちが証明してくれたと感じ、自分の仮説が間違いではなかったことを確信して「Bullshit Jobs: The Rise of Pointless Work, and What We Can Do About It」という本にまとめるにいたりました。日本語訳もされているようです。(グレーバーは2020年に55歳で死去。)

日本の労働生産性が低いのは?

日本人は勤勉で、長時間労働をする人が多く、有給休暇があってもそれを100%消化する人も多いと聞きます。労働時間は長いのに、生産性は低く、2020年のOECDのデータによる一時間当たりの労働生産性は49.5ドルで、米国(80.5ドル)の6割しかありません。統計が始まった1970年以降、日本の労働生産性はG7最下位が続いているので、今に始まったことではないのですが。

日本の労働生産性が低いというのは、イギリスと日本を行き来したり、イギリスにいながら日本の顧客対象に仕事をする事も多い私には、統計を見なくてもさもありなんとわかります。

というのも、日本相手に仕事をすると、無駄で煩雑な書類をそろえたり交換したり、特に必要のない「打合せ」のために電話で対応したりということが多くて閉口することも多いからです。紙の書類にハンコを押してイギリスから日本に国際宅配便で送らなければならなかったり、書類の書式や記載事項を要望通り四角四面に守って作る必要があったり、ダメ出しをもらって訂正した見積書を出したら、日付を変更してくださいと言われたりして、雑事にばかり時間を取られます。それを日本側で催促したり、確認したり、訂正したりする人たちはもっと手間と時間を取られるでしょう。

イギリス相手の仕事だと、細かいことは何も言わず、コロナ前から何でもオンラインですんでいました。仕事だけでなく、政府関係の手続きもデジタル化が進んでいるため、コロナ禍でロックダウンとなってもスムーズです。NI番号というマイナンバーのようなものがあり、その番号さえわかれば(カードは必要なし)税金や医療サービスも、各種の給付金受け取りなども全てオンラインですみます。

日本に一時帰国中、役所や銀行で様々な手続きをする必要がありますが、いちいち窓口に出向いていき、長い時間待たされたり、必要とされる書類をそろえたり、帰宅してから押印したハンコがかすれているのでまた来てくださいと電話をもらったり、ということがよくありました。

顧客である自分の不便ばかりでなく、働いている人がどう感じているのかも気になります。ハンコのかすれを注意深くチェックする銀行員は自分のしている仕事をブルシットジョブだと思っているのだろうか。そんなことに貴重な時間とエネルギーを使う暇があったら、もっと生産性が上がる実務をした方がいいと思わないのかと。

とはいえグレイバーに言わせれば、銀行の仕事そのものがブルシットなのかもしれません。そこで働く人たちが無駄な書類を大量に作って長時間働いていることで、政府や社会についての問題を知ったり考えたりする時間もなく、世の中は平和に回っているのかも。

さらに、日本では店舗やサービス業で「お客様は神様です」ばかりの待遇を受けますが、イギリスでは最低限のことしかしてもらえません。閉店間際の時間にお店に行くと露骨に嫌な顔をされ、追い出されそうになります。

イギリスでは、何か不備があったとしてカスタマーサービスに連絡するとなると、自動応答電話ばかり。やっと人間につながったと思うと、外国語なまりの英語対応で、聞き取るのが難しかったりします。カスタマーサービスやテレマーケティングを人件費の安い外国にアウトソースする会社が多いのです。

こうしたサービスを受けていると、生産性が少し落ちてもいいので日本並みのサービスをしてほしいと、顧客としては思わないでもありません。でもそのサービスを提供する働く側のことを考えると、そうとばかりも言ってられません。

エッセンシャルワーク

コロナ禍の数年で、それまで当たり前にしていた仕事について考え直した人は多かったようです。全く仕事ができなくなった人も、自宅でリモートワークになった人もいます。

そんな中、医療・介護従事者、郵便・配送業の人、公共交通機関スタッフ、ごみ収集人、スーパーマーケット店員など、すべての人々の生活を支えるためのエッセンシャルワークをリスクを負いながら続けてくれた人たちもいて、日頃は忘れかけている感謝の気持ちを皆が再認識しました。

そのようなエッセンシャルワークをする人たちは、その多くが低い報酬で働いています。「私の仕事はブルシット」と打ち明けた大企業の管理職や顧問弁護士などに比べると低収入であることがほとんどです。

ブルシットジョブをする人はそのような働きがいのある「ディーセントワーク」をしている人に内心、嫉妬しているのだとグレイバーは言います。そのような労働者はやりがいのある仕事をしているのだから、金銭面で報われなくてもいいのだという考え方がどこかにひそんでいるのかもしれません。

長時間労働が問題になる看護師や学校教師などがその典型といえるかもしれませんが、これらの仕事は「やりがい搾取」になりがちです。社会にとって、真になくてはならない仕事をする人達こそ報われるべきなのに、ブルシットジョブをする人たちは高給取りの上、コロナで在宅勤務ができるというのと対照的。

コロナ後の働き方

日本以外の国では、昨今デジタル化がどんどん進み、たまに日本に帰るとあまりのアナログぶりに驚くことが多かったのですが、コロナという黒船によって日本も変わってきました。ハンコを押すために職場に行くことがどれほど馬鹿げたことかがわかってハンコ廃止が進んだし、リモートワークでも問題なく業務がこなせるということが分かりました。

長い通勤時間が無くなったこと、無駄な会議や訪問をしなくてすむこと、上司に始終仕事の進捗状況について確認されることもないということで、以前より労働生産性が上がったと感じる人も多いのではないでしょうか。

さらには、これまで職場で部下を「管理」したり、仕事をしているふりをしていたブルシットジョブの人たちは、オンラインでリモートワークになると、その仕事が意味のないことだったということが自他ともに分かってしまいました。

新型コロナウイルスは世界中に多大な被害をもたらしはしましたが、反面、新しい働き方を模索し、働き方改革を進める機会を与えてもくれました。

通勤時間短縮やリモートワークのためのフレキシブルワーキング

イギリスではコロナ規制はほとんどなくなりましたが、コロナ前は毎日職場に行っていた人たちに在宅勤務を続けたいという希望が多く、多くのオフィスワーカーたちの働き方は大きく変わりそうです。

先日行われた調査では、コロナ後に雇用者から職場に戻ることを強要されたらその仕事を辞めるという人の割合がイギリス人は世界一高いということでした。

週3日勤務になるとどうなるか

「ブルシットジョブ」をなくすと、ケインズが予測していたように、週15時間労働をしても社会経済は回っていくかもしれません。

みんなが週に3日だけとか一日3時間だけ働くことで、より多くの人が仕事を分け合うことができます。家事育児や介護のために長い時間働けない場合でも、配偶者同志が仕事と家庭の負担を調整してやっていくことも可能です。

空いた時間をどうするの?と考える仕事人間もいるかもしれません。そのような人にこそ、家庭での家事育児や介護、近所づきあいなど、家庭や社会で生きていく一員としての最低限の「しごと」をすることが必要です。

そして、ゆっくり家族や友人と過ごす、趣味や創造、スポーツやレジャー、地域コミュニティやヴォランティア活動、社会運動など、自分がやりたいこと、楽しいと思えること、やりがいを感じることを心ゆくまですることで、ストレスからも解放されるでしょう。

また、仕事以外の興味をもち、身の回りのことを自分でできるような習慣をつけることで、定年後にお荷物になってしまうおじさんにならずにすみます。仕事だけではない生き方をするのは、人生100年時代にますます大切になってくるでしょう。

イギリス人は仕事以外の余暇を大切にし趣味や社会活動をする人が多いので、職場でも週末は何をしたのかで話がはずみます。山登り、庭仕事、DIY、乗馬、ヴォランティア活動など、仕事以外に情熱を持っている人には魅力的な人が多く、仕事人間の日本人とはずいぶん違うものだと思いました。

ずいぶん前、携帯電話がやっと普及し始めた2000年頃に、イギリスのアウトドアブランド「Karrimor(カリマー)」のポスターが話題になりました。高い山のてっぺんに座っている登山者の写真に「phone in sick」というキャプション。これは「電話で病欠連絡をする」という意味です。大自然に囲まれてレジャーを楽しんでいるのだから、月曜だからといって急いで職場に戻ることはないというわけ。

日本人なら「仮病を使って仕事を休むなんてけしからん」と思うのではないでしょうか。その当時、まだ日本人的な考えを持っていた私も、こんなポスター作って大丈夫なの?と思ってしまいました。

でも、ほとんどのイギリス人はこれを見て、そりゃそうだと感じてたようです。そして私も、この頃から日本人的ワーカホリックからイギリス人的発想に変わっていった気がします。

実は私はこのポスターを見たあと、カリマーのゴアテックスジャケットを買ったのでした。そのジャケットは20年たった今でも健在で、愛用しています。散歩に行ったり、庭仕事をするために。

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