ジャニーズだけ?国連人権作業部会の訪日報告

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

先日、ジャニーズの性加害問題を国連が調べに来ると聞いて意外に思いましたが、国連加盟国の「ビジネスと人権」を調査するための作業部会が訪日し、その一環としてこの件も扱われたということがわかりました。この作業部会の記者会見では、日本社会の人権問題について広範にわたって重要な指摘がされていたのに、日本メディアの記者はジャニーズ問題にしか関心がないようです。日本の人権意識の低さはメディアの報道の在り方にも問題があるように感じました。

国連ビジネスと人権作業部会訪日調査

国連は加盟国の人権問題について様々な啓蒙や改善活動を行っていますが、その一環で「ビジネスと人権」分野で加盟国の状況を調査し、改善事項を推奨する報告書を作っています。この一環として、ワーキンググループが今年7月末から12日間にわたって日本各地(東京、大阪、福島、北海道など)を訪問し、政府各省、大阪府や札幌市などの自治体、様々な民間企業、人権活動家、ジャーナリスト、労働組合、万博関係者などと面会をしました。

その前にも机上調査をしており、これからもそれを続けて報告書をまとめ、2024年6月に国連人権理事会で発表される予定です。今回は、訪日調査が終わった時点での中間報告といった形で報告書をまとめ、それについての記者会見が行われました。このような記者会見では、通常それほど日本メディアがたくさん駆けつけるということはないのですが、今回はその後にジャニーズ性加害被害者の会見があるということもあり、たくさんの記者が参加していたようです。

報告書と記者会見の内容

記者会見では国連代表二人が訪日調査の結果を報告し、9ページほどの報告書も日本語訳で提供されています。この報告書は日本におけるビジネスと人権状況に置いての状況と課題について包括的にまとめてあるものとして、誰にでも読んでもらいたい内容です。

簡単に要約すると、日本は2020年に「ビジネスと人権に関する行動計画」(National Action Plan=NAP)を策定したにも関わらず、「国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」の浸透状況や国内の政策に未だ大きな課題があるということ。

地方と中小企業に問題

国連代表は、特に東京以外の地方で、人権問題についての認識が欠けていると指摘しています。これは、民間企業についてだけでなく、労働組合、市民社会、地域社会代表など、すべての関係者に言えることです。人権意識についての認識が欠けているために、移民労働者などのマイノリティの保護や人権侵害からの救済ができていないということ。

この問題は、日本企業の大部分を占める中小企業に顕著です。大企業、特に多国籍企業は人権問題について理解しているものの、それ以外の企業とのギャップが大きく、日本政府は人権問題、特にUNGPsとNAPについて、ガイダンスを提供したり、研修や啓発を実施するべきだとしています。

司法の人権認識

さらに、日本の司法にも問題があると指摘されています。裁判所へのアクセスに障壁があるため、救済が得られない人が多いという問題です。

これは、裁判にお金がかかることだけではありません。そもそも、通報メカニズムがなかったり、不透明であり、裁判に勝っても賠償金が不十分だったりします。

この背景には、日本では、そもそも裁判官や弁護士でさえ、人権問題についての認識が低く、研修や啓蒙が必要であるのだという指摘がありました。

人権侵害のリスク集団

作業部会は日本で人権リスクにさらされやすい集団として下記を上げています。

  • 女性(賃金格差、非正規労働、企業幹部に占める割合、セクハラ、性差別)
  • LGBTQI+(パートナーシップ制度、差別、憂慮すべき職場慣行)
  • 障害者(労働市場へのインクルージョン、職場での差別、低賃金、サポート)
  • 先住民族(アイヌへの人種差別、開発プロジェクトに対してのプレッシャー)
  • 被差別部落(職場での差別、ヘイトスピーチ、差別訴訟へのアクセス)
  • 労働組合(結成困難、集会の自由に関しての障壁、組合員の逮捕)

気候変動や健康

このテーマでは、事業活動が人権に及ぼす影響と持続可能な環境が関連することについての認識が弱いことが挙げられています。また、気候変動対策の取り組みを加速し、公正な移行に向けた配慮を促すといった、SDGsESGに関連する問題を扱っています。

報告では、特に福島原発の廃炉作業員の労働環境が劣悪であると指摘があったのが印象的でした。東京電力の下請けが5層にも及んでおり、下層の業者は低賃金を余儀なくされていること、熱中症などの労災で命を落とす人もいること、さらに通報システムが機能していないことを問題視しています。

技能実習生や移民労働者

日本で技能実習生や外国人労働者が日本の人で不足を補う重要な役割を果たしている半面、これらの労働者がリスクの高い状況に置かれ、情報へのアクセスが不十分であるとしています。

劣悪な労働状況や低賃金、日本人に比べ同一労働でも同一賃金になっていないケースも指摘されています。

さらに、雇用主が中国人や韓国人労働者にヘイトスピーチを繰り返すなどの差別も問題視され、訴訟をしても補償がなく、司法でも救済の道が閉ざされているという問題もあります。

メディアやエンタメ業界

メディアとエンターティメント業界の人権問題については、この業界の搾取的な労働条件がハラスメントや性暴力について不問に付す文化を作り出していると指摘しています。たとえば、女性ジャーナリストが性的なハラスメントや虐待を受けても放送局が救済措置を講じないことや、アニメ業界での過酷な労働条件や不正な下請け関係の例が挙げられました。

ここでジャニーズ事務所の性加害問題が取り上げられ、同社のタレント数百人が被害にあったとし、日本のメディアが数十年にもわたり、不祥事のもみ消しに加担したと報告。これまで、企業が対策を講じなった以上、政府が主体として捜査を確保し、被害者の救済を確保する必要があると明言しました。

そして、これを教訓としてあらゆるメディア・エンターティメント業界がこのような問題に対処するようよびかけます。

独立人権機関設置と社会規範の変革

国連作業部会は、まとめとして「日本がビジネスと人権分野での官民イニシアチブで十分に取り組めていないシステミックな人権課題について、懸念を抱いている」と結びました。

そのためには、国家人権機関(NHRI)を設置することが必要だと求めています。これは「国家人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」に沿って各国で設置されている独立した専門の人権機関で、日本にはいまだに設立されていないのです。

国内人権機関とは「人権の伸長と保護のための国内機関(National Institutions for the Promotion and Protection of Human Rights)」と呼ばれる組織です。国連加盟各国が議論を重ね、1993年に採択されたパリ原則(国内人権機関の地位に関する原則)に則って各国が設置します。たとえば、イギリスには「Equality and Human Rights Commission(平等と人権委員会)」が2007年に設立されています。それ以前には人種差別、障害者差別、男女などの平等のための機関があったのが一つに包括されたもの。年齢、性的志向、宗教や信念などにおいての差別をなくし、人権保護を推進するのが目的です。

さらに、日本でマイノリティに対するハラスメントがなくならない背景にある理由として、根強い社会規範とジェンダーなどに関する差別意識をあげ、この問題解決に取り組むべきだとしています。

そのうえで、企業はアカウンタビリティへのアクセスを促進するべきだし、政府は人権侵害の被害者に、透明な調査と救済を確保すべきと勧告しています。

日本メディアの報道

国連作業部会の記者会見では、報告の後で日本メディアからの質問の時間がありました。けれども、記者たちから出てくる質問はジャニーズ性加害問題についてばかりです。もちろんこの事件は深刻な人権侵害、児童虐待の問題ですが、この報告の中では一部にすぎません。

国連代表者も途中で苦笑いして、わざわざ「他の問題についても質問してください」と言ったのですが、それでもなおジャニーズ問題についての質問が続くというのが異様でした。

というのも、ジャニーズ性加害問題については、わたしはイギリスBBCがドキュメンタリー番組を報道した今年3月からずっと注視していました。最初、日本の新聞やTVなどのメインメディアはこれを全く無視していて、BBC番組のほとぼりが冷めるのをそっと待っているような感じでしたが、そうはなりませんでした。その後、日本メディアには取り上げてもらえないということが分かった被害者が日本「外国」特派員協会で記者会見してから、報道せざるを得なくなったようです。それから、新たな告発者もあらわれ、報道の輪は広まってきました。でも、この会見を見ると、メディアの多くはこの話題で視聴率や購読率が上がるからという理由で、今は関心を寄せているのだと、私には思えました。

この記者会見じたいがそもそもどういうものなのか、知らない記者もいたのかもしれないし、特に「人権」問題に関心があったわけではないのかもしれません。実際、この会見についての報道もジャニーズについてのものがほとんどで、国連作業部会が熱心に求めた、日本での専門の人権機関の設置や社会規範の変革の必要性、マイノリティへの配慮などについて触れたものはあまりなかったようです。

日本の人権問題意識の低さ

日本に、政府から独立した専門の人権機関がないことや、包括的な差別禁止法が整備されていないことについては、かねてから国連などから国際的な場でも指摘され続けてきていることです。それなのに、日本政府は応じてこなかったわけですが、そもそもそういうことについて日本メディアはあまり報じてこなかったのではないでしょうか。

これは、日本の政府や企業、一般社会が人権を重視していないからということなのかもしれませんが、メディアが報道しないと世論も盛り上がらないでしょうから、ニワトリと卵の悪循環なのでしょう。

この記者会見でメインメディアがジャニーズ問題だけに関心を寄せたこと自体がそれを物語っていると感じました。この問題について日本メディアが長年取り上げてこなかったのは、同性愛スキャンダルやエンタメ業界のゴシップとして扱い、深刻な人権問題であり児童虐待であるという認識がなかったからなのではないでしょうか。

奇しくも、外国メディアであるBBCが取り上げたことが発端となり、外国特派員協会での被害者会見につながり、国連人権作業部会に取り上げられるという「外圧」によって、日本メディアもやっと動き出したようです。これをきっかけにして、日本には、社会的な構造や規範に根差した人権的な課題があり、リスクにさらされた人々への救済ができていないということについて、メディアも政府も一般国民も真剣に考えるべきです。

参考資料:

国連ビジネスと人権の作業部会訪日調査ミッション終了ステートメント(2023年 7月24日~8月4日) 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

メルマガ登録フォーム

* indicates required




コメントを残す

*

CAPTCHA