食料危機対策としての自給自足「勝利のために耕そう」

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Dig for Victory

前回、ロシアのウクライナ侵攻によって食料安全保障について考えなければならないという話をしました。戦時の食糧不足という問題はこれが初めてではなく、第2次世界大戦時にも多くの国で経験したことです。庭好きな人が多いイギリスでは「自宅の庭のバラや芝生を取っ払って畑にし、自給自足しましょう」というキャンペーンが行われました。

第2次世界大戦時のイギリス

イギリスは小さい島国で、あまり農業には適さない国です。狭いだけではなく、日照時間が短く気温も低いときて、天候条件もいいわけではありません。じゃがいもやかぼちゃなどは育ちますが、なすやトマト、果物などは栽培が難しいのです。

イギリスは古くから貿易で生きてきた国です。イギリス人に欠かせないお茶も、自国では栽培できない香辛料も常に外国から調達することができました。

産業革命以降は特に、急速に都市化が進み、地方に住む農業従事者が都市に移住して労働者となったことで、農業はさらに衰退しました。だからと言って食料供給に困ったわけではありません。

イギリスの工場でできた生産品を外国に売り、そのお金で食料を輸入できたので、自国で無理して野菜や果物を育てる必要性がなかったのです。一般国民にしても、地方で細々と農業をしているより、都市の工場などで働いて賃金を得る方が収入が多かったりしました。

このため、第2次世界大戦がはじまった頃、イギリスは5500万トンの食糧を他の国から輸入していました。例えばチーズの7割、果物の8割、穀物の7割程度を輸入に頼っていました。当時の食料自給率は30%と、他のヨーロッパ諸国に比べても一段と低かったのです。

外国から食料を輸入しなければ国民が困窮するということは敵国ドイツも承知しています。なので、ドイツ軍はUボートなどで、イギリスに食料を輸送する商船を標的にして攻撃し始めました。このため、イギリス国内に入ってくる貨物はかなり制限されることになりました。

農業国のフランスなどはナチスに占領されても国内に食料はふんだんにありますが、イギリスではそういうわけにはいきません。

農業従事者も兵役に取られ、ただでさえ食料生産が難しくなっている戦時下で食料不足は深刻となりました。

政府は、貧しい人にも食料が公平に行き渡るようにするために、食料の配給を始めました。肉や砂糖、バター、牛乳、卵などが配給として全国民に公平に供給され、食品価格の高騰を防ぐために、政府は主要食品に助成金を出しました。

Dig for Victory(勝利のために耕そう)

1939年にイギリスの農業省は「Dig for Victory(勝利のために耕そう)」というキャンペーンを始め、「Grow Your Own (食料の自給自足)」を呼びかけました。ポスターを作ったり、チラシを配ったりして、一般国民に自宅で食べ物を育てるように奨励したのです。

イギリス人は庭好きですが、普通の家だと芝生をしき、花壇で花を育てる方が主で、畑まで作る人はまれでした。100年前から野菜は店で買うものだったのです。

それまで野菜など育てたことがなかった人のために、政府は素人でも簡単に作れる野菜のリストや作り方を教えるチラシを配ったり、各地で講習を行いました。特にじゃがいもは栽培が比較的簡単で、多くのカロリーがとれるし保存にも向いているということですすめられたようです。

さらに、じゃがいもを使ったスープや人参ジュースなど、栽培された野菜を作ったレシピも配布されました。

たんぱく質不足を補うために、自宅の庭に鶏、豚、うさぎなどを買う家庭も多かったようです。当時の子供はペットにうさぎを与えられたと聞きます。そして、ペットのうさぎが時々、一回り小さいものに変わっていたことも。

アロットメント(市民農園)

第一次世界大戦中にドイツによる経済封鎖のために始まったアロットメントと呼ばれる市民農園も、平和な時代に利用が減っていましたが、戦時にまたよみがえりました。1939年には85万くらいまでに減っていたアロットメントが1943年には140万に増えたのです。

政府は各地方自治体に使われていない土地を畑にするように推奨しました。公園や運動場、ゴルフ場、鉄道線路のそばの土地も畑になったほか、アパートの屋上からバッキンガム宮殿やウィンザー城の庭、ロンドン塔の堀に至るまで菜園と化しました。

アロットメントは戦後になると、再びすたれていきましたが、最近は「コロナ戦争」でまた人気が復活したことを下記の記事に書いています。

https://globalpea.com/allotment

戦後の国際情勢

第2次世界大戦が終わってから、世界はおおむね平和になりました。もちろん、世界のどこかではずっと戦争や紛争が起こってきたのですが、少なくとも私が暮らしていた日本やイギリスでは。

冷戦時代には欧米でもひやひやする時期もあったのですが、ゴルバチョフ後、東西関係が改善してからはいい時代になりました。国際化も進み、世界各国はますます国際貿易に頼るようになりました。各国で豊富に取れる資源や、その国が得意とする生産品を自国分だけではなく輸出もする、それで得たお金で食料や他の生産品を外国から輸入するのがますます盛んになりました。

外国産のチーズや果物、安い肉など、目新しいものもスーパーで簡単に手に入るし、季節の物ではない食品も地球の反対側から送られてきます。イギリスでは特にそうで、野菜、特に果物などは輸入品がほとんどで季節感も何もありません。私個人は冬のトマトやキュウリ、春夏のリンゴなどに違和感があったのですが、子供は1年中それを欲しがるため、旬のものを待つということがなくなりました。

もちろん食べ物だけでなく、エネルギーも工業製品も輸出入に頼ることが増え、経済的に相互依存しているからこそ、戦争などもできなくなったということがいえます。国際間の関係がぎくしゃくすると貿易上の問題が出てきて困るというのは、防衛費を増やしたり強力な軍を持つことより世界平和に貢献してきたのではないでしょうか。

それも今回のロシアによるウクライナ侵攻で考え方を変えざるを得ないことになってきました。エネルギーにしても食料の安全保障にしても。何かあった時に自国、少なくとも友好国の間で、国民が最低必要とする基礎的な食料やインフラが維持できるようにすることがリスク回避に不可欠となりそうです。

自給自足の生活

私は庭仕事が好きなので、我が家の庭はかなり大きいのですが、食物を育てる畑はほんのわずかです。それでも、リンゴ、ナシ、サクランボなどの果物の木、ブラックベリーやグースベリー、ブラックカラントなどのベリー類、タイムやローズマリーなどのハーブ、観賞用の花壇に紛れたチャイヴやパセリはあります。

10m四方くらいの畑では、主にサラダ用のレタスや水菜、ラディッシュ、それからアスパラガスやリーク(西洋ネギ)、ズッキーニや豆類などを育てています。素人なので、比較的簡単に育てられる野菜ばかりです。

コロナで家にいることが増えたここ2年は、観賞用の花壇の一部まで畑に耕して、余分の野菜を育てました。夏の間はサラダ類は買わなくてもすむほどできるし、ズッキーニなどは一度にできすぎて友人や近所の人におすそわけするほどです。

夏になるとベリーやカラントでジャムを作って1年中楽しみます。

家族が食べるものを自分で育てるのは楽しいし、殺虫剤などを使わない安全で、新鮮な野菜が手に入るのは安心です。自給自足の域までは、とても到達できそうもないですが、細々とでも続けていけたらと思っています。

この間、マンション住まいの友人から、ヴェランダや窓辺で育てられるおすすめは何かと聞かれたので、Chive(チャイヴ)をすすめました。

チャイヴは毎年出てくるので、新たに種まきの必要がありません。うちでは、庭のあちこちにあってほったらかしですが、マンションの鉢やプランターでもできます。緑の葉はサラダにもスープにも、万能で使えます。他に何も緑がないときに彩に添えるのにも重宝するし、ピンクの花が咲くのもかわいい。

「勝利のために耕す」必要なんてないと思っているあなたも、チャイヴなど育ててみてはどうでしょうか?

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