ウクライナ侵攻で脱ロシアと脱炭素が加速:エネルギー安全保障

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ロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁の影響から、欧米諸国の脱ロシア化が始まっています。ロシア産エネルギー資源の依存度を下げるために、石油やガスの供給をロシアに大きく頼るヨーロッパ諸国ではエネルギー政策を抜本的に見直さなければならなくなりました。「脱ロシア化」を契機に「脱炭素化」のスピードが速まることになるかもしれません。さらに、世界中でエネルギー政策全般が再点検され、各国は「エネルギー安全保障」について真剣に考えざるを得ないようになってきます。

ロシアのエネルギー資源

ロシアは国際的なエネルギー市場においてシェアが大きく、特に石油と天然ガスをヨーロッパ諸国に多く輸出しています。近隣の東ヨーロッパはもちろん、ドイツやイタリアなども、これまで安いエネルギー源としてロシアからの輸入に依存してきました。

2021年度で、欧州による石油輸入の27%、天然ガス輸入の45%がロシアからを占めています。

ヨーロッパと言っても一概には語れず、国によってエネルギーのロシア依存度はかなり異なっています。

下記はロシアから輸入しているガスの割合を欧州各国別に見たものです。

Europe Russian Gas

Source: European Union Agency for the Cooperation of Energy Regulations (https://www.statista.com/chart/26768/dependence-on-russian-gas-by-european-country/)

これを見るとわかるように、フィンランドや東欧の小国はガス輸入のほとんどをロシアに依存しています。

大国ドイツやイタリアでもガス輸入の半分くらいはロシアからのものとなっていて、これなしでは国民の生活も産業も成り立たないというのが見て取れます。

イギリスは原油やガスを主にノルウエイから輸入していて、他の欧州諸国ほどにはロシアに依存していませんが、それでもエネルギー価格が高騰している中、自国のエネルギー供給安定のためにはロシアに頼らざるを得ないのが現状です。

ウクライナ侵攻と経済制裁

ロシアのウクライナ侵攻に反対して、各国は様々な経済制裁を始めましたが、ロシアの主要輸出分野であるエネルギー産業も例外ではありません。

米国バイデン大統領は3月8日にロシア産原油、石油製品、液化天然ガス(LNG)の輸入全面禁止を発表しました。とはいえ、米国の場合は輸入原油のうちロシア産の占める比率が約3%、石油製品を含めても約8%なので、それほど痛手にはなりません。

イギリスも同じ日にロシアからの原油輸入を、段階的に停止すると発表しました。とはいえ、イギリスの場合はすぐにロシアからの輸入を止めるのは難しいので、中東など他の供給先をあたりつつ、年内にはロシア産原油の輸入から脱却するとしています。

さらに、イギリスの石油大手シェルはロシアで開発中の石油ガス開発プロジェクト「サハリン2」からの撤退、米石油大手エクソンモービルも「サハリン1」からの撤退を発表。英BPも、2割弱保有するロシア石油株を手放すなど、「脱ロシア」化は民間企業にも及んでいます。

石油はサウジアラビアなど中東湾岸の産油国という代替供給源があっても、LNGや天然ガスは供給余力がありません。

エネルギーのロシア依存度が大きい他の多くの欧州諸国にとって、ロシア産原油やガスの輸入を急にやめることは現実的ではないため、バイデンも「欧州諸国もロシアからの輸入をすぐに止めるべき」とまでは言っていません。

石油輸入量の約3割をロシア産に頼っているドイツで、ショルツ首相はロシアからのエネルギー供給を急にやめては国民生活や経済活動がやっていけないと認めています。それでも、ドイツはロシアからのパイプラインであるノルドストリーム2の承認停止という発表をし、これからの新規プロジェクトについては見合わせるという決断をしました。

このような各国のエネルギー分野での「脱ロシア」化の動きは少し前までは考えられなかったことです。それだけ、武力侵攻という国際秩序の原則を脅かすロシアの行動に、国としてもビジネスとしても断固として対応すべきという決意や、欧米の民主主義先進国間の結束を物語る覚悟が見て取れます。

国際エネルギー機関の提言

ロシアのウクライナ侵攻は、ただでさえエネルギー価格が高騰し、供給が不安定になっている背景に追い打ちをかける格好となっているため、この状況を危惧して、国際エネルギー機関(IEA)は3月3日に欧州のロシア産エネルギー依存を減らすように提言をしました。

具体的には:

  • ロシアとの新規のガス供給契約をしない
  • エネルギー供給先を多様化する
  • 冬に備えガス貯蓄をする
  • 風力、太陽光など再生可能エネルギー(再エネ)を拡大する
  • 原子力発電を活用する
  • 省エネを促進する

IEAは、このような提言を実施することで、ロシアからの天然ガスの輸入を1/3以上減らせるという計算をしています。

EUの新 エネルギー政策「リパワーEU」

IEAの提言から1週間もたたない3月8日に、EU(欧州委員会)は「リパワーEU」という新しいエネルギー政策文書(REPowerEU: Joint European Action for more affordable, secure and sustainable energy)を発表しました。

これは、欧州グリーン・ディールを掲げつつ、未だにロシアからの化石燃料輸入に大きく依存しているEUのエネルギー政策を抜本的に見直すものです。

その主な目的は;

  • 今年度末までにロシア産ガスの需要を2/3減少
  • 2030年までにEU域内のロシア産化石燃料への依存解消
  • より安価で持続可能なエネルギーの安定供給に向ける

この目的を達成するための具体的な計画は次のようなものです。

  • 液化天然ガス(LNG)の輸入を増やす
  • バイオガスを促進
  • エネルギー効率を引き上げることで省エネ
  • 再エネへの投資拡大、再エネ事業加速

このような取り組みをすることで、今年度末までにロシア産ガスの需要を2/3ほど減らせると計算しています。

同じ週にEUで行われた首脳会議ではロシアからの天然ガスや石油、石炭の輸入をなるべく早くやめることで合意し、2030年を前倒しにし2027年までにエネルギーの「脱ロシア化」をはかるという目標が定められました。

EUは今後も各国でエネルギー政策を見直した上、さらに特別サミットを開催して協議を重ねる予定です。

エネルギー政策と気候変動

ロシア産の石油や天然ガスに大きく頼ってきた欧州諸国にとって、エネルギー安定供給を図るために、短期的には供給源の多様化を進めることが必要になります。

けれども、それと並行して長期的には、欧州で以前から進んでいた再生可能エネルギーの利用拡大がさらに加速するでしょう。また国によって方針は異なりますが、フランスや東欧などを中心に、原子力発電のさらなる活用も進むことが予測されます。

去年グラスゴーで開かれたCOP26国連気候変動会議を始めとして、世界では気候変動対策のために「脱炭素」「脱化石燃料」への機運が高まりました。そのかげで、毎日の生活や経済維持のためには、今すぐには化石燃料の使用をやめるわけにはいかないという各国の思惑はここに来て、さらなる脱皮の局面を迎えているといえます。

欧州諸国では特に、気候変動問題に対処するための「脱炭素」化が「脱ロシア」化によって加速されることになりそうです。

国連気候変動パネルIPCCの最新レポートはウクライナ紛争のおかげで影を潜めた格好になっていますが、この報告書についての各国の専門家会議はオンラインで行われました。

避難を余儀なくされたり通信が途絶えたりする戦禍にあるウクライナの専門家チームはすべての会議に出席することができませんでしたが、キーウ(キエフ)から何とか参加したウクライナ代表はこう語りました。

「この戦争と気候変動問題の要因は同じものだと悟りました。ロシアの攻撃を可能にしている資金は石油などの化石燃料から来ているものです。私たちが化石燃料を使えば使うほど、戦争を駆り立てることになるのです。私たちは化石燃料への依存から脱しなければなりません。」

日本のエネルギー政策

ロシアでのエネルギー開発プロジェクトであるサハリン1やサハリン2などには、日本企業もかなり投資をしてきました。エネルギーの自給自足ができないために中東への依存度が高い日本は、エネルギー供給源の多様化のためにもロシアへの依存は一つの解決策だったのです。

日本は欧州ほどロシアへの依存度は高くないとはいえ、エネルギーの安定供給を確保するためには、サハリンプロジェクトからの撤退は難しいのかもしれません。けれども、欧米諸国と結束してロシアに対抗するためには、新規の投資は控える必要があるのではないでしょうか。

日本は2030年度に温室効果ガス排出量を13年度比で46%削減する目標を発表しました。その目標を達成するためのエネルギーミックスについて定めた「エネルギー基本計画」は2021年10月に閣議決定されています。(「エネルギー・ミックス」とは国内エネルギー需要を満たすための燃料や電源の利用計画)

それによると、温室効果ガスを2030年度には2013年度比で46%削減し「さらに50%の高みに向けて挑戦を続ける」ために、石炭など化石燃料への依存を減少させながら、再エネの割合を36%~38%にしていく計画です。

脱炭素に向けた移行を目指しつつ、コスト上昇を抑えながらエネルギーの多様化をはかってきましたが、さらにエネルギーの安定供給やリスク対策、国際協調ということまで含めて、さらに議論を深めていくことになるでしょう。

エネルギー安全保障

ここ最近、各国では気候変動問題に対応するため脱化石燃料に向かってどのように取り組んでいくかが盛んに議論されてきました。

けれども、ここにきてロシアのウクライナ侵攻、それに対する経済制裁という、思いがけない状況に対面し、「エネルギー安全保障」という概念が重要視されることになりました。

安全保障というと軍事による防衛面が取り上げられがちですが、エネルギーの安定確保についても地政学リスクを考慮した安全保障が不可欠であるということが改めて認識されたのです。

特に、欧州を中心に化石燃料のロシア依存をいかに引き下げるかが当面の課題となっていて、国ごとにエネルギーミックスを再検討することを迫られています。

短期的にはエネルギー供給源をすぐに変えることは難しいですが、中長期的には「脱ロシア」と「脱炭素」が並行して進みそうです。

「ネットゼロ」とか「脱炭素」とか言いつつ、産業界からの抵抗もあってなかなか思い切った方向転換ができなかった国でも、これを機に再エネ促進へと拍車がかかりそうです。

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