インバウンド再開を地域活性化に:「物見」から「遊山」へ

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Holiday cottage

わたしの住むイギリスではコロナ規制がすっかりなくなり、ほとんど日常に戻っています。おりしもこれからホリデーシーズンで、イギリス人にとっては2年間我慢していた旅行熱が高まり、海外旅行業界は順調に復活。そんな中、日本も長い水際対策の末、6月から観光目的の外国人の受け入れを開始したということ。円安も追い風になり、これからインバウンド業界復興が期待されます。

鎖国後の開国

外国人に対する日本の水際対策は厳しく、検査や隔離を条件にして入国させるという方法ではなく、とにかく入国禁止ということで「sakoku」という言葉が英語記事に載るほど不評でした。でも6月になって日本政府は、1日当たりの入国者数1万人の制限を2万人に増やすとともに、観光目的の外国人入国も受け入れるという方針を発表しました。

日本がやっと門戸を開いたということで、欧米メディアはこのニュースを「待ってました」とばかりに報道しました。コロナ前に旅行先として人気が上がり続けていた日本に行きたいという人はかなりいます。以前は物価が高いと思われていた日本も、円安で旅行コストもずいぶん下がっていて、今ではタイとかインドネシアのような国とあまり変わりがなくなってきているのも追い風となっています。

けれども、観光目的の外国人入国についての詳細条件を見ると「これではちょっと」と高まる期待がしぼんでいく様子。というのも、外国人の個人旅行者は入国できず、添乗員付きのパッケージツアーだけ。室内外でのマスク着用や手指消毒などの感染防止対策、保険加入などの義務があり、添乗員に一挙手一投足24時間監視され、ガイドラインを守らないと「国外退去」となるとの警告。興奮気味に「日本がやっと開国」と書いていた旅行雑誌の記事も、最後は「今はまだ、行かない方がいいだろう」と結び、同じアジアでも旅行規制がほぼ撤廃されているヴェトナムやタイをすすめたりしています。

お仕着せのパッケージツアーで自由に旅行できず、1日中監視され、戸外でもマスク着用ではゆっくりホリデーも楽しめないため、日本への旅行はこのような制限が緩和されるまで待った方がいいだろうということ。ただ、日本政府は解禁までのロードマップを示さず将来の方針が予測しづらいため、ホリデーを数か月前から予定する人たちには敬遠されるし、旅行会社も予定が立たず、困っているようです。

でも、参院選が7月10日に決まったということなので、選挙後に政府は訪日外国人の入国を大幅に緩和するのではないかと私は見ています。(有権者の中には高齢層を中心に厳しい水際対策を支持する人もいるでしょうから。)

インバウンド・訪日外国人観光客

コロナ前まで、日本のインバウンド業界は急成長を遂げ、2019年の訪日外国人は3000万人を超えていました。東京五輪でさらにはずみがつくと思っていたところに新型コロナウイルスの世界的流行が到来。2020年春からの2年間にわたる水際対策により、訪日客数は9割以上減りました。

今年2022年の夏以降、外国人観光客の入国が再開されるとしたら、秋くらいから徐々に訪日外国人は増えるでしょう。インバウンドの本格的な再開は旅行業界、航空業界、宿泊施設や観光地にとって朗報となります。

とはいえ、近年の日本のインバウンドブームの担い手となってきた中国がゼロコロナ政策で国民の海外旅行を制限している限り、本格的な回復までには時間がかかるかもしれません。実際、コロナ前は日本への海外旅行客の7割が中国、韓国、香港、台湾といった近隣諸国でした。

それに比べて、たとえば欧米諸国やアラブなど高所得国からの訪日観光客数はまだそれほど多くありません。これらの国の中~高所得者層は海外旅行に頻繁に出かける人が多いのに、その目的地に日本はあまり選ばれていなかったのです。たとえばイギリス人は海外旅行先というとスペイン、ギリシャなどの南欧、北アフリカやトルコ、米国やオーストラリアあたりになり、アジアとなるとインドやタイなどが多いようです。

欧米やアラブなどから日本のような遠距離への旅行となると、1回あたりの滞在期間が10日以上となることが多くなります。訪問客1人あたりの消費額も大きくなり、観光業界や訪問先の地域経済に大きく寄与します。これらの国からの訪問者を誘致する施策を打つことで、新たな優良顧客層を生み出すことができるでしょう。より幅広い国や地域から観光客を呼び込むことは、リスク分散にもつながります。

コロナで長い間海外旅行ができなかったため、今このような国でのホリデー熱は高く、通常の旅行より豪華で「特別な」旅行先を探している人も少なくありません。秋の10~11月にホリデーに行く人も多いのですが、その時期の日本はちょうどいい季節です。その上、数十年ぶりの円安も手伝って、日本の物価は欧米諸国などに比べるととても安く感じられます。

人口減少や高齢化、経済停滞など、最近日本から明るいニュースをあまり聞きませんが、インバウンドに限ってはコロナ後はトンネルから抜け出るような見通しです。歴史もあり、自然が美しく、安全で清潔、交通などインフラも整備され、国民も礼儀正しい日本は、観光国として世界トップクラスの潜在力があります。この潜在力を引き出し、経済効果を高めるためには、ただ「客が来るのを待っている」だけではもったいないといえます。国としても、地域としても、明確な観光戦略を立てて、適切なマーケティングを行い、受け入れ態勢を整える必要があります。

「物見」から「遊山」へ

「物見遊山」(ものみゆさん)という言葉がありますが、これは「気晴らしに見物や遊びに行くこと」という意味。「物見」は名所などを見物することで、「遊山」は気晴らしに遊びに出かけることや、山野で遊ぶことですが、本来は仏教語だったそうです。遊山の「遊」は自由に歩きまわること、「山」は寺のことで、修行を終えた後、他山(他の寺)へ修業遍歴の旅をすることだったのですが、山野の美しい景色を楽しみ、曇りのない心境になることを意味するようになり、それが一般にも広まって、気晴らしに遊びに出かけたり山野で遊ぶ意味となったということ。

日本人の観光というと、短い旅程でスケジュールをがちがちに詰めて、観光スポットを効率的に回り、次の目的地に移動する。国内旅行でも海外旅行でもそうなることが多く、欧米人から見ると「ホリデー」というよりは名所を見物する「物見」に感じられます。

これに対して、欧米人のホリデーは特に「物見」をせず、ただ「休む」、そして気が向いたら「遊山」、つまり山野、または海辺などで遊ぶのが常です。忙しい日常から離れ、とにかくぼーっとして心も体も休め、リフレッシュするためのものなのです。

イギリスに住み始めた当時、知り合いのイギリス人がする「ホリデー」というものは「スペインやギリシャなどの海沿いの町に2週間程度滞在して、毎日ビーチやホテルのプールで泳いだり日光浴や読書をし、合間に散歩を楽しむ」というものなのだと聞いて、日本人の私は退屈そうだと思いました。今でもそう思わないでもないのですが、「物見」と「遊山」を半々くらいならいいかなくらいには思えるようになりました。

そう考えると、日本の地方には「遊山」に適したところがあふれています。山や海、川や湖、森や峡谷など美しい自然美がそこかしこにあり、散歩やサイクリングも楽しめます。けれども、そのような旅行をする日本人が少ないため、「遊山」ができるように整備されていなかったり、どこに行けばいいのかがわからなかったりします。ゆっくり長く滞在できる宿泊施設も少なく、あるとしてもあまり知られないままだったり。日本人の私でも知らないのだから、日本に旅行に行きたい外国人にとっては情報を得るのが一苦労です。結局自国語のガイドブックやネットサーチで「東京、富士山、大阪、京都」といった「ゴールデンルート」を選んでしまうことになりかねません。

東京の一極集中も顕著ですが、観光地としての京都一極集中も甚だしく、コロナ前は「オーバーツーリズム」が問題になっていました。外国人は京都以外、どこに行っていいのかがわからないから集中してしまうのです。ギリシャは観光大国でアテネはもちろん人気ですが、それ以外にも国中あちこちに海外旅行者に人気の滞在先があり、険しい山の真ん中にある村や小さな島にまで外国人観光客が分散しています。スペインやトルコ、フランスもしかり。

日本もインバウンド復活を地域活性化に連携させ、訪日外国人旅行者に全国の地方に散らばる魅力的な滞在先をオファーすればいいのです。その際、従来の日本人旅行客に向けた「物見」中心のパッケージツアー的なものではなく、中~上級層の外国人旅行者に向けた「遊山」滞在型のホリデー需要を満たすものが必要です。北海道のニセコなどはスキー客に向けた戦略が成功していますが、スキーをしない一般外国人にとっては地方の美しい自然や田んぼの合間に民家が連なる景観などにも魅力があります。見るべき「もの」がなくても、遊べる山や海を整え、滞在先を準備し、それを知ってもらうことで外国人訪問客を引き付け、地域活性化に役立てることは可能です。

欧米人はどんなホリデー先を求めるのかということについては下記の記事も参考にしてください。

日本の地方を旅して【外国人旅行者の視点から】観光スタイル:イギリス人がホリデー先として求めるものは?

サステイナブルツーリズム

マスツーリズムの進展により環境汚染や自然破壊、オーバーツーリズムが問題になった反省から「サステイナブルツーリズム」という考え方が提唱されています。旅行や観光も、SDGsの考えをもとに、持続可能な形で行おうというものです。

地方独自の景観を無視して全国どこにでもありそうな「箱もの」の観光施設を建て、一泊2日の旅行客を誘致するより、その地域の美しい自然や地域文化を生かした滞在型の宿泊先を用意することは、サステイナブルツーリズムにも寄与します。そこにある自然や資源を無駄にせず、地域の住民やコミュニティにとってもじゃまにならない持続可能な方法で旅行先を提供できるのです。

旅行で飛行機に乗ることは温室効果ガス排出に貢献するので「飛び恥」と言われてもいますが、気候変動問題解決のために何もかもあきらめる方法はすべての人にとって適切ではなく、できることからバランスよくやっていきたいものです。旅行するとしたら、せめてその間の移動を最低限に抑えることが環境に配慮した方法になります。移動といえば、サイクリング好きな人もいるので自転車で移動できる近距離の旅行ルートの提案といったものもいいかもしれません。

「物見」より「遊山」というのは、サステイナブルな旅行の在り方としても適していて、外国人だけならずこれからの日本人にも浸透していく旅行スタイルになるかもしれません。

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