15分シティ陰謀論がイギリスに波紋を呼ぶ

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パリで始まった「15分シティ」のアイディアがイギリスで物議をかもしています。というのも、車の代わりにグリーンな移動方法で職住近接のまちをつくろうという考えが陰謀論に乗っ取られて、保守党政府により政治的に利用されているようなのです。一昔前のBrexit陰謀論を思い出すし、あの頃のように国を分断する論点になりそうな気配もあって心配。

15 minute city とは

3年前、パリの15分シティについて記事を書きました。

パリのイダルゴ市長が再選された時に選挙公約として挙げていた案で、ソルボンヌ大学のモレノ教授が提唱したもの。パリに住む人が日常生活に必要な職場やお店などに、車を使わず徒歩や自転車で15分で行けるような街にするという考え方です。

気候変動問題対策の取り組みが各国で進む中、自動車利用を制限するためにも通勤などのための移動をなるべく減らして住居のある界隈で日常の用が足せるようにしようという試みは、米国、カナダ、オーストラリアなどの先進的な都市でも導入されていて、国際的な傾向になっています。

パリ市長の「15分シティ」構想:徒歩や自転車で行ける界隈

イギリスに紹介された15 minute city

イギリスでも、車優先の都市計画から脱し、持続可能なまちづくりに適しているとして、15分シティの考えを導入したいという都市計画家や地方自治体が出始めました。例えば、カンタベリー、イプスウィッチ、ブリストルなどは地域の都市開発計画にこの考えを取り入れています。

このような小~中規模の歴史ある街はもともと車がない時代に作られたので、車社会になって道路を建設してはみたものの、何もない原野を開拓して何レーンもある高速道路を通すようなアメリカ式の開発のようにはいきません。狭い道路に車があふれ、渋滞や大気汚染で住民にとっても快適な街の在り方とはいえなかったのです。それよりは、昔に戻って、徒歩や自転車での移動を中心とするこじんまりとしたまちづくりを目指そうというわけです。

遠くに行くときは公共交通を使えばいいし、リモートワークもできるのだから自家用車を持つ必要性が減ってきます。誰もが車に乗るわけではないし、民主的でいい考えだと誰もが思いそうですよね。イギリス人対象のアンケートでも、この案を支持する人が過半数でした。

確信犯的(?)陰謀論

この、一見メリットばかりで今の時代にもあっている15分シティの考えが、なぜか「市民を狭い範囲内に閉じ込め、個人の移動の自由を制限するもの」だという陰謀論がインターネットを中心に出回ったようです。少し前なら民主主義のもとでそんなことは不可能であると一笑に付されたのでしょうが、コロナによるロックダウンを経験した後、あのような外出制限が政府の方針によって導入されることだってあり得るのだと信憑性をおびてきたのかもしれません。

その陰謀論によると、住民が自転車で15分以上かかる地域に行こうとするのを制限され、CCTVカメラで監視されて、違反すると警察につかまるというのです。「15分シティとか20分ネイバーフッドなどという社会主義的な考えが個人の自由を制限する」と極右サイトなどで拡散されたようで、反対の声は大きくなっていき、発案者のモレノ教授や政治家に殺人予告が届いたりもしたほどだそうです。

誰がこんな陰謀論を流布しているのかと調べてみると、アンチ・ロックダウンやアンチ・ワクチンにも関連した極右グループの可能性が高いようです。トランプを支持したり、環境運動などを攻撃したりする人たちでもあります。そして、このような論調はかつてBrexitがイギリスを二分していた時のEU離脱派の確信犯的陰謀論を思い起こさせます。

あの時も「イギリスがEUに払っている週3億5000ポンドをNHS国民医療に使うべき」という大きなスローガンが書かれた赤いバスがロンドン中を走り、反EUの陰謀論がSNSなどで拡散され、世論に影響を与えました。逆に、政府も含むEU残留派は「イギリス経済のためだ」などと、庶民にはそれほど自分事として響かない理由を主に述べたので、選挙運動としては効果的ではなかったようです。

イギリス政府の反「アンチ・カー」政策

こういう陰謀論を信じてしまう人が多い背景には、昨今のグリーン政策へのバックラッシュが一部の国民の中で起きていることもあります。

最近、イギリスではほかのヨーロッパ諸国と同様に、自動車中心からグリーンな交通(徒歩、自転車、公共交通)へ移行する動きが活発でした。これは、気候変動対策とともに、住民の住みやすさや幸せ度の向上を図り、安心安全で健康的なコンパクトな街にするというまちづくりのトレンドでもあります。

その流れの一つとして、ロンドンではULEZ超低排出ゾーンの拡大が行なわれました。これについては、自家用車保有者の反対の声も大きく、それを利用した保守党議員が補欠選挙で勝つという結果になったことは少し前の記事で紹介しました。

この選挙結果を見て、2015年の1月までに総選挙が予定されているのに、野党労働党に大きくリードされている与党保守党は「アンチ・グリーン/反アンチ・カー」路線で支持率を少しでも上げたいと思ったのかもしれません。

政府は最近「自動車利用者をサポートする」政策を発表し、スナク首相は「最近、アンチ自動車の傾向が高まり、日々の生活に車が必要な人が困っているが、我々は人々の移動の自由を確保する」と語ります。インフレに悩むイギリスでは、脱炭素とはいえ、高価な電気自動車に買い替えるなど今は無理という人が多いのです。

そこで政府は最近、ガソリンやディーゼル車の販売禁止期限を2030年から2035年に延期すると発表。これについては「ネットゼロ政策の後戻りだ」と野党だけでなく、与党の議員まで反対する者がいるのですが、そうでもしないと選挙には勝てそうもないとスナク首相は判断したようです。

ロンドンなどの都会では公共交通が充実していて、自家用車保有率も低いのですが、大体そういうところでどうせ保守党は票を取れません。けれども、浮動票が多い地方の選挙区では通勤や日々の生活に自家用車を利用する人の割合が高く「私は自動車利用者を応援します」という声に耳を傾ける人が多いのです。これは、環境政策のために燃料税を引き上げようとしたマクロン政権に抗議して起こったフランスの黄色いヴェスト運動に似たところがあります。これも、エネルギー価格上昇の上に燃料税が上乗せされてガソリン価格が上がることで、生活が苦しくなった地方の労働者が多く参加した運動でした。

スナク政権への批判

コロナによるロックダウンの行動制限違反について国会で虚偽の答弁をしたことで辞任に追いやられたボリス・ジョンソン前首相は、私見では、ほめられるところがほとんどない政治家でしたが、唯一よかったところは、環境政策に対する姿勢でした。ロンドン市長時代は自転車政策を推進したし、首相になってからも脱炭素社会への移行に取り組み、COP26でも議長国首脳として積極的に行動していました。

その後のトラスは任期が短かったので省くとして、2022年10月に就任したインド系のスナク首相はこれまで環境政策についてほとんど関心がないようです。COP27も当初は出席しないと言ったことで批判されて、急遽参加した経緯があります。

そのスナク首相が2050年ネットゼロ目標は維持するといいながらも「脱グリーン」の様相を見せ始めたことに、様々なところから懸念の声が上がっています。経済に強いと言われるスナク首相は、インフレ下にある今の状況では、多額のコストを要する脱炭素化路線は現実的ではなく、家計に過度な負担をかけるという理由をあげています。が、せっかくこれまで進めてきた脱炭素の流れを停滞させてしまうのは問題だと、野党や環境団体はもちろん、産業界や経済界、与党内部からも非難の声があがっています。COP26議長を務めたアロク・シャーマもその一人で、抗議の意味を含め、今期で国会議員を辞めると発表しました。

Brexit分断の二の舞?

イギリスでは、いえ、米国でも、ヨーロッパでも、日本でもかもしれませんが、気候変動について深刻に憂慮し、地球環境のために脱炭素社会へ移行しなければならないと思っている人たちと、そうでない人たちとの間の溝がますます広がっていっているようです。

前者はもう私たちには時間がない、取り返しがつかなくなるティッピングポイントを超える前に今すぐ私たちの行動を変えなければならないと焦ります。これまでのように静かに発信していてはらちがあかないと、Just Stop Oilのように名画にペンキをぶちまけたり、道路を封鎖するようなグリーン・テロリズム活動に走る人たちもいます。

そして、後者はそういう運動家たちは法を破り、他の人の自由を制限したり生活に支障を与えていると非難。道路を封鎖する活動家を怒った車の運転手が引きずって動かすのを何度か見ました。

そこまではいかずとも、SNSなどでは両者がお互いの持論を述べあい、議論がかみ合わないまま平行線で進んでいくのをよく見ます。Brexitで国がEU離脱派と残留派に二分され、友人を失ったり、結婚や家族関係まで壊れたというイギリス人がいますが、似たようなことが起こっていくのではないかと心配になります。

そのような非建設的な分断を、政府が選挙対策のためにあおっているのだとしたら、大問題。スナク保守党政権は今一度、国のために何をすべきかを考えて行動してもらいたいものです。

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