岸田首相がコロナ水際対策緩和の発表をし、10月11日から3年ぶりに個人外国人観光客に門戸を開くと約束しました。季節的にも日本観光に最適な秋、円安も追い風になり、3年間くすぶっていたインバウンド観光需要の急増が予測されます。この機を逃さず外国人観光客からの恩恵を最大限に、そして持続可能な形でもたらすために必要なポイントをまとめました。
水際対策緩和
岸田首相は米国ニューヨークの講演で「10月11日から米国並みの水準まで水際対策を緩和し、ビザなし渡航、個人旅行を再開する」と明言しました。1日あたり5万人の入国者上限も同時に撤廃する方針で、日本の3年間にわたる外国人への入国制限が終わります。
日本はコロナ前、欧米や近隣国など68カ国・地域からの短期滞在(最長90日以内)についてビザを免除していました。現在はすべての外国人入国にビザ取得が必要です。また、留学やビジネス目的の場合は煩雑な手続きがあるにせよビザ取得が可能ですが、観光目的の訪日は添乗員付きのツアーに限られており、個人観光客や日本にいる家族や友人を訪問する目的ではそもそも入国できません。
欧米では今年の春夏から人の移動がほぼ通常通りとなり、検査やワクチン証明などの入国制限もほとんどの国が全廃。夏のホリデーもコロナ前のように海外で過ごす人が増えていました。そんな中、日本と中国だけが世界の中で取り残される状況だったのです。すでに多くの国では門戸を開放している今、日本人は自由に海外旅行に行けるのに外国人が日本に旅行できないのは不公平だと、日本の「サコク」政策に不満の声があがっていました。
私は9月1日から2週間、日本人の一時帰国として二重国籍を持つ息子と日本へ帰りました。その後に廃止されたPCR検査陰性証明がまだ必要な時期でした。イギリス国籍を持つ連れもずっと日本に行きたいと言っているのですが、入国できないので置いてけぼりです。
9月1日に羽田空港に到着しましたが、まだ外国人入国者が少ないせいか、コロナ関係の確認手続きは迅速で、行列もなくあっという間に終わりました。コロナ対応のため設定されていた1日当たりの入国者上限はもはや必要ないのではないかと感じました。ちなみにイギリス入国はコロナ関係のチェックはなく、機械でパスポートをかざすだけのフリーパス。
インバウンド再開へ
外国からの訪日観光客は2010年以降急速に増え、コロナ禍が始まる直前の2019年には3188万人にまで伸びていました。東京五輪も追い風となり、2020年には4,000万 人、2030人には6,000万人に達することが予測されていたところにコロナが登場し、日本は外国人に門戸を閉ざすことになりました。それがこのたびやっと緩和されるとなり、日本に来たいのに入国できず、3年待ち続けた外国人の日本熱が一気に膨れ上がりそうです。
今年はじめに行われた「訪日外国人旅行者の意向調査」によると、外国人がコロナ禍収束後に訪れたい国の1位は日本となっていました。オリンピックなどテレビや動画により日本の様子を見て、日本訪問を望む観光客が増えているだけでなく、円安のため「安いニッポン」となっていることも追い風となるでしょう。
日本にとっては、観光業界をはじめとする各地域の経済振興や外貨獲得のためのチャンスです。
コロナ前に訪日外国人旅行者の3割を占めていた中国の「ゼロコロナ政策」は、10月の共産党大会や国家主席選挙が無事に終わるまではこのまま続くとみられます。習近平の第3期目続投が決まったらコロナ政策の緩和に向かうかもしれません。
中国以外、つまり7割のインバウンド需要はプロモーション次第ですぐにでも見込めます。韓国や台湾など、近隣諸国はもちろん、欧米やアラブ諸国などの一般~富裕層の高まる訪日熱を見逃さない手はありません。
チャンスを逃さないために
訪日観光客に来てもらう、訪問地で消費してもらう、満足の行く体験をしてもらい「また来たい」と思わせるためにはどうしたらいいのでしょうか。
私たちも様々な地域の人々から相談を受け、お手伝いもしています。日本ベースのコンサルタントでは気が付かない、海外からの視点や役に立つ人脈も紹介できるため、コロナ前は地方創生のためにインバウンドに活路を見出そうとする地方からの需要が多かったのですが、それがまた復活し始めました。ここでは、特定の地域やクライアント向けではなく、大まかにポイントを紹介します。
インバウンド需要を満たし、長期的に訪問客を増やすために必要なことはたくさんあります。たとえば:
- 現状把握:データ分析や市場調査と該当地域の分析
- その地域にあった観光戦略立案
- 受け入れ環境整備:宿泊、交通、飲食店やサービスなど
- 観光コンテンツの整備・拡充
- ブランディングとプロモーション
- 地域の観光人材やキースタッフの教育・啓蒙
誰に来てもらうのか?
特に必要なことは「どのような顧客を対象にするのか」ということを今一度熟考するということです。これまでお手伝いしてきた観光地の中には、昔ながらの温泉保養地など、昭和の時代に日本人観光客を対象にしていたところがありました。社員旅行・修学旅行などの団体や家族旅行など、2食付きの1泊2日で、誰もが時間刻みで同じ観光地を回り、同じ食事をあてがわれ、同じお土産を買って移動するというタイプの観光です。
日本人による、このタイプの旅行需要が減って来たことで、かねて隆盛を誇った温泉保養地などが寂れていました。そのいくつかは近年需要が伸びていた中国、韓国、台湾など近隣諸国からの観光客にアピールすることで活路を見出していました。けれども、それもコロナ前までの話。訪日客の3割を占めていた中国からの観光客がすぐには見込めない中、そのような戦略だけに頼るのは心もとないし、だいいち長期的な視点では得策とはいえません。これを機に各地域でどのような対象にアピールしたいのかを根本的に考えることが大切です。
コロナ前、2019年の宿泊者数を国籍(出身地)別で見ると、1位が中国、以下台湾、韓国、アメリカ、香港となり、この上位5カ国・地域で全体の7割を占めていました。東アジア4か国のうち、中国、台湾、香港は増加していましたが、日韓関係がぎくしゃくしたこともあったのか、韓国は前年比マイナス。
この年はイギリス(前年比72.4%増)、オーストラリア(同43.9%増)、フランス(同35.6%増)などが大きな伸び率を示したことも特徴的ですが、これは2019年に開催されたラグビーワールドカップの影響が大きいと考えられます。
この大会は、五輪などのように一極集中することなく、札幌から大分まで日本全国で行われたことが賞賛すべき戦略でした。日本をよく知らない外国人は東京や京都などに集中してしまいがちですが、ラグビーを見るために、日頃日本人さえ行かないような田舎にまで訪日客が足を延ばしたことは画期的なことでした。
こうしてみると、距離が比較的近いアジア諸国に加え、米欧豪などの欧米諸国からの訪日客の伸びが見込めそうだということがわかります。
欧米諸国では毎年外国で長期間のホリデーに出かける国民が多く、滞在期間も消費額も多い傾向にあります。特に、遠距離で時間も航空運賃もかけて旅行する場合のホリデーは数日ではなく数週間という単位の滞在になるし、宿泊や飲食、レジャーに使う消費額も日本人やアジア人が一度の旅行で使うものよりずっと大きい傾向になります。
富裕層からバックパッカーまで
日本人は一泊二日の温泉旅行、長くても数か所を泊まっては移動して「名所」巡りをする観光に慣れています。寺院や博物館などの見物は時間がかからないし、いくつか見ると飽きてしまうし、温泉地では温泉に入ったり食事をするくらいしか楽しみがなく時間をもてあますことも。ガイド付きのツアー旅行も手間がかからず便利だということで需要があるし、中国や韓国、台湾などから来る観光客もその傾向があります。
けれども、欧米諸国の人々は個人旅行を好みます。日本はコロナ後の水際対策緩和第一弾として、添乗員付きのツアーに限って観光目的の外国人入国を許可したものの、それで日本に来たいと思う外国人は少数しかいませんでした。「団体行動」を強制されるツアー旅行は外国人には向かないのです。
また、欧米人の旅行というと数週間単位の長期滞在がスタンダード。特に遠距離を時間とお金をかけて旅行するとなると、長い期間滞在するし、それに見合うだけの消費行動もします。お土産を爆買いするというのではありませんが、宿泊や食事、アクティヴィティ、サービスやガイドにお金を使うことを惜しみません。また、その地域ならではの景観や豊かな自然を鑑賞しながら歩いたり、文化やレジャーアクティヴィティを楽しみます。
日本にはいわゆる「超富裕層」が少ないために、海外のエリート層やお金持ちが満足できるような富裕層向けの宿泊施設や観光コンテンツ・サービスが不足しています。
スイス、ドイツ、米国など富裕層が多い国からの個人旅行客を誘致するためには、高付加価値の宿泊・観光インフラやサービスを整備する必要があります。富裕層に焦点を絞って限られた顧客層に訴求することは重要ですが、それにはコストもかかります。一朝一夕にできることではありませんが、長期的な視点をもって投資していくことはできるでしょう。
とはいえ、すべての地域や地域全体が富裕層向けである必要はありません。
若者から富裕層まで幅の広い、多様性のある観光インフラやコンテンツを提供することも効果的だし、コストパフォーマンスの面でも現実的です。これまでの日本は「高い」という印象があったのでタイやヴェトナムを選んでいた若年層も、円安の今は安い日本に足を延ばすチャンスだと気が付き始めています。この機にお金のない若者にも日本を体験してもらい、いい印象を与えることで、リピーターや口コミ、将来の「上客」を獲得するという戦略もあります。
例えば私もバックパッキングの貧乏旅行で初めて行って気に入ったイタリアのシエナやトルコにはその後に何度も行きました。バスルームをシェアするような安宿の代わりにプール付きのヴィラに泊まり、ガイド付きのタクシーで遺跡巡りをしたり、熱気球フライトを楽しんだりして。
多様性のある観光
海外旅行先として日本の人気はトップですが、コロナ前に京都などで問題となっていたオーバーツーリズムについては、注意する必要があります。観光客の一極集中とならないように、既に海外によく知られている観光地ではない地域に訪日客を呼び込む努力が必要です。各地域だけでなく、日本全体の観光戦略としても、観光公害緩和、地方創生やサステイナビリティを重視した観光を拡充することは不可欠といえます。
東京や京都などに観光客が集中してしまうのは、日本が観光目的地としてまだ外国人にあまり知られていないため、それ以外の地域の魅力を伝えきれていないからです。そして、日本人が考える日本の魅力は外国人が惹かれるポイントとずれていることが往々にしてあります。
京都は誰もが認める歴史ある観光地であり、日本人もそう思っています。が、実際に京都を訪れた外国人は「高層ビルやコンクリートだらけで驚いた」「きれいなお寺などはほんの一部で、それまで写真を見て感動していた風景はカメラマンの腕が良かっただけだとわかった」と語ります。知り合いのイギリス人も「ヨーロッパの古い町では歴史的な街並みを保存しようと景観に気を使うが、日本では野放し状態だし、電線が邪魔をして写真も撮れなかった」とこぼしていました。そしてそのイギリス人はその後に日本の何もない田舎を訪れて、その自然の美しさに感動していました。
京都に限らず、日本では街並みとしての魅力を視野に入れないために景観にまとまりがないということは私もよく指摘していることです。それでも、田舎にはその景観を補って余りあるほどの美しい自然があります。海や山、谷や川、田畑や田舎の集落など、地元の人にとって一見当たり前に見える風景こそが外国人にアピールする要素なのです。
その自然を鑑賞するだけでなく、自分の体を使って体験するようなアクティヴィティも観光コンテンツとなります。たとえばウォーキング、登山、バードウォッチング、サイクリング、狩り、乗馬、川下り・釣り・サーフィンなどのウォータースポーツ、スキーなどのスノースポーツ、熱気球やグライダーなどのスカイレジャー、田畑での農業体験など。このようなアクティヴィティは寺院や博物館観光と違って時間もエネルギーもかかるので、滞在期間やそれに比例して消費額が多くなるというメリットもあります。
多様性という観点からは、高付加価値観光や個人長期滞在旅行、文化やレジャーのアクティヴィティコンテンツ拡充だけではなく、ビジネス関連の国際会議やセミナー、アートやスポーツ、趣味のイヴェントを誘致することも考えられます。
コロナ後に世界中で広まってきたリモートワーク文化にのっかって「ワーケーション」環境を提供することもできるでしょう。山や海に囲まれた日本の田舎にゆっくり滞在して、オンラインで仕事をしつつ、気が向いたら散歩に行ったりサイクリングしたり、おいしい食事を楽しむというような体験を求める外国人も多そうです。
外国人は歓迎されない?
とここまで書いて気になるのは、コロナによる水際対策のせいで日本で外国人は歓迎されていないと感じている人もいることです。もともと日本をあまり知らない人は気が付かないのですが、親日家であるほどそう感じていることが「ゼノフォビア(外国人嫌悪)」という強い言葉を使ったワシントンポストの記事でも指摘されていました。
日本はついに個人外国人観光客に門戸を開放するが、長く厳しい水際対策は日本に行きたいと思う外国人の関心を萎えさせ、「外国人嫌いの国」だという印象を与えた。
この影響はこれからも長く、観光客、ビジネス、留学生などに響くだろう。
今回の水際対策の緩和というニュースを聞いて「外人がコロナを持ってやってくる」「外国人はマナーが悪くマスクもしないので怖い」という声は実際に日本で見るSNSや記事のコメント欄でも見られます。そう言っている人には悪気はないのでしょうが、外国人が聞くといい気持ちはしないし、だいいちあまり科学的根拠もありません。日本国籍があれば海外在住者でも入国できるし、日本人は自由に海外旅行に行った後に帰国できるわけなので。
島国で、あまり外国人慣れしていない日本人にとって、いくら日本経済に恩恵を与えてくれると言えども、文化や習慣が異なる外国人が一斉に入国してくるのは、コロナにかかわらず心落ち着かないことなのかもしれません。けれども、高齢化や人口減少が進む日本で、訪日外国人を対象とする観光産業はこれから日本経済の大きな柱となり得る分野です。
少し前までは外国人観光客向けのインフラやサービスが少なかったトルコのような国が、今はリゾート地や有名な遺跡の近隣地域を中心にインバウンドツーリズムに投資し、その成果が目に見えて出てきているのを目にすると、日本もまだまだ伸びしろがあると感じます。
内向きで保守的な国だからこそ、しばしば有害ともなり得る閉鎖性やゼノフォビアを矯めるためにも、外からの訪問者に門戸を開くことで、日本社会に多様性という風を通すメリットも期待できると思います。
https://globalpea.com/crete
https://globalpea.com/inbound