2月に神宮外苑開発についての記事を書きましたが、今回は開発案そのものの是非とは別に、日本の都市計画制度における大きな問題点について述べます。神宮外苑の例で明らかになったのは、首都の重要な地域での大規模な開発について、一般民が知らないままにことが進んでいくということです。神宮外苑の再開発案について最近になって初めて知ったという人が多いのが、それを物語っています。このようなことにならないためにどうすればいいのか、市民参加のまちづくりという観点でイギリスから学ぶところがあるはずです。
明治神宮外苑開発
東京都の神宮外苑開発についてはこちらの記事に詳細があるので詳しくは書きません。簡単に言うと、緑の少ない都心の公共空間である都市公園、しかも「風致地区」として特別に指定された保全地域内ににおいての大規模な再開発案です。
本来なら、公共空間である都市公園内で計画される大規模開発、1000本に及ぶ樹木など保全されるべき自然や景観、風致地区として定められた開発制限緩和などといったことは重要決定事項であり、広く都民や国民に知らせ意見を募り、合意を得てから決めるべきことです。それなのに、これらの計画は東京五輪のための再開発という表看板のもと、多くの人が詳細を知らないままに進んできました。
東京都は再開発案の詳細について2021年の年末に2週間だけ「縦覧期間」をもうけ、渋谷区の区報に小さな告知をしました。12月14日には計画説明会も開かれましたが、一方的に計画を説明するだけで、意見交換会というようなものではなかったと参加者は述べています。
2022年のはじめ、文化遺産保護の提言を行う日本イコモスが計画の見直しを促し、神宮外苑の再開発を懸念する市民グループ「神宮外苑を守る有志ネット」などが協力して行ったChange.orgインターネットサイトで反対署名運動など、再開発に疑問を持つ声を代表する活動もありましたが、この件に関して知る人はまだ少数でした。けれども、早くからこの件について報道を続けていた東京新聞をはじめ、それ以外のメディアやSNSなどでも取り上げられるようになり、少しずつその計画が一般に知られるようになりました。
署名運動を立ち上げたロッシェル・カップ氏は、代々木公園の樹木「剪定」が計画されていた東京五輪パブリックヴューイング反対署名活動でも15万の署名を集めました。このことからもわかるように、緑の少ない都会での「樹木伐採」ということについては強い疑問を持つ人が少なくないようです。
とはいえ、神宮外苑開発の場合は、樹木伐採だけが問題ではなく、公共空間である都市公園における再開発案そのものも、特別な「風致地区」の規制緩和についても重要な決定事項です。そして一番の問題点は、「1000本の樹木伐採」という点で知られるようになったこの再開発計画について、それまでは東京都民をはじめ一般国民の中で、知る人がほとんどいなかったという点です。
前述の記事を書いた2月以降、少しずつこの計画を知る人が増えてきましたが、そのような人から聞こえてくる言葉は「こんな計画があったなんて知らなかった」「どうしてこんな大切なことが誰にも知らされなかったのか」「もっと早く知りたかった」「知っていたら反対していたのに」と言ったものばかりです。
ここでは再開発案そのものの是非は別として、このような重要な都市計画事項についての一般市民・国民の参加による合意形成という側面に焦点をおきます。
神宮外苑再開発案の決定プロセス
神宮外苑再開発案は何も最近に起こったことではありません。2020年東京五輪招致が決まった10年以上前から、五輪会場候補地である、このエリアの再開発案については様々な案や計画が検討されてきました。
そのプロセスの中、2012年に国立競技場建築コンペが行われ、2013年に外苑風致地区の高さや容積制限緩和が決定され、既存の都営霞ヶ丘アパートが撤去されました。そして、新国立競技場だけでなく、日本青年館ビルや三井ガーデンホテルなどの建築物も新設されました。これらの工事のためにも、すでに樹木の伐採は行われていました。
五輪後の神宮外苑再開発について東京都はパブリックコメントを募集したのちに「東京2020大会後の神宮外苑地区のまちづくり指針」を策定しました。前述したように、東京都はこの再開発案について年末に説明会を開き、その後2週間の縦覧期間をもうけました。イコモスや市民グループは再開発案について「すぐに決定を急がず、樹木伐採などの件について、広く意見を求めてほしい」などの意見を提出したと報告しています。
けれども、2022年2月9日に東京都都市計画審議会が開かれ、この開発案は審議会メンバーの賛成多数で承認されました。
都市計画における市民合意の形成
神宮外苑再開発案については、一部の熱心な市民や団体、議員、メディアによって少しずつ関心が高まり、やがて一般民に広まるようになりました。けれども、そもそもこのような公的プロジェクトにおける重要な都市計画事項については、自治体が初期の試案段階から広く意見を求めながら練り上げていくことが必要ではないでしょうか。
都市計画の目的やその場所で必要となる施設や用途について明らかにした上で、広く住民や関心がある人に知らせ、多方面からの意見を募り、議論を行う過程の中で合意形成をはかっていくことにより、民主的なまちづくりが可能となります。
誰にも知らせず、あるいは、多くが気が付かないような方法でひっそりと計画を「公開」し、誰も声を上げないことを期待して「都市計画審議会」という限られたメンバーが重要事項を決定する。決定後に詳細が広く一般民に知らされ、みなが気が付いた時には、もうすでに手遅れになってしまっていて、計画はそのまま実現されてしまう。
まちづくりという、社会性、公共性の高い分野において、民主的なプロセスなしで、政治家、自治体、開発業者、地権者など限られた人たちだけが決定権を握るのはいかがなものでしょう。それが、公共性の高い公園や風致地区といった特別指定地区ならなおさらのこと。
1人1人に投票権があるように、自分が住む街、環境、景観について何が起きるのか、計画されているのかを知り、それに対する意見を表明できる場があるということは民主主義社会として当然の基本的人権。そのような場がないことが積み重なると、どうなるでしょうか?
自分が住む地域で何が起きようと当たり前になってしまい、市民は自分の街で見慣れて親しんでいた環境を突然失うことになっても、あきらめるしかなくなります。そして、何が起ころうと「仕方がない」と思い、関心がなくなり、そのうち自分の住む街やコミュニティに対しての愛着や誇り、帰属意識がなくなっていくでしょう。
ルイス・ハミルトン邸の1本の木を切るために
おりしも、今週イギリスではF1レーサーとして有名な「ルイス・ハミルトンが都市計画課に勝利」という話題が、メディアに掲載されていました。どんな勝利かと思ったら、自宅の庭にある1本の木を切る許可を得たという話でした。
ハミルトンはロンドンで1800万ポンド(約29億円)の豪邸を購入したのですが、そこにあった1本の木を切り、もう1本を剪定するための許可を地元自治体の都市計画課に出したところ、近隣住民などから反対の声が上がっていました。
反対者たちは「100年近くも立っていた木を切るなんて」「緑は貴重であり、1本たりともなくすべきではない」と強い声で抗議しています。けれども、この場合は、該当の木が専門の樹木医によって「状態が著しく悪く、枯れる一歩手前である」と診断されたことで、代わりの木を植えることを条件に伐採を許可されたということです。
ちなみにこの木は公共の公園の木ではなく、私有地であるハミルトン宅の庭の木です。個人の家にある木だからといって、1本たりとも勝手に切ることは許すまじという人が多いのです。樹木が近隣の景観に及ぼす影響は大きく、「景観」は公共の財産であるという考え方がイギリスでは浸透しているからです。
イギリスの都市計画コンサルテーション
イギリスの都市計画において、一般市民への情報周知と意見交換プロセスは「パブリック・コンサルテーション」と呼ばれています。そして都市計画におけるコンサルテーションは、自治体や政府などの政策決定者にも一般市民にも、重要なプロセスであると理解されています。
イギリスでは既存建築物の改築を含むすべての「開発」に都市計画許可が必要ですが、ルイス・ハミルトン邸は保存地区内にあるため、樹木の伐採や剪定についても都市計画許可を得る必要がありました。
都市計画許可を申請すると、それについて地方紙で広報されるほか、当該地域前に張り紙が貼られ、近隣住民には個別に手紙で知らせが行きます。開発の詳細については図面と共に公開されていて、誰でも地域自治体の都市計画課やオンラインで見ることができます。開発について意見がある人は直接の利害関係者だけでなく誰でも都市計画課に意見を提出することができ、それが都市計画許可決定に反映されます。
都市計画におけるコンサルテーションは個々の開発計画だけに限らず、街全体の都市計画方針を決定するプロセスでも、広く大々的に行われています。
各自治体では「ディヴィロプメント・プラン」と呼ばれる、その地域全体の都市計画に関する基本的な方針をまとめたマスタープランが策定されますが、その策定段階で市民に広くコンサルテーションを行う義務が法律で定められているのです。
各自治体は、試案をもとに住民説明会を各地区で開いたり、地方紙や張り紙、ちらし、最近ではインターネットでも広報活動を行い、広く意見を公募して、幅広い方面からの意見や要望を聞いたうえで都市計画の方針を決めます。このプランには「保存地区」「開発促進地区」「環境保護区域」「公共スペース」など、さまざまな用途、目的の区域も指定され、その区域内で許可/推進/原則禁止される開発や用途について決められます。
そして、このプランに定められた方針に基づいて個々の都市計画許可は判断されるのです。たとえば、このプランに「風致地区」といったようなエリアが指定されるとすると、そのエリア内で許容される開発について詳細が決められているので、それに合致しない開発許可申請は原則として許可されないことになります。
市民参加のまちづくりのメリット
イギリスでは老若男女問わずどんな人でも、自分が住む街や景観、自然環境についての関心が高いといえます。自分が過ごす居住空間の生活環境だけにとどまらず、目にする景観や建築デザイン、公共空間の在り方といったことにまで関心が高く、日常的な会話の糸口になったりします。
住む場所を探す時は家や部屋そのものよりも、まずは住居がある地域の環境や景観を重視して「ナイス・エリア」かどうかが大きな決め手になります。
そして、地元の図書館やコミュニティセンターが閉鎖されるとか、公園や広場などの公的スペースや自然環境が脅かされるような懸念があったら、さらには、自分が住む地域で「見苦しい」建物が建つことになったり、街路樹が伐採されるとなると、断固として声を上げる人が多いのです。
都市計画におけるコンサルテーションが義務となっていることで、自治体としては、様々な人から賛成から反対まで多様な意見を聞くことになり、意思決定までに時間も手間もかかります。けれども、できる範囲で地域市民に情報公開や説明をし、意見交換をする事で、市民からの理解と信頼を得ることができます。
イギリスでは、土地は私有物であっても、街や景観は「公共」すなはち「わたしたちみんな」のものであるのだから、街づくりもみんなの意見を聞いて行うべきであるという考え方が広く浸透しています。そしてその結果として、自分が住む街への愛着や誇り、コミュニティへの帰属意識が育つのです。
日本でもできる住民参加のまちづくり
イギリスの都市計画制度は産業革命以降の長い歴史の中で培われてきたものであり、それをそのまま日本に輸入することはできません。日本には日本の法律や制度があるのでそのまままねることは不可能です。
とはいえ、日本でも個々の自治体レヴェルで住民参加の街づくりを推進することは可能です。街づくりというものはそもそも地域レヴェルで行うものなので、各自治体がその気になれば、できないわけはありません。
たとえば、下記のようなプロセスで、住民参加の街づくりを進めてはどうでしょうか。
1.マスタープラン(地区計画)段階でのコンサルテーションで地域全体の都市計画方針を市民合意のもとで決める
(この段階で特別な保護地域や公共空間などを指定して、許可/推進/禁止事項を定める)
2.個々の開発案(中~大規模/重要なものだけでも)についてコンサルテーションを行う
3.マスタープランから逸脱する開発案の場合、それを明確にした上で意見徴集をする
4.都市審議会への住民参加(住民や市民グループからの代表など)をする
5.すべての都市計画情報・決定事項とその根拠について公開する
最後に
神宮外苑再開発計画が上記のような住民参加のプロセスで進められていたら、東京都、地権者や開発業者などの利害関係者、市民団体や一般の人々までが、今頃になって右往左往するような顛末にはならなかったでしょう。
東京五輪に関連して行われたこれまでの決定事項が「五輪遂行」のためになしくずし的に実行されてきたこともあり、この開発案も大きな反対意見が上がらぬままに都市計画審議会で承認してそのまま実現化という図が描かれていたのかもしれません。
これを機会に、再開発案について今一度広く住民・国民に情報を公開し、議論を尽くしたうえでどうするのかを決めることを提言します。
「住まいまちなみコンクール」受賞とは、すてきなところにお住まいなんですね。住民の皆さんがそれに誇りを持ち、自ら景観の維持改善に取り組んでいらっしゃるというのがすばらしいです。それなのに、自分たちの知らない間に環境が悪化してしまうのは残念です。日本の都市計画制度は住民や地元の人の意見を尊重せず、開発業者や地主の利権だけで進みがちなところがあるのが難点。とはいえ、自治体によっては景観を重視したり、住民の声を街づくりに取り入れるところもあるようです。日本の自治体は、首長や地方議会、担当部署さえその気になれば、かなりの権限もあるし、できることもたくさんあります。地元の人が粘り強く自治体に訴え続けていき、市政に反映させることが必要だと思います。
(イギリスに住んでらしたのですね。どちらにお住まいでしたか、そしてそこのまちづくりはどうだったのでしょうか。)
私が住む町は、15年ほど前には「住まいまちなみコンクール」で最高賞の「国土交通大臣賞」を受賞したことがある町で、住民の皆さんも自宅の周りを取り囲むグリーンベルトの植栽の手入れや、各々の通りの街路樹や植栽マスに咲く草花の手入れに汗を流すなど、町の美化、景観の維持に関心を持って暮らしています。ただ、ここ10年程の間に、町内の隣接地にあった駐車協がきたならしい資材置き場に変わったり、町内のメイン道路の脇に数十本あったけやき林が伐採され、住宅地に変わったりと、景観が随分悪化。このような住民が望んでいない開発計画は事前に知らされることもなく、気づいた時には既に工事が着工されていたというのが実態で、このままでは、住民が全く知らされないところで、地権者と開発業者の双方の利益が合致すれば、町の景観はあっという間に破壊されていくということ危機感を持つに至った次第です。どうすれば、美しい街並みを将来に引き継いでいけるのか、昔住んだことがあるイギリスの事例を参考に対応策を考え、実現したいと考えています。