リチャード・ロジャースの都市ルネッサンス政策

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Pompidou

イギリスの有名建築家リチャード・ロジャースが88歳で亡くなりました。ロジャースといえば、ポンピドゥーセンターやロイズビルディングなど、前衛的な大規模作品が有名ですが、イギリスでは「アーバンルネッサンス」を提唱し、都市計画政策においても大きな影響を与えました。

リチャード・ロジャース

ロジャースはイタリア生まれですが、ロンドンと米国イエール大学で建築を学びました。英国に戻ってからは、ノーマン・フォスターとそれぞれの妻の4人の建築家で「チーム4」という建築集団を作って個人住宅などを手がけました。チームが解散したのちに、イタリアの建築家レンゾ・ピアノと組んで、パリのポンピドゥーセンターのコンペで優勝し、今では世界的に有名になっている作品を完成。

前衛的で斬新なデザインはその後にもロンドンのロイズビルディングなどに見られます。ほかにもロンドンのミレニアムドームやマドリードのバラハス空港、カーディフのウエールズ議会など数々のランドマーク作品を手がけ、様々な賞を受けています。

ロジャースは個々の建築だけでなく、都市計画やアーバンデザイン、特にイギリスの都市の在り方に大きな関心を持っていて、英国政府やロンドン市の都市政策にもインパクトを及ぼしました。2000年前後、イギリス地方自治体の都市計画課で働いていた私も、その影響を様々な面で経験しました。

アーバン・タスクフォース

ロジャースは英労働党政権のもとで、「アーバン・タスクフォース」を設立し、その議長をまかされました。このタスクフォースはイギリスにおける新たな都市再生政策をうちたて、2000年に「アーバンルネッサンスを目指して ‘Towards an Urban Renaissance’」という報告書を発表しました。

イタリア、フィレンツェ生まれのロジャースらしく「ルネッサンス」という言葉を使っているのは、中世やルネッサンス時代から続くイタリアなどヨーロッパ諸国の中層のコンパクトな都市形態こそがロンドンなどイギリスの都市再生に適しているという考え方です。古代ギリシャのアテネやローマ、ルネッサンスのフィレンツェなど、多様な人々が共に居住し知識や文化を交換する場としての都市形態こそが理想であり、米国的な車社会に適した郊外型のスプロール開発を避けようというものです。

イギリスでは産業革命以来の急激な都市化により都市のスラム化が進み、富裕層が健康的な環境を求めて郊外や田舎に移り住むようになった歴史があります。また、ハワードの田園都市やニュータウンの流れのように、都心を逃れ緑に囲まれた環境での「庭付き一軒家」といった低密度居住が多くの一般イギリス人のあこがれとなっていました。

けれども、ポスト工業化時代の都市の在り方として、ロジャースは人々の相互交流 を促進する都市空間の関係性を重要視しました。さまざまな用途や階層が混在する複合的な都市デザインを用いて都市を再生することを提言したのです。

「アーバンルネッサンスを目指して ‘Towards an Urban Renaissance’」では次のようなポイントが提言されています。

  • アーバンデザインを都市再開発の最前線におく
  • 経済的・社会的衰退地域を重点的に再開発する
  • グリーン ・フィール ド(未開発地)ではなくブラウン ・フィール ド(既存開発地)の再開発を優先する → 新築住宅の6割をブラウンフィールドに建てる
  • 都市再生プロジェクトに積極的な公共投資をすることで民間投資 を誘発する
  • コンパ クトな都市形態と歩行者、自転車、公共交通機関を優先する交通システムを構築する

これらの提言はのちのイギリスの都市計画政策に影響を及ぼし、特に都市計画における住宅政策の転換を促しました。それまで郊外や田舎での住宅開発が虫食い的に起こっていたのが難しくなり、都市や町中の既存開発地での住宅建築にシフトしていったのです。

また、イギリス政府や自治体の都市計画実務において、アーバンデザインが重視されるようになり、都市計画申請の結果を大きく左右するようになりました。このため、自治体の都市計画家や委員会で都市計画申請の決断をする市議会議員にアーバンデザインのトレーニングを行うということもありました。

ロンドンのアーバニズム政策

2000年にグレイターロンドン市ができた時、ロジャースは当時の労働党左派ケン・リヴィングストン市長にロンドンのアーバンデザインを託されました。リヴィングストン市長はロンドンに渋滞税(ロンドン都心部に車を乗り入れる際の課金システム)を導入したことでも有名です。自動車に占拠されたロンドン中心部をすべての人に快適な環境にすることを目指すというのはロジャースが推進していたことでもあります。

ロジャースはグレイター・ロンドン市に「建築とアーバニズム」ユニットを設立して、そのチームと共に魅力的な都市環境を作るために精力的な活動をしました。アーバンデザインガイドを作ったり、ロンドン中に100か所の公共空間を作る計画を立てるなど、「アーバンルネッサンス」で提唱した数々のテーマをロンドンで実行しようと目指したのです。

けれども、2008年に保守党ボリス・ジョンソンが新しいロンドン市長に選ばれたことによって、これらの提案の多くは日の目を見ずに終わっています。

理想と現実

リチャード・ロジャースは言うまでもなくイギリスを代表する世界的建築家です。ピアノと共にポンピドゥーセンターを建築して世に名が出てからというもの、長年にわたって、ハイテクで前衛的な大規模作品を次々に生み出してきました。

ロジャース建築設計事務所は都心の富裕層のためのアパートメントやアップマーケットなビル、空港などのランドマーク的作品を、ロンドンだけでなくモナコや台北、東京やマドリードなど世界中に建て、その多くが「名建築」として人々に注目されてきました。

でも彼が本当にやりたかった理想は、それらの世界的建築作品の数々とは少し異なったものなのではないかと思います。

ロジャースが提唱した「アーバンルネッサンス」は都市に住むすべての人が平等に快適な人間らしい環境を享受し、多様な人々が共に住んで働き交流することでコミュニティを形作るというものでした。

社会主義的な理想を持つ労働党の一代貴族として男爵位を授与されたロジャースは貧しい人でも住める公的住宅、低所得者層や移民を含む多様な人々が共に住むコミュニティづくり、すべての人が享受できる公的空間や文化設備といったものを重要視していました。

晩年2017年に出版された「すべての人々のための場所 ‘A Place for All People‘」という本でロジャースはこのように述べています。

都市空間は富裕層だけではなく、すべての人々のためにあるべき。

資産家の強欲な利益のために政治が奴隷になってはならない。

けれども、多様な社会構成員からなるコミュニティに貢献する公平な都市環境を作るという彼の社会的な理想と、地価が高騰して庶民が住めなくなった都心にエリート富裕層や大企業のための建築設計をするという現実のギャップは、広くなるばかりだったと言ってもいいでしょう。

このことは、同じくイギリス人である19世紀のデザイナー・社会思想家、ウィリアム・モリスについて思い出させます。彼は工場で大量生産される商品に背を向け、労働の喜びと手仕事の美を追求するアーツアンドクラフツ運動を起こしたのに、それによってできる作品は富裕層でないと買えない高級品となってしまうという矛盾に悩んだのです。

ロジャースのレガシー

リチャード・ロジャースについては数々の有名なランドマーク的建築作品やその奇抜さについて語られることが常ですが、少なくともイギリスでは彼が提唱した「アーバン・ルネッサンス」を通して都市政策に与えた影響が重要だと思います。

そのレガシーはロンドンだけでなく、イギリスの各都市で見ることができます。彼が提唱した「アーバンルネッサンス」が、公共交通を優先した、コンパクトで中密度の建築からなる再開発で新しい息を吹き込むための都市政策として今でも残っているからです。

その影響は、マンチェスターをはじめ、シェフィールドやバーミンガム、リヴァプールなどの地方都市で、廃墟と化していたヴィクトリア朝時代の古い産業用建築物などが再開発され、都心部に若者を中心とした居住者が戻り、活気のあるコミュニティが生まれ育っている今につながっているのです。

 

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