新型コロナウイルス後の復興政策としての「グリーン・リカバリー(緑の復興)」について書きましたが、それに関連する「グリーン・ジョブ」という言葉を聞いたことがありますか。「グリーン」な仕事とはどんなものなのでしょうか。
グリーン・リカバリー(緑の復興)
新型コロナウイルス後の経済や社会を復興するために従来のやり方ではなく、脱炭素社会への移行をも考慮にいれた「緑の復興」についてはパンデミックと気候変動:グリーン・リカバリーのためにの記事に書きました。
https://globalpea.com/climate-change
新型コロナウイルスによる被害は全世界に広がり、それによる各国の経済的打撃は予想外に大きくなることがわかってきました。大量に出つつある失業者や倒産間際の企業の救済が今すぐ必要だとされる中、気候変動などの長期的な目標は後回しにされがちな懸念も出てきます。
環境政策というと経済発展の重荷になるものであり、今はそんなことは言ってられないという声も聞こえてきます。けれどもコロナ後の復興と気候変動対策を並行して行う「グリーン・リカバリー」政策は、従来の業界で立ち行かなくなって失業したり自らの事業を失った人々のために、新しい雇用機会を生み出すのです。
グリーン・ジョブ(緑の雇用)
「Green Job」の定義
「グリーン・ジョブ」という考え方はコロナ前から提唱されていた考えで、国際労働機関(ILO)も2007年11月の第300回ILO理事会で「グリーン・ジョブ構想」を提唱しました。
「グリーン・ジョブ」はILOの定義では
環境に対する影響を持続可能な水準まで少なくする経済的に存立可能な雇用
具体的には下記の取り組みに関連する雇用が含まれます。
(1) 種の保存や生態系の回復推進
(2) エネルギー、材料、資源等の消費削減
(3) 低炭素経済の推進
(4) 廃棄物と公害の発生回避
ILOの取り組み
ILOは国連環境計画(UNEP)などの国際機関と連携し、このような緑の雇用の創出に取り組んでいます。
2008年のILO報告書では再生可能エネルギー関連で2030年までに2000万人以上の雇用が新規に創出されると予測されています。エネルギー用バイオマスの関連産業では1200万人が就業しており、急成長が予測されるリサイクルや廃棄物管理産業については、中国だけで1000万人が就業しているとの推計です。このような産業には多くの労働力を必要とするものもあるのです。
ILOは新型コロナウイルス後の経済復興においても「グリーン・ジョブ」が持続可能な開発、環境保護、経済開発、社会的包括性といった地球の問題解決に中心的な役割を果たすものだと位置づけています。このためには、低炭素業界での新しい雇用の創出に力を入れ、政府や自治体が民間企業や教育機関と協力して若者や失業者に必要となる教育やトレーニングを提供し、新しい雇用機会を得られるようにするべきだとしています。
環境・エネルギー産業は経済的にも、これからの投資が見込まれる成長分野です。世界的なコロナ不況が予測されるなか、経済復興の原動力として環境・エネルギー関連産業の拡大に期待が高まっているのです。
各国の環境政策とグリーン・ジョブ
米国大統領選とパリ協定
新型コロナウイルスの影響で米国では2020年4月の失業率が14.7%となり、失業手当を申請する人々の行列が目を引きました。失業者が大量に増え、企業倒産が続き、景気が下向いてくるなかでは、経済復興において政府の先見性とリーダーシップが問われます。
米国では前オバマ政権が「グリーン・ニュー・ディール」を掲げ、グリーン・ジョブの創出を約束していましたが、この政策はライバル共和党だけでなく米国産業界からも反発が強く、トランプ政権に変わると立ち消えとなりました。
トランプ大統領が気候変動対策に否定的な立場をとっていることは周知の事実です。この背後には共和党支持の中西部ラストベルトや石炭産業からの支持を固めたいという考えもあるでしょう。トランプ大統領は気候変動対策の国際的な枠組み「パリ協定」からの離脱さえ通告しています。
おりしも2020年秋には米国大統領選が行われますが、パリ協定からの離脱問題をはじめとする、環境問題は新たな争点の一つとなるでしょう。ライバル民主党の大統領候補バイデンは気候変動問題にも熱心で、パリ協定にとどまるべきだと主張し、自らの陣営に「グリーン・ニューディール」を提唱する若手オカシオコルテス議員を任命しています。
米国という大国の環境政策や経済政策がこの秋の大統領選の結果に大きく左右されることになるわけで、その成り行きを世界中が見守っているところです。
EUのグリーン・リカバリー政策
新型コロナウイルス流行によって打撃を受けた経済を復興するために、EUは2020年5月に総額7500億ユーロの「グリーンリカバリー」政策を発表しています。詳しくは「パンデミックと気候変動:グリーン・リカバリーのために」記事を参考にしてください。
この政策が実施されれば、環境対策やエネルギー業界、建設部門などで100万人以上のグリーン・ジョブが新たに創出されると予測されています。
たとえば、ヒートポンプや地域冷暖房(DHC)によって冷暖房の脱炭素化を図る建物の改善工事を実施することで2050年までに22万人分の新たなグリーン・ジョブがEU域内の建設業界とエネルギー業界で生まれると予測されています。
さらに、電気自動車の普及率が35%とした場合、2030年までに20万人のグリーン・ジョブができることになります。
イギリスのグリーン・ジョブ政策
地方自治体協会の提言
イギリス地方自治体協会(LGA)はグリーン・ジョブについての報告書で、イギリスで2030年までに低炭素、再利用エネルギー業界で約70万、2050年までには118万人の雇用創出が可能だと政府に提言しました。この雇用のうち:
・半分近く(46%)が風力発電のタービン製造、太陽光パネルやヒートポンプを設置するなど、再生可能エネルギー発電産業や低炭素燃料産業で創出
・およそ1/5(21%)が断熱材、照明、制御システムなどのエネルギー効率化製品の設置に従事するものとなり、さらに19%の雇用が金融、法律、ITなど低炭素サービス提供やバイオエネルギーや水素など代替燃料製造関連
・さらに14%が低排出ガス自動車と関連インフラ製造関連の雇用
地方創生の機会
イギリスで創出されるグリーン・ジョブの28%以上が電力やエネルギー関連企業が多いヨークシャー、ハンバー、イングランド北西部などの地方部に集中すると考えられています。これらの地域ではすでにイギリス最大手の電力会社や北欧など海外大手企業の投資も行われており、これからもさらなる大規模投資が見込まれています。
これらイギリス北部にある地域はこれまで、ロンドンを中心としたイングランド南西部に比べ、地域経済力、平均所得、失業率などにおいて遅れをとってきました。そういう地域で「グリーン・ジョブ」が生まれることは地域活性化にもつながり、国内間の経済・社会的格差を縮める可能性があるという利点もあります。
かつてサッチャー政権は反対を押し切って閉鎖した地方の炭鉱町に日本の自動車工場を誘致し、炭鉱夫としての仕事を失った大量の失業者に職を与えました。それと同様に、新型コロナの影響により失業を余儀なくされたり、自らの事業の継続が難しくなった自営業者に、今度は自動車工場ではなく、環境関連企業が新たな「緑の雇用」を提供するのです。
コロナ後の英政府復興予算
イギリスでは新型コロナウイルスに感染予防のためのロックダウンで休業を余儀なくされた企業に2020年3月から従業員の給与の80%を政府が支払う給与補償制度が導入されましたが、それも10月になくなります。その後の失業予防対策として就労保証プログラムを提案していますが、その中心に「グリーン・ジョブ」政策を置くとしています。
2020年7月に発表されたイギリス政府予算で、スナク財務相はグリーン・ジョブ創出のために30億ポンド(約4040億円)を用意するとしました。2050年までにカーボン排出をネットゼロにするイギリス政府の目標を達成するための政策とコロナ後の経済復興を対立するものとして扱うのでなく、この二つの大きな目標を並行して実現していこうという考えです。
具体的には下記の政策予算が発表されました。
1.学校や病院などの公的機関の建物のエネルギー効率改善に10億ポンド
2.緑の雇用チャレンジ基金(Green Jobs Challenge Fund)に 4000万ポンド
政府が緑の雇用チャレンジ基金を提供し、地方自治体や環境チャリティー団体が植樹、川の清掃、市民や野生動物のためのグリーンスペースの創出などを行うものです。これらの活動によって5000の新しい雇用が生み出されると予測されます。
3.住宅の省エネ改善事業に5000万ポンド
市営住宅などの公的住宅に燃料ポンプ、断熱材、二重ガラスなどを取り付け、エネルギー効率を高めるために使われます。これにより炭素排出量が減少するだけでなく、公的住宅に住む低所得者層家庭のエネルギー費用負担が200ポンド安くなります。
さらに一般家庭用には、省エネ住宅改善工事のために使える5000ポンドまでのバウチャーを配布する計画があります。
グリーン・ジョブに必要なもの
新型コロナウイルス感染が世界中に拡大していた2020年4月末、国連のグテレス総長はウイルス対応で各国の気候変動問題への取り組みが後回しになっていることについて危機感を示しました。新型コロナ収束後の経済再生には気候変動対策が不可欠だと訴え、「グリーン・ジョブ」の雇用創出を経済支援策に盛り込むように呼びかけました。
気候変動問題に取り組むための低炭素経済への移行は経済を停滞させるものではなく、むしろ雇用を増やし新たな投資を呼ぶことで経済発展を促すものですが、それには政治的意思が不可欠です。環境関連事業の多くはスタートアップ時には政府の公的支援が必要なものが多いからです。
気候変動が単なる環境問題ではなく、経済社会からも切り離せないものだという考えは1月にダボスで開かれた世界経済フォーラムでも指摘されています。民間企業が重視しがちな短期的な利益追求ではなく、長期的な視野のもとに立った政治的なバックアップのもと、長期投資に向けた政策枠組み、技術習得や教育の機会提供も重要となってきます。
各国政府が掲げた政策を実際の雇用創出に落とし込んでいくには、各政府機関、地方自治体、民間企業、NGO団体、教育機関などの連携、さらには国際間での協力や情報の共有を通して持続的に取り組むことが必要となります。
新型コロナウイルスによる景気衰退から経済復興を図るプロセスで各国がどのようにグリーンジョブを生み出す政策を導入していくのか、その動向が注視されます。
参考資料
https://www.ilo.org/global/topics/green-jobs/lang–en/index.htm
https://www.local.gov.uk/local-green-jobs-accelerating-sustainable-economic-recovery