新型コロナウイルス感染が広がるヨーロッパでは、感染拡大を抑えるための外出制限や社会隔離政策のため、通常の業務ができず経済的に困窮している企業や労働者がたくさん出ています。カフェやレストランなどの飲食店、タクシーや交通公共機関スタッフ、店舗の店員、エンターテイメント業界で働くアーティストなど、のきなみ仕事がストップし、収入がゼロになってしまった人も少なくなりません。日本でも行動やイベント自粛が呼びかけられ、宿泊・観光、飲食、エンタメ業界などで困っている人が出てきていると聞きます。日本の場合は「自粛をお願い」すると言われますが、そのための補償はセットになっていないようです。
各国の取り組み
欧米諸国では、行動制限や社会隔離、さらにロックダウン(都市封鎖)といった厳しい政策を取る際、そのような政策で被害を被る業界や労働者への支援策も発表しています。
短期間で矢継ぎ早に支援政策を発表した各国政府の取り組みを紹介します。
イギリス
- 従業員の解雇を防ぐために通常の給与の8割を政府が支払う
国民の月収の中央値より少し高い2500ポンド(約33万円)を上限
3月1日にさかのぼって申請ができ、すでに解雇を決めた企業には、それを取りやめて有給休暇扱いにするように要請 - 自営業者、フリーランスについても月2500ポンド(約33万円)を上限に通常の収入の8割を政府が補償
過去3年の納税記録の平均をもとに決められ、約380万人が対象 - イギリスのアーツ・カウンシル(芸術評議会)はアーティストに1億6千ポンドの支援
- 低所得者層向けの補助金(生活保護にあたる)の増額や家賃補助導入
- 中小企業への助成金や無利子ローン、税金支払いの期限延期などの措置
英財務大臣はこのような施策にかかる財源には「上限はない」と言います。現時点でどれくらいの申請者がいるか不明だからで、申請があるものすべてを対象とし、財源としてはすべて借金でまかなうとされています。
ある専門家よると、このような公的措置には約100億ポンド(約1.33兆円)の財源が必要だろうと試算されています。
ドイツ
- 政府が従業員の賃金喪失の60~67%を手当し、社会保険も全額補償する
- 中小企業支援に返済する必要のない給付金として、3か月間の運転資金を提供:
従業員5人以下の事業者に最大9,000ユーロ(約107万円)、10名従業員以下の事業者に最大15,000ユーロ(約180万円)の一括支払い - 6,000億ユーロ規模の企業救済基金を設立し、ローンが必要な企業に政府保証枠を提供
- 家賃が払えず困窮する恐れのある人には家賃が20%減額
- 芸術・文化分野向けには、中小企業向け給付金にあわせ、失業手当申請手続きの迅速化、芸術家向け社会保険料の減免
- アーティストのための特別予算は助成金やローンの形で提供され、個人のアーティストから新聞などのメディアも対象
フランス
- 法定最低賃金の4.5倍を上限に、国が従業員の給与を100%補填する(2か月分で85億ユーロを準備)
- 困窮する企業向け支援のため、最大1500ユーロ(約17万9000円)の支援金を給付
- 企業の倒産を避けるため、税金および社会保険料支払いの延期、銀行貸付の返済期限の繰り延べ、国による3,000億ユーロ規模の保証など特別措置
- 危機に瀕する零細企業に水道・ガス・電気料金、賃料支払いも停止
- 法人向けの新規銀行融資に公的保証を付与し融資を受けやすくする
- 打撃を受ける国内の大企業を守るためには国有化も検討
これら新型コロナウイルス経済対策の影響でフランスの2020年のGDP成長率は実質マイナス1%になるという見通しが立てられています。
スペイン
- 国内の企業倒産を守るため2000億ユーロ(約24兆円)の予算導入
- 企業が金融機関から融資を受けるため政府が債務を保証
- 企業が従業員を一時的に解雇した場合、本来企業が支払う手当を政府が肩代わりする
オランダ
- 労働者の賃金の最大90%を政府が補償
(収益が少なくとも20%減少した企業が申請できる)
デンマーク
- 従業員の解雇を防ぐため給与の75~90%を1人当り月最大26,000クローネ(約41万6000円)補償
- 政府は家賃の支払いなどへの支援
- コロナにかかって病欠する従業員には政府が病欠手当を支払う
- 企業の税金の支払いの期限も延長
デンマーク政府はこれらの対策のために最大GDPの13%を使う用意があるとしています。
カナダ
- 雇用を守るために30%収益減少の企業全てに従業員の給与の75%までを最長3か月間まで支給
- 民間の金融機関と提携して困窮する中小企業にに利息ゼロの融資を提供
- ワークシェア・プログラムを拡張(フルタイムで働いている人が労働時間を減らしその分を他の労働者と分け合おうというもの)
米国
米国では新型コロナウイルスによる経済対策に、リーマン・ショック時も超える史上最大の2兆2000億ドル(約237兆円)の予算を計上しました。
- 国民への現金給付として大人一人当たり最大1200ドル(約13万円)子供には500ドルを支給
- 失業手当として週平均週600ドル(約65,000円)が申請可能
- 企業への支援としては航空会社へ5000億ドルの融資
- 飲食店や宿泊業界、医療機関や地方自治体への支援を導入
- 中小企業の従業員給与を肩代わりする補助金を含め3500億ドルを提供
さらに、独自の救済措置を取る州もあり、カリフォルニア州では主要銀行が住宅ローンの返済を最低3か月遅延できる救済策に同意しました。
「景気対策」ではなく「雇用・貧困対策」
このように、ヨーロッパ諸国のコロナ経済政策は落ち込んでしまう景気を回復するためというよりは、経済的に困窮してしまう業界やその業界で働く人々を救済するといった側面があります。
新型コロナウイルスの流行で打撃を受ける旅行・観光業界や飲食店・エンタメ業界、国民への外出規制で閉店を余儀なくされる店舗などの企業は何もしなければ倒産してしまところも出るし、失業者も出るでしょう。
それを防ぐために企業に支援金やキャッシュフローを維持するためのローンを提供し、大量解雇を防ぐために従業員の給与の大部分を補填するといった救済方法です。
外出規制がある中、無理に店舗を開けたり働きに行かなくても最低限の収入が補償されるのなら自粛のルールを破る人は少なくなります。
ただでさえ不安な毎日に、政府が早い段階で何らかの経済的な救済を約束してくれることで、経営者も労働者も精神的な安定を得られます。倒産や大量失業による社会的な問題(メンタルヘルス問題や自殺、家庭内某よく、非社会的行動、犯罪など)も無視できません。
また、倒産や従業員の解雇により大量の失業者が出ると、失業手当や生活保護を支払わなければならないので、現在雇用されている人の給与を維持した方が長期的にはメリットがあるといった側面もあります。
デンマーク政府の雇用大臣は「これはリーマン・ショックの際、米国が行ったような金融業界を救済するための政策ではなく、一般国民の経済的な打撃や雇用を守るためのものだ」と語っています。
日本では?
日本ではお肉券やお魚券、旅行代金を補助する案などが話題になっていましたが、それには族議員の利益誘導だという批判が相次ぎ、見送られるようです。まあ、外出自粛を求める一方で特定商品の消費を促すのは矛盾しているでしょう。
国民に一律現金を支給するという案も出ているようです。日本ではリーマンショックの時一人当たり1万2千円が支給されましたが、多くは貯蓄に回ったと聞きます。困っている人、困っていない人にかかわらず一斉に(しかもそれだけでは生活費としては十分ではない)現金を支給するのは効果的とは言えません。
まず雇用の維持や生活の保障に集中すべきであり、ヨーロッパ諸国のように倒産や失業防止に予算を回すべきではないでしょうか。
一定以上の減収があった企業や個人事業主の売上高の補填(ほてん)、従業員解雇や倒産の恐れのある企業、フリーランスや自営業者に直接的な救済策を行うべきでしょう。
企業救済といっても、すべての業種で消費が一様に落ち込んでいるわけではなく、本当に困っている企業や人を助けることにはなりません。
国民や企業に外出や営業の「自粛」を要請するのなら、観光や飲食店、エンターテイメント業界など打撃を受ける業界への補償とセットにするべきだと思います。
コロナによる経済的な損失を語るのに、ヨーロッパ諸国では倒産の憂き目にあう企業や職を失う労働者のことが取りざたされるのに、日本では「景気が悪くなる」話題ばかりが出てくるのが不思議です。まだ日本ではロックダウンなどといった段階ではないためかもしれません。
コロナで死ぬ人より経済が悪化することで自殺する人の方が多くなるのではないかという声も聞きますが、倒産や失業を「自己責任」にせず、政府が支援することで防ぐというやり方で救済することも可能です。
命と経済のバランス
ビル・ゲイツがで新型コロナ流行による経済悪化を問われた時、彼はこう答えました。
「命と経済のバランスなどはあり得ない。今は命を守る人類の連帯感が必要で、経済その他の案件はコロナ終息後に考えればよい。」
失われた命は二度と戻りませんが、経済は後から復活させることが可能です。
今は、コロナでなくなる命を最小限にするために、感染拡大防止のために行動自粛をすること、そしてそれがスムーズにいくためには、打撃を受ける業界へ救済策を政府が行うことが大事だと思います。