歩ける街は元気なまち:健康のためのまちづくりデザインとは

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Theatre square

イギリスでは最近、肥満が問題となっておりジョンソン首相もコロナで重症化して以来、この問題解決のために取り組む姿勢を見せています。イギリスの調査では「歩ける街」に住んでいる人は健康だという結果が出ていますが、街のデザインが肥満や健康度にどう影響するのでしょうか。

イギリス人は太りすぎ?

初めてイギリスに来た30年前、あまり太った人は見かけませんでした。その頃、アメリカには太っている人が多いという話を聞いていましたが、ここ数十年でイギリス人もだんだんお腹まわりがアメリカ化してきた感があります。

イギリスNHS医療サービスの調査によると、今ではイギリスの成人で肥満または太りすぎに当たる人の割合が男性で67%、女性で60%となっているということです。

イギリスで「肥満」と定義される人は男性の26%、女性の29%です。

「肥満」の定義はBMI(Body Mass Index)= 体重(kg)÷身長(m)2 で計算

  • BMI30以上が肥満(obese)
  • BMI25以上30未満太りすぎ(over weight)

大人だけでなく、子供も例外ではありません。小6の子供の20%が肥満だということです。低所得家庭が多い地域ではこの割合が高所得地域の2倍になります。

昔に比べるとイギリス人も太ってきたなとは思っていましたが、これほどだとは正直驚きました。というのも、普通に町ですれ違うイギリス人をみていると「肥満」に定義される人が30%近くもいるようには感じないのです。

肥満の人はそもそもあまり外出をせず、家にいるか、もっぱら車で移動しているせいでしょうか。外で歩いているということ自体が健康であるという証拠なのかもしれません。

活動度と健康との関係

イギリス人の肥満の話で思い出したのですが、人々の活動度と健康との関係について調べたイギリスの調査があります。イギリスの22の街で38-73歳の人43万人を対象に調べたものです。

この調査では活動度を測るのに、住居や商業地の密度、公共交通機関、道路や歩道の利用状況、目的地への近接度などの指標を利用しました。

低所得者層が多い地域はそうでないところに比べ、健康だろうという想像ができますが、この調査ではライフスタイル、社会経済的要因、環境要因などの変数を取り除いて比較しているので、かなり信ぴょう性があります。

その結果によると、活動度が高く「歩ける」街に住んでいる人は血圧が低く、高血圧症のリスクが低いことがわかりました。血圧レベルは高血圧症をはじめとして、様々な疾病のリスクを図る健康バロメーターとも言えます。

調査では1キロ圏内の歩きやすさと血圧レベルに大きな相関関係があり、「歩ける街」をデザインすることは住む人の健康状態に好影響を与えるとしています。

カテゴリー別にみてみると、50~60歳、女性、高密度地域に住んでいる人、低所得者層が住んでいる地区で特にその結果が顕著だということです。言い換えれば、このカテゴリーに属する人は街のデザイン次第で「歩く」ことに消極的になりがちだということでしょう。

この調査ではおもに身体上の健康度をバロメーターとしていますが、精神面での影響もあるにちがいありません。家の中に閉じこもるのではなく、街を歩くことによって人と会ったり他人とすれ違ったり、何らかの刺激を受けたりする社会的な効果も無視できないからです。

ということは、街のデザインいかんによって住む人の心身の健康が左右されるということです。

歩ける街のデザインとは?

それでは「歩ける」街のデザインとはどういうものなのでしょうか。

このイギリスの調査に使われた指標から考えると、適度な密度があり、公共交通機関が整っていて、必要な目的地に行くのが簡単で、そこまで歩くのに安全で便利なルートがあるということでしょう。

例えばパリやローマなどヨーロッパの古い街に見られるように、街の中心部に近いアパートメントなどに比較的高密度で住む人たちが中心市街地に買い物などの用を足すために歩いていくような生活スタイルがいい例でしょう。仕事や用足し以外にも特に目的もなく散歩をすることもあると思います。

たとえばイタリアでは夕方になると、街をぶらぶら歩きする ‘passeggiata(パセジャータ)’と呼ばれる習慣があります。自動車通行止めになった中心地などを特に目的もなく歩き、知り合いに出会って路上や広場でおしゃべりしたりする非公式の社交場となっています。

バーやカフェなどの飲食店では外にテーブルが置いてあって、ちょっと一杯ひっかけたりコーヒーを飲んでいる人もいます。夜だと店舗は閉まってはいても、ショーウィンドウには最新商品が並んでいて、それをながめて「これあなたに似合うんじゃない?」と話し合ったり、明日買いに行こうかしらと考えたり。

このような街のデザイン、生活習慣だと特に意識しなくても日常的に歩くのが普通になってきます。これは車がない時代からずっと続いてきた生活スタイルであるわけですが。

これがモータリゼーションの影響を受けた米国などの都会となるとこうはいかないことも多いのです。郊外の大きな家に住み、ビジネスパークにある職場や大きな駐車場がついた郊外型ショッピングセンターに行くのに自動車で移動し、歩くのは駐車場から職場や店舗だけ。必要な用事が終わったら車で郊外の自宅に帰り、そこで過ごすことになりがちです。

日本でも、都市部で公共交通機関を利用して通勤している都会人は毎日家から駅まで、駅から職場まで歩いているので特にスポーツなどをしなくても適度な運動をしています。けれども地方に住んでいると自家用車での移動が多くなるため、意識しないと運動量が少なくなってしまうということがあります。

特に、昔のように駅前商店街があるような街づくりではなく、米国スタイルの郊外型ショッピングセンターや主要道路に面した店舗、ファミリーレストランなどの飲食店がリボン状に連なるような街では自動車移動が主になり、歩く習慣がなくなるということになりがちです。

都市のデザインと健康

モータリゼーションに影響された街づくりの弊害としては健康面での悪影響だけではなく、伝統的な中心市街地の空洞化や都市スプロール、交通渋滞・騒音・大気汚染・気候変動などの環境問題、公共交通機関の衰退、景観や公共空間の劣化などがあげられます。

欧米諸国では今、過度な車社会が及ぼす悪影響について反省し、街づくりの在り方を再考する動きがみられます。ヨーロッパにはモータリゼーションの前にすでにその形が出来上がっていた街が多いので、比較的その悪影響を回避できているところが多いのです。それでも自家用車が普及してきた1970年以降に新しくできた街や、自動車のための「交通改善」が行われた街ではその弊害が出てきているため、その問題解決に取り組んでいる例を見かけます。

たとえばアムステルダムでは、モータリゼーションと共に運河をつぶして道路にしたり、狭い道を拡幅したりした交通網を今一度歩行者や自転車利用者のために元に戻していっています。

下記の写真は左が1971年、右が2020年の様子です。

歩行者にとって安全、安心なだけでなく、便利でしかも散策することが魅力的な街では歩くことが多くなるのが自然の道理です。自動車で通過するのでなく歩いて通る道だと、途中で寄り道をしてカフェで休んだり、買い物をしたりといったことも気軽にできるため、街のビジネスも売り上げが増え地域経済も潤います。するとさらに魅力的な店が増え、人通りも多くなり夜道も安心して歩けるようになるというように、好循環のサイクルが回っていくのです。

このように考えると、街のデザインは長期的にそこに住む人の心身の健康に大きな影響を及ぼすであろうことが想像できます。イギリスでは700万人が心血管疾患を患い、年間16万人が死亡し、その医療コストは190憶ポンドに相当するといわれています。人々が歩きたいと思える街にすることで、個々の健康だけでなく、医療コストも大幅に減らすことができるでしょう。

歩きたくなる街づくりの要素

それでは「歩きたくなる街」を作るのにはどうしたらいいのでしょうか。街を歩きやすいデザインにするための具体的な要素にはどんなものがあるのでしょうか。

これは街の規模や用途によっても異なりますが、下記のような要素があげられます。

  • 適度な密度
  • 様々な用途の混合(住居、店舗、職場、飲食店、サービスなど)
  • 魅力的な公共スペース(広場や公園など)
  • 安全・安心・快適な徒歩空間(車両通行止めにするなど)
  • 車いすやベビーカー利用者にも開かれたバリアフリー空間
  • アクセスが容易で、見通しがよく、通り抜けができる街路デザイン
  • 適切な街灯やストリート・ファニチャー(ベンチ、ゴミ箱、標識など)
  • 建築や景観デザインの質が高く、周囲に調和している(特に道路や歩道に面する部分)
  • 街路に対して正面を持ち、出入り口のある建物(広い駐車場を正面に置かないなど)

Ormskirk

 

これらの要素はイギリスの街などで「アーバンデザイン・コード」として、その街のDevelopment Plan(開発計画)などに定められ、その地域の建築・改築・公共空間デザインの折に参照されている基準です。

このような取り決めは、それぞれの地域で市民との話し合いを通して共有できる、その街特有の「アーバンデザイン・コード」を作って維持することがカギとなります。なぜなら、このような要素は誰かが一度にそろえることは難しいからです。

街の改善は一朝一夕にできるものではありません。機会がある時にさまざまな関係者(政府、自治体、住民、地主、事業者など)がその都度できるところから改善し続けるという長期的な視点を持つことで「歩きたくなるまちづくり」の目標に少しずつ向かうことができます。

その結果、老若男女さまざまな人々が街に出て歩くようになることで、地域経済も住民の心身の健康も改善し、より活気のある街にすることができるでしょう。

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