
1. ロンドンの目抜き通りオックスフォード・ストリート
ロンドン中心部のオックスフォード・ストリート(Oxford Street)は、SelfridgesやJohn Lewisなどの大型店舗が並ぶ、イギリスを代表するショッピング通り、いわゆる「ハイストリート」。観光客や買い物客が集まる一方、道路空間にはバス、タクシー、自転車などが入り交じり、歩道も混雑します。交差点では歩行者と車両の動線が交錯し、歩行者が多いことと、歩きやすい空間であることが必ずしも一致していません。
ロンドンでは、公共交通の利用促進や自動車交通の抑制が長年進められてきました。しかし、オックスフォード・ストリートでは、商業活動を支える交通機能と、歩行者が安全かつ快適に過ごせる公共空間の確保をどう両立させるかという課題が残っていました。
2026年10月26日から、このオックスフォード・ストリートのうち、オーチャード・ストリート(Orchard Street)からグレート・ポートランド・ストリート(Great Portland Street)までの約1kmで、一般車両やバスなどの通行を制限し、歩行者に開放する計画が実施段階に入ります。今回の取り組みは、道路から車両を排除するだけの交通規制ではありません。周辺地域の再生、都市計画、道路管理、商業地としての競争力を含む、より広い政策の一部として位置づけられています。
本稿では、オックスフォード・ストリートの再編構想が過去に実現しなかった経緯を振り返り、今回の計画を支える行政制度、オックスフォード・ストリート開発公社(Oxford Street Development Corporation:OSDC)の役割を整理します。そのうえで、都市計画と道路管理の権限を組み替えることが、歩行者が快適に過ごせる公共空間の実現にどのような意味を持つのかを考えます。

2. 過去の再編構想:なぜ実現に至らなかったのか
オックスフォード・ストリートの再編は、近年になって突然浮上した構想ではありません。歩行者と車両を分離する大胆な案から、公共交通の再編まで、さまざまな提案が繰り返されてきました。
1961年には「High Oxford Street」と呼ばれる構想が提案されました。道路上に高架の歩行者空間を設け、動く歩道などを利用して歩行者と自動車交通を立体的に分離するというものです。その後も、トラムの導入など、道路空間の使い方を根本から見直す案が検討されました。ロンドン議会の調査報告書は、2004年のトラム構想から、2010年代以降の歩行者化計画まで、複数の提案の経緯を整理しています。
2017年、ロンドン市長のサディク・カーン(Sadiq Khan)は、オックスフォード・ストリートの歩行者化を含む再編計画を具体化しました。計画は複数の段階に分けて実施する想定で、歩行環境の改善だけでなく、商業地としての魅力の向上や、公共空間の質の改善も目指していました。
しかし、2018年、この計画は実現に至りませんでした。その大きな要因の一つは、地域の道路管理や都市計画を担う自治体であるウェストミンスター・カウンシルが計画への支持を撤回したことです。地元住民への影響、交通の迂回、地域の意見などが争点となり、計画を前に進めるための合意を維持できなかったのです。
この経緯は、都市空間の再編において、政策目標を掲げることと、それを実際に実施できる行政体制を整えることは別の課題であることを示しています。市長がロンドン全体の交通政策や商業地の再生を推進しようとしても、個別の道路や土地利用に関する権限を持つ組織や地元住民・事業者との調整が必要になります。複数の行政主体が関わる場合、政策の方向性だけでなく、誰が計画を決定し、誰が実施し、誰が地域への影響に責任を持つのかが、計画の実現可能性を左右するのです。
今回の計画を理解するには、歩行者化の必要性が再び認識されたというだけでなく、2018年とは異なる行政上の枠組みが整えられた点に注目する必要があります。
3. 2024〜2026年の転機:MDAとOSDCの設立
2024年、カーン市長はオックスフォード・ストリートの再編を改めて進める方針を示しました。2025年には、歩行者化の原則に加え、対象地域をMayoral Development Area(MDA)に指定し、市長開発公社(Mayoral Development Corporation:MDC)を設立する提案について、市民や関係者を対象とした意見募集が実施されました。
2025年2月から5月にかけて行われた協議では、合計6,642件の回答が寄せられました。市長の公表資料によると、MDAの指定とMDCの設立について回答した人の69%が支持、歩行者化の原則について回答した人の66%が支持しました。ただし、これらは意見募集への回答者の割合であり、ロンドン市民全体を対象にした世論調査の結果と同じものではありません。
こうした意見募集を経て、対象地域の再生を担うOSDCの設立に向けた手続きが進められました。OSDCは2026年1月に設立され、同年8月10日には、対象区域におけるLocal Planning Authority(LPA、都市計画当局)としての機能を、ウェストミンスター・カウンシルとカムデン・カウンシルから引き継ぎました。
これと並行して、道路管理・交通規制の体制も変更されました。オックスフォード・ストリートは2025年9月20日からロンドン交通局(Transport for London:TfL)の管理する道路ネットワークに組み込まれ、TfLが対象道路の道路管理者となりました。道路工事の調整や道路の維持管理、交通規制に関する役割が移る一方、道路清掃やごみ収集など、ウェストミンスター・カウンシルが引き続き担う業務もあります。
この役割分担を整理すると、今回の再編を支える仕組みが見えやすくなるかもしれません。OSDCは対象地域の再生と都市計画を担い、TfLは指定された道路の管理と交通規制を担います。市長、OSDC、TfL、周辺自治体が、それぞれ異なる権限を持ちながら一つの地域の変化に関わる構造です。
4. Development Corporationとは何か:通常の都市計画との違い
OSDCを理解するうえで重要なのが、開発公社(Development Corporation)という制度です。
イギリスでは、特定地域の再生や開発を推進するため、一般の行政組織とは異なる法定機関としてDevelopment Corporationが設けられることがあります。ただし、同じ名称を持つ機関でも、法的根拠や権限は設立の仕組みによって異なります。OSDCは、2011年地域主義法(Localism Act 2011)に基づく「市長開発公社」(Mayoral Development Corporation:MDC)で、市長主導で特定地域の再開発を進めるものです。
この法律は、ロンドン市長が特定地域をMDAに指定し、その地域の再生を担うMDCを設立するための法的枠組みを定めています。MDCには、地域の再生、開発、インフラ整備などに関する権限が与えられます。また、市長が追加的な権限を付与することで、対象区域の都市計画当局として機能することもできます。
通常のロンドンの都市計画では、各ロンドン区(London Borough)が原則としてLocal Planning Authorityを務め、土地利用計画や開発許可などを担います。道路の管理や交通規制については、道路の指定や法的な区分に応じて、区やTfLなどが役割を担当します。つまり、都市計画と道路管理は関連するものの、必ずしも同じ組織が一体的に決定するわけではないのです。
OSDCの特徴は、特定地域について都市計画の意思決定を一つの組織に集約し、周辺地域の再生と公共空間の変化をより一体的に調整できる点にあります。2026年8月以降、対象区域で新たに提出される開発許可申請などは、原則としてOSDCが審査・決定することになっています。
ただ、これを「自治体の権限がすべて市長側に移った」と理解するのは正確ではありません。OSDCに移管されたのは、指定区域において法令や命令で定められた都市計画機能です。道路管理・交通規制は別の枠組みでTfLに移管されていて、清掃やごみ収集などは引き続き自治体が担当します。行政機能を地域単位で再編しながらも、複数の組織が関わる仕組みは残っています。
このようなDevelopment Corporationの活用は、地域全体の再生を特定の機関が主導するための制度的な選択肢となります。これによって、対象地域の住民や事業者にとって、誰が計画を決定し、どの組織に意見を伝え、どこに説明責任を求めるのかが分かりやすいという利点はあります。一方で、地域との関係や意思決定の透明性をどのように確保するかということが重要となってきます。
5. 道路管理と都市計画の権限再編:OSDCとTfLの役割分担
今回の歩行者化を実現するには、都市計画だけでなく、実際の道路をどのように運用するかという交通・道路管理上の決定が必要になります。
OSDCは対象地域の都市計画と長期的な再生を担いますが、道路の交通規制を実施する役割はTfLが担当します。2025年9月にオックスフォード・ストリートがTfLの道路ネットワークに指定されたことで、TfLは道路管理者・交通管理者として、歩行者化に必要な交通規制や道路運用の変更を進める立場になりました。
2025年11月から2026年1月にかけては、歩行者化に必要な交通・道路の変更について、別途協議が実施されました。こちらの協議は、歩行者化の原則への賛否を決めるものではなく、交通規制、バス路線の変更、周辺道路への影響など、具体的な実施案を対象としていました。TfLの資料によれば、交通・道路変更に関する設問には2,396件、バス路線変更に関する設問には1,254件の回答が寄せられました。
このように、計画の原則に対する意見募集と、実施内容に対する意見募集が別々に行われた点も重要です。歩行者化への一般的な支持があっても、バス停の移設、迂回ルート、配送や集荷、タクシー乗降、アクセシビリティなど、具体的な運用上の課題については個別に検討する必要があるのです。
OSDCとTfLの役割分担は、地域再生の長期的な方向性と、道路交通の具体的な運用を別々の機関が担う仕組みともいえます。これが実際に効果的に機能するかどうかは、両者の調整の質、周辺自治体との連携、そして実施後の影響を把握して改善する仕組みにかかっています。
6. 段階的な歩行者化と公共空間の改善
2026年10月26日からの歩行者化は、オックスフォード・ストリート全体を一度に再設計するものではありません。まずはオーチャード・ストリートからグレート・ポートランド・ストリートまでの区間で、バスや一般車両などの通行を制限し、歩行者に開放。その後、利用状況を踏まえながら、ベンチや植栽、案内表示などの公共空間の改善を進めるという計画です。
この段階的な進め方には、交通規制による変化と、物理的な空間整備による変化を分けて把握できるという利点があります。最初の段階では、道路の大規模な再設計を待たずに、車両を排除した空間がどのように使われるかを観察できます。歩行者の流れ、立ち止まる場所、沿道店舗へのアクセス、周辺道路への交通転移などを把握し、その後の整備に反映する余地があります。
ただし、車両が通らなくなればそれだけで快適な空間になるわけではありません。歩行者が安心して移動できることに加え、休憩できる場所があるか、車いす利用者や視覚障害者にとって移動しやすいか、沿道の店舗や施設にアクセスできるか、夜間にも安全に利用できるかなど、複数の観点から評価する必要があります。
交通面でも、対象区間の内部だけを見ていては不十分です。バス路線の変更が乗客の移動時間や乗り換えにどう影響するか、迂回する交通が周辺道路にどの程度集中するか、配送や集荷が沿道の事業者に与える影響はどうか。こうした変化は、歩行者化する区間の外側にも現れる可能性があります。
したがって、段階的な実施は単なる工事の簡略化ではなく、運用を通じて得られた情報を公共空間の設計に反映するプロセスとして捉えられます。その価値は、初期段階で何を観察し、どのような基準で評価し、結果をどのように改善につなげるかによって決まるのです。
7. 実施後に検証すべき課題と、他都市への示唆
オックスフォード・ストリートの歩行者化は、都市の目抜き通りを車両中心の空間から人を中心とした空間へ転換する試みです。しかし、政策の成果を評価するには、歩行者化そのものと、それを可能にした行政制度の両方を検証する必要があります。
第一に、公共空間の質をどのように測定するか。歩行者数だけでなく、滞在行動、歩行のしやすさ、利用者の属性、アクセシビリティ、沿道店舗へのアクセスなど、複数の指標が必要になります。歩行者が増えても、混雑が特定の場所に集中したり、休憩できる場所が不足したりすれば、空間の質が十分に改善したとはいえません。
第二に、周辺交通への影響を把握する必要があります。バス利用者の移動時間や乗り換えの変化、周辺道路の交通量、配送やタクシー乗降の状況を、実施前後で比較することが必要になります。対象区間だけでなく、迂回ルートや周辺の交差点を含めて評価することも重要です。
第三に、OSDCを中心とする行政体制の有効性を検証する必要があります。都市計画権限を一つの機関に集約することで、開発許可や公共空間の整備に関する調整がどの程度円滑になるのか。TfLや周辺自治体との役割分担は明確か。住民や事業者が意思決定に参加する機会や、決定に対する説明責任は十分に確保されているか。これらは、道路空間の変化とは別に検討すべき論点です。
日本の都市計画やウォーカブル政策にとっても、この事例は比較の対象となり得るでしょう。駅前空間や中心市街地の再編では、道路管理者、都市計画部局、交通事業者、地域の事業者など、複数の主体が関わります。公共空間の質を高めるという共通の目標があっても、権限や事業の単位が異なるため、調整に時間を要する場合もあるでしょう。
もちろん、イギリスのDevelopment Corporationを日本にそのまま導入すれば同様の成果が得られる、という単純な話ではありません。法制度、自治体の権限、財源、地域との関係は国によって異なります。比較すべきなのは制度の名称ではなく、対象地域をどのように設定するか、どの権限をどの機関に持たせるか、複数の主体の責任をどう整理するか、そして実施後の評価と改善をどう制度に組み込むかです。
オックスフォード・ストリートの歩行者化は、道路から車両を排除する計画であると同時に、公共空間の再編を支える都市ガバナンスの仕組みを検証する機会でもあります。今後は、歩行者がどのように空間を使うのか、周辺の交通や商業活動にどのような変化が生じるのか、そしてOSDCとTfLを中心とする行政体制がどのように機能するのかを、継続的に観察する必要があるでしょう。
歩行者化の成果は、道路が車両のない空間になった時点で決まるのではありません。その空間が誰にとって使いやすくなり、地域全体にどのような影響を与え、得られた知見が次の計画にどう反映されるかによって評価されるべきでしょう。
参考資料
- Greater London Authority / London Assembly, “Pedestrianising Oxford Street” (2024).
https://www.london.gov.uk/who-we-are/what-london-assembly-does/london-assembly-research-unit-publications/pedestrianising-oxford-street - Mayor of London, “The designation of a Mayoral Development Area and establishment of a Mayoral Development Corporation for Oxford Street” (MD3394, 2025).
https://www.london.gov.uk/md3394-designation-mayoral-development-area-and-establishment-mayoral-development-corporation-oxford - Transport for London, “Transport for London becomes highway authority for Oxford Street from Saturday 20 September” (2025).
https://tfl-newsroom.prgloo.com/news/transport-for-london-becomes-highway-authority-for-oxford-street-from-saturday-20th-september-as-mayor-moves-ahead-with-proposals-to-transform-oxford-street - Mayor of London, “Traffic and highway changes to enable the pedestrianisation of Oxford Street from Great Portland Street to Orchard Street” (MD3475, 2026).
https://www.london.gov.uk/md3475-traffic-and-highway-changes-enable-pedestrianisation-oxford-street-great-portland-street - Oxford Street Development Corporation, “Oxford Street Development Corporation takes on planning powers for Oxford Street” (2026).
https://www.oxfordstreetdc.org.uk/press/oxford-street-development-corporation-takes-on-planning-powers-for-oxford-street/





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