政府や地方のデジタル革命:イギリスの事例と日本の課題

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Gov.UK

日本のデジタル化の遅れはよく指摘されていて、特にお役所仕事にそれが顕著です。最近「デジタル革命」がさかんに叫ばれており、菅政権もデジタル庁を発足させると意欲を見せています。これで日本政府のデジタル化は進むのでしょうか?私の住むイギリスの事例を紹介しながら考えてみたいと思います。

日本の公的機関のデジタル状況

日本はかねてからハンコ・紙・ファックス文化が根強く残り、オンラインで何かしようとしてもいろいろな障壁があります。ずっとそれでやってきたから当たり前になっているというのでしょうが、IT革命によりここ数年でデジタル化が進んできた外国から見るとびっくりするような世界です。

もちろん日本でもそう思っている人は多いのでしょうが、今回の新型コロナウィルス流行でその問題が様々な面で可視化されたことで一層関心が集まっているようです。

たとえばコロナの感染状況の把握にしても、感染者数などの情報を各保健所の報告書に記入したものをファクス送信したうえ、それをまとめる国レベルでも手で集計していると聞いて驚きました。

新型コロナの「本当の」死者数を予測するため「超過死者数」を計算するのに、ほとんどの国では全国の死亡者数が翌日にはわかるので、そのデータで国際比較が行われていましたが、日本の場合だけ死者数の統計発表が2か月遅れであるため、データが使えないということもイギリス人にとっては謎だったのです。

さらに、コロナ禍で経済的に困窮する個人や事業者への給付金などの支給も、他の国ではオンライン請求した後(またはそれすらなく、過去の納税などの情報に基づき)数日で政府から個々の口座に直接銀行振り込みとなるスピーディさでしたが、日本では手続きが複雑で困っている人にすぐにお金が届かないという話でした。

現金10万円給付もオンライン申請はマイナンバーをすでに持っている人だけが対象となりましたが、マイナンバーの普及率は16%だとか。さらに、実はオンライン申請しても業務自体がデジタル化されてないため、結局職員の手作業に頼って情報を確認し、郵送するというようになったとも聞きました。

また、コロナ感染を避けるため、在宅勤務やリモートワークが奨励されましたが、ハンコを押したり、それをファックスで送るために出社しなければならないとか、紙の資料がないと仕事ができないから職場に行く必要があるという役所や職場も多かったようです。

このような状況で「日本のデジタルガバメントは10年遅れている」と指摘する人もいましたが、10年どころではないかもしれません。

イギリス政府のGOV.UKサイト

それでは、イギリスではどうなっているのでしょうか。

イギリス政府は「GOV.UK」という、その名もシンプルな下記のサイトに、公的機関のすべての情報を一本化しています。

Gov.UK

(https://www.gov.uk/)

 

イギリス国民はもちろん、誰でもこのサイトを通じて、様々な情報にアクセスすることができます。イギリスの様々な法律をはじめ、国の制度、政府発表、ニュース記事、統計やデータ、国民の日々の生活にかかわる様々な情報、各種申請や手続きといったものがすべてこの一つのサイトに網羅されています。

トップページにも書いてありますが、政府の23省と412の関連機関のサービスを傘下に集めているということで、このポータルサイトを通して誰でも多岐にわたる情報にアクセスすることができるのです。

さらに、下記のような手続きもこのサイトを通してオンラインで行うことができます。

  • パスポートの申請や更新
  • 出生・死亡・結婚証明書などの発行
  • 各種社会福祉補助金(生活保護、子供手当など)の申請
  • 学校入学申請、学生ローンや奨学金申請
  • 市民権、ヴィザ、難民申請
  • 運転免許証申請や更新
  • 労働者の権利情報取得や失業保険申請
  • 自動車税や違反時の罰金の支払い
  • 犯罪の報告

コロナ禍における様々な情報ももちろんこのサイトを通して知ることができ、コロナ流行に関する給付金や事業者助成金の情報や申請などもすべてこのサイトからアクセスできます。

これだけ多岐にわたる情報をたった一つのサイトに網羅するとなると、ひどく複雑難解なサイトになるのではないかとも思いますが、上記のトップページを見ての通り、とてもシンプルでわかりやすいデザインになっています。余計な写真や飾りなどを排除し、必要な情報が一目でわかるのです。

自分が知りたい分野をクリックすると選択肢が現れ、ピンポイントで知りたい情報、やりたい手続きページにたどり着けるようになっています。

Tax Vehicle細かな情報を読む暇もなく急いでいる人のためには、すぐに手続きを進めるために必要な「Apply now」とか「 Start now」とかのグリーンのボタンが示されていて、設計デザインもユーザー目線でよく計算されているのがわかります。

たとえば、自動車税を支払いたいときはトップページから「運転と交通」をクリック、「自動車税、車検、保険」をクリック、「自動車税を支払う」をクリックすると、右のページが現れ、グリーンの「Start now」ボタンを押して支払い手続きを進めるというように。

とはいえ、イギリスも昔からこんなに便利だったわけではありません。

10年ほど前は、行政関係の手続きは紙の申請書に記入して郵送したり、本人が必要な役所に行かなければなりませんでした。

また、このような手続きが少しずつデジタル化されていた当初は、異なる分野を担当する各省や行政機関が別々にサイトを持っていて、それぞれのサイトにアクセスする必要がありました。

それがここ10年ほどで、すべての行政機関の情報がこの一つのサイトに集約、統一化されたのです。利用者は必要とする情報がどこにあるのかを知らずとも、ワンストップで情報にアクセスすることができるので、検索時間が大幅に短縮されます。

さらに特徴的なのは、このサイトではお役所文書にありがちな難解な言い回しや専門用語などの難しい言葉が使われていないことです。中学生でもわかるような単語しか出てこないので、日本人が読んでも理解できるのではないでしょうか。

このあたりもオンラインサイトをデザインするにあたって、ユーザー目線でいかに使いやすくするかが徹底的に検討されていることがわかります。

イギリス政府はどうやって電子化したのか

先端技術で名が知れた日本に比べ、イギリスはどちらかというと保守的で伝統的な古い体制を継続する印象があるのですが、イギリス政府はどうやってこのような「デジタル・トランスフォーメーション」を成し遂げたのでしょうか。

イギリスでは2000年以前からブレア労働党政権のもと、情報公開と公的サービスのデジタル化がうたわれていました。そして、2000年に制定され2005年に施行された情報公開法(Freedom of Information Act)がこの推進を後押ししたと言えます。

この法律は公的情報にアクセスする権利をすべての国民に保障するために作られたものです。国民の「知る権利」を担保するために政府や公共機関は情報提供の要求に応えるべきであり、情報をデータ化してオンラインに公開することで行政の透明化をはかったのです。それを実現するのが「電子政府 (e-government)」というわけです。

「電子政府」を目指す具体的な取り組みが本格的に始まったのは、2010年の新内閣がGDS(Government Digital Service)という政府デジタルサービス機関を設立してからです。官民半々の少数のチームから始まったGDSですが、その後イギリス政府のみならず、公的機関全般のデジタル改革を進めていったのです。

GDSは2012年に「GOV.UK」を開設し、それまで政府の各部門が独自にもっていた様々なサイトを集約して情報やサービスを一本化しました。最初は10省庁1,700サイトの41,000ページを集めたものでしたが、それにほかの省庁や公的機関のサービスをも少しずつ加えていって今の形にしていったのです。

「GOV.UK」は最初から今のような形になっていたわけではなく、試行錯誤しながら少しずつ改善を進めていったサイトです。私も調べ物のために様々な法律や政策文書を参考にしたり、自動車税の支払いや各種手続きのためにこのサイトを利用しますが、そのたびに少しずつ使いやすくなっていることを実感してきました。

GDSはオープンソースを原則としていて、開発したソースコードを世界中に公開しています。これにより、内部外部問わず、利用者や専門家からフィードバックを受けることでサイトを改善することができるほか、透明性をも維持しています。

そして、ソースコード情報を公開することにより、米国、オーストラリア、ニュージーランドなど、他の国の政府もそのコードを利用してデジタル化を推進してきています。自らが開発したコードを囲い込むことなく広く共有することで国際的にも貢献するという姿勢もイギリスらしいところだといえます。

電子政府国別ランキング

このような「電子政府」化が功を奏し、国連が行っているUN E-Government Survey「電子政府ランキング」で2016年にイギリスは世界1位となりました。その後、他国に追いつかれ、2020年はデンマーク、韓国、エストニア、フィンランド、オーストラリア、スウェーデンにつぐ7位となっています。ちなみに日本は14位です。

IT技術水準の高さや国民のインターネット利用率、デジタル規制などを評価した世界経済フォーラムIT競争力ランキングでも日本は2019年で12位で、行政部門だけをとると18位でした。日本でもインターネット利用やデジタル化は進んではいるものの、他国の進み具合はもっと早く、日本はそれに追いつくことができないといった状況にあります。

Online Users

たとえばOECDの2018年の調査によると、国の行政手続きをオンラインで利用した経験のある人の割合が日本では7.3%で、調査対象の30か国中最下位となっています。

利用率が80%近いアイスランドをはじめ、上位に上がるのは北欧諸国やエストニアといった国で、イギリスも約45%で12位と決して高いほうではありません。

日本は高齢者が多いとはいえ、メキシコやコスタリカといった国より利用率が低いというのは、先進国としては異様な感じさえしますが、その理由は何なのでしょうか。

日本政府のデジタル化に必要なこと

コロナ禍で露呈されたデジタル後進国ぶりを挽回しようと、菅政権のもとで行政の縦割りを打破し、大胆に規制改革を断行する突破口としてデジタル庁が創設されることになりました。

行政のデジタル化や規制改革などを進める上で必要となる、行政手続きにおけるハンコ廃止の動きもやっと見えてきました。

これを契機に日本も「電子政府」化に向けて改革が始まるのでしょうか。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/

(https://www.mofa.go.jp/mofaj/)

 

日本の電子政府化に必要なのは何といっても国民の利用者目線でしょう。日本の政府関係のウエブサイトを見て私が感じるのは、ユーザー目線で作られていないことです。まず、各省庁がバラバラに情報を分散しているため、アクセスしたい情報がどこにあるのかがわかりにくいのです。

そして、これはウエブサイトに限ったことではないのですが、日本の公的機関の手続きは複雑で煩雑、無駄に必要な書類や情報の多さなど、何事も行政側の目線でサービスが提供されているように見えます。戸籍謄本、住民票、ハンコ、収入印紙、印鑑証明など例をあげたらきりがありません。こういうものがすべて廃止され、オンラインですべての手続きができるようになることで節約できる全国民の時間をほかのことに使ったら、生産性がかなり上がるのではないでしょうか。

さらに言うと日本のお役所サイトはデザインが洗練されておらず、ユーザビリティを第一に考えていない印象があります。

例えばコロナ関連の支援政策一つにしてもイギリスサイトでは利用者が自分に当てはまる情報を「GOV.UK」のポータルサイトから一目で探すことができ、その個人が利用できる制度や支援策が表示され、その場でオンライン申請ができます。

日本の場合は、各省庁のサイトに様々な情報がバラバラに掲載されており、どこに自分にとって必要な情報があるのか探すのに時間がかかります。一定のITリタラシーや政府関連の基礎知識がある人でも簡単には探せないくらいなら、そういう知識がない人は申請までたどりつけない可能性もあるでしょう。

「縦割り打破」を目指す新デジタル庁がこのような問題を解決してくれることを期待します。

また、これはもっと一般的な課題ですが、国民の政府に対する信頼をどのように確保するかも重要となるでしょう。たとえば、デジタル化推進を後押しするであろう、マイナンバー制度が普及しない一因もこれが背景にあるのではないかと思われます。

政府が国民に対して情報をオープンにし透明性を持つことで、国民は安心して自らの個人情報を政府にゆだねることができるのです。これについては時間がかかるかもしれませんが、地道に努力を重ねていくしかありません。

地方のデジタル化

これまで政府のデジタル化について述べてきましたが、地方でも自治体や民間を問わず、デジタル化を推進することはこれからますます重要となってきます。

政府レベルで、長い間縦割りで機能してきた、様々な省庁や機関を一つにまとめるにはかなりの時間がかかるでしょう。けれども、地方自治体レベルでは組織、業務、職員数も規模が小さいため、もっと迅速にデジタル化が可能となるはずです。

内部にIT関連の専門家がいないため、外部サービスを利用する必要があると感じる自治体も多いかもしれません。けれども、これについてはできる限り自治体職員として内部に専門家を配置することを検討するべきです。すでにいる人材を登用する、必要な教育機会を与えて育てる、または外部から必要な専門知識を持った人を新たに雇用する、またはこの組み合わせでチームを構成するといいでしょう。

自治体に限ったことではありませんが、日本では新卒採用、終身雇用といった人事慣行があるので、定期的な異動サイクルで部署が変わり専門性を持たないジェネラリストの集団となることが多いようです。

けれども、業務のデジタル化をはかると「事務屋」的な職員はそんなには必要なくなっていくでしょう。海外の多くの国で行われているように、労働者一人一人の職務分担を明確にして各分野における専門家が業務をこなす形に変えていくことで、人材を有効に活用し生産性を高めることができます。

例えばイギリスの地方自治体では弁護士、会計士、都市計画家、建築家、測量士、エンジニア、ソーシャルワーカー、公衆衛生士、IT専門家など様々な分野の専門家が職員として働いており、組織内で他の部署に異動して異なる業務を行うということは原則としてありません。

自治体内に専門的な知識や経験を持った人材が豊富であり、またその地域についての知見を生かし、長期的な視野で継続的に業務を行うため、都市計画のような部署では特にその利点が生かせます。

デジタル化一つとっても、短期間にシステムを外注化するのではなく、自治体職員チームが時間をかけて内部のフィードバックを取り入れながら開発し、改善し続けることができたほうが長い目で見たら得策です。

これについては地方の民間企業でも同様のことがいえるでしょう。地域外のコンサルタントにデジタル業務をまかせるのではなく、専門知識をもつ人を雇用したり、職員に教育機会を与えて育てることもできます。このためには地元教育機関との連携も検討するといいかもしれません。

こうすることで、官民問わず地方が優秀な人材を引き寄せ、引き留めることができるほか、やる気のある若者や中堅層に教育機会を与えたり、やりがいのある職場を提供することができます。特にデジタル業務は在宅勤務と組み合わせてもできるため、フレキシブルな働き方を志向する人にも向いています。

場所を選ばないデジタル事業による地域産業を開発することで、高収入を期待できる雇用を生み出すだけでなく、都市部やほかの地方からも仕事を獲得し、地域経済を活性化する可能性も出てきます。

地方の産業というと農林水産業が思い浮かびますが、これからはデジタル産業を地方創生の一環として推進していく取り組みを検討する地域があってもいいでしょう。

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