前回、気候変動について悩んでいる若い人たちへ向けてのメッセージを書いたところ、うれしい返事をいただきました。そんな若者世代による新しい未来が待っているという希望をさらに裏付ける話を聞いたので紹介します。ニュージーランドの「たばこフリー」世代を作ろうという取り組みについてです。
若者へのメッセージ
若い人たちから「気候変動問題について関心があるけど、周りの大人が聞いてくれないが、どうしたらいいの?」という質問をよくいただくので、その答えとして、若い人たちへ向けて書いた記事はこちらです。
この記事を読んだ若い人達から「勇気づけられた」とか「気が楽になった」という返事をいただきました。
若い人たちの声を聞くと、こちらも未来は明るいなという前向きな気持ちになり、とりわけうれしいもの。彼ら彼女たち世代が大人になる頃には、世の中ががらっと変わっていくかもしれないと思えるからです。
ところで、最近ニュージーランドが導入しようとしている禁煙政策についてのニュースを見ましたが、これもまた、「次の世代に思いを託す」という考えに基づいたものでした。
NZの禁煙政策
ニュージーランド政府が導入しようとしている「スモークフリー2025アクションプラン」は、たばこフリーの禁煙世代を作ることを目指すものです。
近年、各国では喫煙による健康被害についての啓蒙、高い税金をかけてたばこの値段を上げること、室内禁煙・分煙制度などで喫煙率を下げようとしています。ニュージーランドでもそうしてきましたが、それだけでは限界があるとして、若者を対象にした画期的な政策にふみきろうというのです。
ニュージーランドでは2021年時点で15~17歳の若者の20%近くが喫煙しており、この率は10年前より上昇傾向にあります。成人喫煙率は13.4%で減少傾向ではあるものの、先住民マオリの喫煙率は31.4%で、喫煙による健康被害も顕著です。
今回NZ政府が導入しようとしている禁煙対策の具体的な方法は、たばこ購入禁止対象の年齢制限を現在の18歳から徐々に引き上げ、将来的にすべての人がたばこを購入できなくするというものです。あわせて、年長者が年少者にたばこを提供することも違法とする法案で、これを来年議会に提出する予定です。
この法案が可決され、予定している2025年に施行に至ったら、現在14歳以下の人は生涯たばこが買えないようになるというわけです。
これまでニュージーランド政府は喫煙率を下げるために、たばこ税値上げなどで対処しようとしてきました。でも、それでは効果が限られているということがわかったため「たばこフリー世代を作る」ことに集中すると決めたのです。
これと並行して、既にたばこを吸っている人たちには、禁煙に向けた取組を行政が支援するとしています。
喫煙のような習慣は一度始めてしまうと、体に悪いと自覚している人でもやめることが難しいものです。中高年齢の喫煙者に禁煙を迫るよりも、たばこを吸ったことがない人が喫煙を始めないようにする方がずっと簡単だというわけです。
国内で喫煙をすぐ禁止しようとすることで闇市場ができてしまったり、依存症の人を苦しめることになるよりは、長期的な視点で次の世代に託すというやり方のほうが効果的、現実的という考え方なのでしょう。
時代と価値観
歴史を長い目で見てみれば、数十年前に当たり前だったことが今では大昔のことのように思えることは多いものです。
医療の発達のおかげで、昔は死に至る病だった結核などの病気がほとんどなくなり、寿命は延びる一方です。義務教育とか国民参政権に基づく民主主義など、今では当たり前になっている制度も、少し前まではありませんでした。
私が子供の頃は携帯電話やスマートフォンが普通に使われるような時代が来るなんて考えもしなかったのに、今ではスマホやタブレットで国境を越えてヴィデオ通話が簡単にできます。
気候変動などに対する問題意識についても、今の大人世代には違和感があっても、若者にとっては自然なものとして受け止められている印象です。
1960年代生まれの「ブーマー」世代の私たちにとっては抵抗感を持つ人が多い「コミュニズム」とか「脱成長」という考え方も、高度経済成長を経験していない若者たちにとっては特に違和感がない考え方なのかもしれません。
私が若かった頃、周りの若者は就職すると同時に新品の車をローンで買っていたものですが、今の若者は運転免許もいらないという人が多いようです。
いくら経済成長期だったとはいえ、ローンで新車を買い、結婚したらローンでマイホームを建て、そのために長時間働く一生が果たして本当に幸せなのかということを、今の時代になって考え直す人もいるのではないでしょうか。また、親世代のそういう姿を見て「自分はああいう一生を送りたくない」と思う若者がいても不思議はないのかもしれません。
大量生産大量消費社会で「これを買えあれを買え」とマーケティングされる商品を際限なく買い続け、そのためにあくせく働き続ける毎日よりも、家族や仲間と楽しく過ごすために必要なものだけ手に入れて、幸せに暮らせればいいという若者は増えているのではないでしょうか。地球環境にも配慮しつつライフスタイルを選び取り、気候変動問題に熱心に取り組む人たちもいます。
そういう若者世代が大人になった時、社会は、国の政治は、今とは全く異なったものになるだろうということも想像できます。
今は「若き環境活動家」、少し前には「子ども」とも呼ばれてきたグレタ・トゥーンベリがあと10年もすれば、気候変動運動のリーダーとして世界中の同世代の仲間を引っ張っていくことでしょう。
日本では政治家の平均年齢や男性の割合が高いこともあり、他国に比べるとずいぶん遅れているとは感じますが、人間は誰でも着実に年をとります。今現在において「脱成長なんてとんでもない」「近頃の若者は意欲がない」とぼやいているおじいさま方も、そのうちご引退あそばされるでしょう。
そして「経済成長フリー」時代の若者たちが大人になり、意思決定権を持つようになったら、自然とパラダイムシフトが起こり、気候変動問題などは当然のこととして政策の前面に置かれることでしょう。
そうなるまで地球環境が待ってくれるのかという心配はなきにしもあらずですが。
外圧も追い風に
世代が変わるまで待っていられないと思う時には「外圧」が頼りになるかもしれません。
国際的にみて日本は気候変動問題においては及び腰で、政治家や企業リーダーの間でも関心が低いという印象があります。
2019年に小泉環境大臣が就任早々、国連の気候変動会合に出席するために訪れたニューヨークで、(環境に悪いと知られている)ステーキレストランに行き、「ステーキを食べてはいけないという事すらわからないのか」と批判されることもありました。
でも、この会合で小泉大臣は各国の代表と気候変動について真剣に話し合っていました。時には「日本はどうやって脱炭素化をするのか」という質問に具体的に答えられなかったりする場面もありました。このような経験は環境大臣として大きな学びになったと思われ、政府の環境政策に大きな進歩が見られました。たとえば、菅首相就任演説で2050年ネットゼロを目指すことを発表するに至ったのも小泉環境相の貢献が大きかったと思います。
気候変動問題については国際間の協力及び駆け引きも重要な推進要因となります。
英グラスゴーのCOP26でも、石炭火力発電に頼る日本に他国からプレッシャーがかかったり、不名誉な「化石賞」が贈られたりすることで改めて日本の課題が浮き彫りにされ、その認知度が広まるといった効果もあります。
国際政治における、先進国としての日本の立場を保つためにも、それに対する日本国民からの期待に応えるためにも、適度な外圧は日本にとって追い風になっているようです。
とはいえ、黒船が来たからいやいや開国するというのでは、その変化によって損害を被る産業や雇用分野などからの反発が避けられないでしょう。そのためには、政府が中心となって国民が納得いく形で脱炭素化を推進する必要があります。
なぜ気候変動問題を解決する必要があるのか、その過程で産業変換を迫られる事業や労働者を取り残さないために、どのように脱炭素化をはかるのかという、気候正義にのっとった議論を進めながら、国民のコンセンサスを得ることが重要になるでしょう。
これから世代交代と外圧で日本が、そして世界がどのように変わっていくのか、希望を持って見守っていきます。