一時帰国中、去年も今年も長崎を訪問しました。県庁所在地であり、かなり大きな地方都市でありながら、古くから地元にある商店街が郊外型ショッピングセンターなどにとって代わられず、今でも健在な街。バスや路面電車もよく使われている様子。実際に街を歩いてみると、その理由がわかります。
長崎駅前
長崎には新しくできた新幹線で行き、JR長崎駅に到着。去年来た時、大規模工事でフェンスに覆われていた長崎駅前はかなり完成に近くなっていて、新しく植樹された街路樹が駅前の大きな公共空間に緑をプラスしていました。ちなみに反対側の出口、海側には長崎出島メッセという近代的な施設ができていて、その主な目的はビジネス用のコンベンションやイヴェントスペースだと思うのですが、誰でもアクセスできるオープンな空間をも提供。デッキのようなセミオープンになった空間から周辺の川や山、市街地など、壮大な景色を眺めることができる快適な居場所を開放しています。(残念なのは、駅西側へのアクセスが歩行者にとってあまり居心地のいいものではないこと)
長崎駅の観光案内書で地図をもらい、目的先を告げると「何番の路面電車で行って降りて何番のバスに乗り換えて。。」と説明してくださるのですが、私は30分や1時間くらいの距離なら歩きたいので、そうしました。バスや路面電車が地元の人によく利用されていて、便利そうだということはわかりました。駅前にある立体歩道を渡ると、レトロな路面電車がコトコト走っているのを見ることができ、その背面のビルの隙間から山が広がる、長崎らしい風景を眺めることができます。その歩道を降りて、まずは中心市街地まで歩いてみました。
地方都市のシャッター街
日本の地方都市に行くと、かつてにぎわっていた中心市街地がシャッター街となり、昔からあった食料品店、肉屋、魚屋、洋品店などが軒並み閉店しているのをよく見ます。たいてい、郊外にできた大きな無料駐車場付きのショッピングセンターなどに客を取られ、商売が成り立たなくなったまま、店主の高齢化と共に店をたたみ、店舗兼住居を住むためだけに使っているところが多いようです。
都市部では公共交通機関が発達しているし、自家用車を置くスペースもなく駐車料金も高いことから、車を持たない人が多いのですが、地方では今や車は生活必需品。一家に2台という世帯もあり、車なしの生活は考えられないという人が多く、子供さえ学校や習い事など親が車で送迎するのが日常となっています。
いったん車をもつと、通勤や買い物など日常生活すべて車で移動ということになりがち。そうなると日々の日常品はスーパーで、週末の家族そろってのお出かけはショッピングモールでということになり、駐車が不便な駅前の商店街などからは足が遠のくばかり。そのような商店街は車を持たない人にとっては欠かせない場であったはずなのに、空き店舗が目立つようになると魅力度も落ち、ますますさびれてしまうという悪循環に陥りがち。
どうして長崎はシャッター街化しないのか?
県庁所在地でもあり、人口約43万人の都市でもある長崎では、今でも昔ながらの地元商店街がにぎわっています。他の地方都市では郊外型ショッピングセンターやロードサイド店舗にとって代わられた、地元の個人が家族経営しているような食料品店、肉屋、魚屋、金物店などが昭和の時代から今でもずっと残っています。
橋のたもとには自分の畑で採れた野菜を売るおばさんがいて、市場では半世紀はそのままでやっているような個人商店が軒を並べています。「シーボルト通り」と名付けられた煉瓦敷きの商店街に大根50円の八百屋があり、店先に鍋や洗面器、灯油ストーヴを並べた金物屋。魚屋さん直営の食堂では新鮮な刺身定食が800円で食べられ、こんなところに住みたいなと思える街です。
同じような地方都市でこのような商店街が次々につぶれていく中で、どうしてここはこのままなんだろうと考えつつ、オランダ坂や大浦天主堂、グラバー園などがある小高いエリアまで歩いていくと、その理由が垣間見えてきます。長崎の中心地にある平地はとても狭くて、少し歩くとすぐ坂道や石段に出会います。その上はそそり立つような丘や山。車が通れないような狭い急な坂道や石段ぞいに建物が立ち並んでいるのです。
これでは、家の敷地内に車を置く場所がないばかりか、自分の足で歩かないと家にたどりつくこともできないでしょう。観光客がうろうろ歩いている細い坂道や石段に誰かさんちのお布団が干してあったり、子供が重そうにランドセルを背負って下校していたりといった風景に出会います。
これでは、宅配便の配達員も大変でしょう。長崎市民はたぶんみな、健脚に違いありません。その代り、自転車に乗る人は少なさそう。
ということで、長崎の住民は移動には主に徒歩と公共交通を利用しているのではないでしょうか。車や自転車の保有率が地方都市としては少ないのだろうと推測します。長崎に住む人によると、中心部の平地が少ないため駐車場代も高く、郊外に住んで車通勤となると、市内への通勤ラッシュ時の渋滞がひどいそうです。この点は東京などの大都会と似たようなものなのかもしれません。
自家用車保有世帯の割合を調べてみると、2009年で長崎市が86.3%ということ。また、長崎市民の43%が日常的に公共交通機関を利用しているということで、地方都市としては高い数値となっています。
長崎の都市計画
他の地方都市と同じく、人口減少と少子高齢化による諸問題を抱えているのは長崎市も同様です。利用者層が減る中で、バスや路面電車など地域の公共交通を維持するのは簡単なことではないでしょう。
長崎市も現状を自然に任せているのではなく、明確な都市計画マスタープランにおいて、「コンパクト&ネットワーク」の都市構造を目指して、長崎市公共交通総合計画を立てています。長崎市特有の状況や課題だけでなく、地球温暖化対策もふまえて、公共交通の維持改善に力をそそいでいるのです。
特に長崎都心部と周辺の地域拠点を公共交通で支えることに重点を置いていて、立地適正化計画の居住誘導区により、公共交通徒歩圏人口カバー率90%を維持するのが目標。ちなみに、長崎市では現在、鉄道・路面電車駅から半径500m圏内、またはバス沿線300m/坂道では150m区域に住む人口のカバー率が92%ということ。このサービス水準を今後も90%維持すること目指しているのです。
この圏内からもれた周辺区城では、地域の実情にあつた移動サービスを確保するとし、コミュニティバスや乗り合いタクシーといった手段が提供されていますが、これらはほとんどが赤字運行ということ。その反面、長崎市の路線バスなどは赤字路線を黒字路線の収益で補い運行することができているそうです。一定の利用者がいる限り、公共交通も赤字にならず、幅広くきめ細かいサービス水準で運営できるというのは、他の地方都市も参考にできる点でしょう。
長崎はその地理的条件によって車社会とならず、公共交通や中心市街地が健全なまま維持されている街。とはいえ、全国の地方で人口減少や高齢化が進む中、コンパクトなまちづくりで、徒歩(と自転車)と公共交通によって人が住むところと街を結ぶやり方が、これからの脱炭素社会においても目指すべき方向となるでしょう。