イギリスで人口や産業を大都市から地方に拡散するためにさまざまな取り組みがなされていることを書いたところ、たくさんのご意見をいただきました。その中でも、特に詳細を知りたいというご要望が多かったのでBBCの移転について詳しく説明します。
イギリスの地方創生の取り組み
イギリスでは、政府機関や民間企業で、過密が進み、地価が高いロンドンから地方に移るところが多くなっています。政府も地方創生のためにもこういう動きを支持しています。
民間企業の中でもBBCは一般の企業と違い公的な機関であり、政府からもその地方移転が奨励されていました。
BBCの移転の理由
BBCといえば、日本のNHKと同じく国民から徴収する受信料が主な収入源になっています。広告収入に頼らず、公平な報道をする使命からそうしているわけですが、それだけに全国民(少なくとも受信料を支払う人)に対する社会的な責任があります。
BBC番組を視聴する人たちは全国にいるのにもかかわらず、その活動がロンドンに一極集中しているのは公的放送機関としての債務を全うしていないという考えがBBC首脳部や政府にありました。
それまでも、BBCはイギリス各地域で活動はしていましたが、番組制作などの多くがロンドンでなされていました。たとえば、受信料を払う人のうち25%はイングランド北部に住んでいるのに、この地域で作られている番組が8%しかないというアンバランスがあったのです。
そのため、BBCはロンドンから番組制作の多くを移転する計画を検討し始め、数々の候補地の中からイングランド北西部マンチェスターの近郊にあるサルフォード(Salford)を移転先に決定しました。
BBC 移転計画
BBC North の移転計画は2003年の立案から数々の経過を経て2011年に移転が実現しました。
この結果、スポーツ、子供番組、ライブ番組(BBC Sport, BBC Childrens, BBC Radio 5 Live)など、それまでロンドンで作られていた番組制作部門の多くがサルフォードに移転したのです。
移転先はメディア・シティーUK(MediaCityUK)と呼ばれ、その200エーカー(812960平方メートル)の敷地は他社が所有し、BBC Northは そのうち10%をリースして使っています。残りの敷地にはITVグラナダテレビ局、サルフォード大学、メディアやクリエイティブ産業が入っています。
メディア・シティーUKはサルフォードの造船ドック跡を利用して作られました。この地域は古くは工業や運搬業、船舶業で栄えていたけれど、その後の産業構造変化のため地域経済が停滞し、失業者や貧困家庭の割合が多いところでした。おとなりのマンチェスターが、同様の状態から少しずつ経済活性化を取り戻していたのと対照的に産業の誘致もうまく行かず社会問題にも悩まされていたところです。
使われなくなって久しい空き地を利用してメディアシティーUKを一から造ることで、BBCは最新技術を導入したテレビ制作スタジオをはじめとする関連施設を造ることができました。これは、ロンドンと比べると地価も桁違いに低い土地だったからこそ達成できた施設です。
この移転のためにかかった総費用は約2億ポンド(およそ300億円)と言われています。これには施設の建造費だけでなく、職員への引っ越し費用支援や希望者への退職金も含まれています。この費用はむこう20年間で返済する予定だということです。
もしロンドンに残った場合、テレビ番組制作のための最新設備を導入するためには費用がもっとかかるため、それと比べるとBBCにとって長期的なメリットは大きいとされています。ロンドンでは、家賃、共有するスタジオレンタル、ロンドン・ウェイティングと呼ばれる、ロンドンで働く人のために支払わなければならない余分の手当などがかかります。また、古い設備を使い続けるのではなく最新設備を使うことで節約できるエネルギーコスト、ロンドンで不必要になる敷地や設備の売却などでの収入も期待できます。
新しい技術を使用することでBBC番組の質の向上もでき、イングランド北部に住む人々のタレントを活用し、地域活性に寄与することができるメリットも大きいということで、この移転計画は政府やBBC関係者からの支持を得たのです。
BBC職員の引っ越し
BBCで働く職員の中には移転に反対する意見ももちろんありました。それまでずっとロンドンで働いていたのに、急に約335キロほど離れたサルフォードに移るというのですから。
ロンドンの人にとってマンチェスターならまだ知名度はありますが、サルフォードとなると「どこ?」って感じだと思います。
ロンドンからマンチェスターまでは電車で2時間と少し、それからサルフォードまではトラムで22分かかります。
マンチェスターでも難色を示したであろうロンドン在住のBBCスタッフにとって、急に聞いたこともない町に自分の仕事が移ってしまうのは大問題だったに違いありません。
そんな反対にも屈さずBBCは移転を強行し、移転希望スタッフには援助を、そうでないものには退職金を支給することにしました。
- 仕事が移転するために引っ越しを希望するスタッフには移住費用を5000ポンド(約77万円)を支給。
- 職員が現地で家を購入する場合、その諸費用プラス3000ポンド(約47万円)を支給。
- 職員のうち、単身赴任を余儀なくされるものには、最長2年間家賃を毎月1,900ポンド(約30万円)まで支給。
たとえば、子供が今在学している学校を卒業する1,2年の間だけ単身赴任して、そのあと家族を呼び寄せて一緒に住むという選択をしたスタッフもあるそうです。
この結果、38%のスタッフがロンドンからサルフォードに通勤できる地域に引っ越したということです。
BBC North and the move to MediaCityUK
BBC North 移転結果
メディア・シティーUKでは、約6,000人が働いています。そのうちBBC職員が3,000人ほどで、さらなる増加も見込まれているということです。
その他の仕事も含め、サルフォードの雇用数は2011年から16年までに4,600ほど増え、43%の増加ということなので、BBCの移転が地域経済に貢献した効用は大きいといえます。
サルフォードは比較的低学歴の住民が多く、BBCが必要とするような専門職が増えても、あまり地元にとってメリットがないだろうとも言われていましたが、イングランド北部にはマンチェスター、リバプール、ヨークシャー、ランカシャーなど大学も多くあちこちから人が集まってきます。最近になって家や家賃の高騰が激しいロンドンでは満足するような生活ができない若者たちも、このあたりなら生活コストを抑えることができます。
またメディア・シティーUKでたくさんの人が働くようになったことで、BBCが直接雇用する仕事の他にもサービスや小売などの需要が増えて間接的な雇用もかなり生まれます。レストランやカフェ、テイクアウトの店、スーパー、タクシー、クリーニング屋などなど。それまで失業率が高かった地域なのでこういう雇用の増加は地元に大きく貢献しました。
BBCにとっても、この移転は大きなメリットがありました。 たとえば、移転間もないBBCスポーツは、ロンドンオリンピックをサルフォードスタジオで報道して大成功をおさめたのです。
その後、BBC ブレックファースト (BBC Breakfast) など他の番組制作部門もロンドンからメディア・シティーに移転が決まりました。
今では、BBC職員の50%以上がロンドン以外で働いているそうです。これはメディア・シティーUKだけではなくバーミンガムなどイギリスの地方各地での雇用も含まれます。
BBC内外からさまざまな批判もあったこの移転について、BBC North 会長 ピーター・サーモンはマンチェスター・イヴニング・ニュースのインタビューでこのように述べました。
「我々はBritish Broadcast Corporationであって、London Broadcast Corporation ではありません。
イギリス国民すべてに貢献する方法を考えるべきだと思っています。」
そういえば、NHKも「日本放送協会」であって「東京放送協会」ではないですよね?
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