日本では数年前に「増田レポート」と言われる「地方消滅」論が唱えられ、地方創生のために東京一極集中を緩和する方法が模索されています。イギリスでも産業革命後の都市過密問題解消のため、ロンドンから人やものを分散させるためのさまざまな試みがおこなわれてきました。
東京の一極集中
東京圏は2018年時点、3700万人の人口を擁する世界一の都市で、その次はデリーの2900万人、上海の2600万人、そのあとサンパウロ、メキシコシティと続きます。今後の予想をみると、2020年くらいまでに東京の人口は減少していきますが、2030年頃にデリーが東京の人口を追い越すであろうと予想されています。
国の人口に占める主要都市人口の割合を見ても、日本の東京一極集中度は世界的に見て際立っています。東京圏の人口が日本全体の人口に占める割合は戦後大きく増えています。1950年に15%以下であったものが2010年にはおよそ2倍になっているのです。
他の先進国を見てみると、この割合は戦後、だいたい横ばい状態です。ロンドンは1950年に15%を超えていたものが2010年には15%以下に減っています。パリは若干増えていますが、15%ちょっと上でとどまっています。ニューヨークも5%〜10%の間で減少し続けています。
こうしてみると、日本全体の人口における東京一極集中の度合いが世界的に見ても顕著であることが明らかです。
国連では、一国内の経済や政治機能を過度に一都市に集中させることは、都市に住む人々、特に貧困層の基本的な生活水準を維持し、都市と地方の経済、社会、環境をよりよくするのに得策ではないとし、一国内で、都市化がバランス良く進むように管理することがサステイナブルな開発に有益だとしています。(United Nations World Urbanization Prospects The 2014 Revision)
多極集中
大都市への人口集中が経済成長をもたらすという説をとく人もいますが、世界各国の例を比較しても主要都市の一極集中は経済的に有利でもないし、その証拠もありません。逆にアメリカやドイツのように大都市集中が顕著とはいえない国のほうが、中央集権型のフランスやイギリスより経済的に好調であるといえます。
前述した国連の報告書は「各国政府は都市化による恩恵が国民全体に公平に享受できるような多極的な政策を立てるべきである」と提言。また、「一国内で1,2の大都市にだけ都市機能を集中させず、国内で都市化がバランス良く進むような政策をすることがサステイナブルな開発に有益。中規模の都市を育てる政策は経済や政治機能を過大に1都市に集中させず、都市に住む貧困層に必要な基本的な社会的なサービスを提供する上でも効果的であるし、また大規模で急速な都市化がもたらす環境破壊を妨げる。」としています。
その具体的な方法としては、「歴史的に見て、ただ単に地方から都市への人口流入を妨げようとする政策は効果的でなく、さまざまな形での政策が必要である。たとえば開発権利の配給、土地利用の管理、土地の再分配、地方開発ゾーンの創出、投資や地方生活の改良により地方の競争力を強化して経済バランスを図る」などをあげています。
災害リスク
このうえ日本には、ほかの多くの先進国と異なる特別な課題があります。それは自然災害のリスクです。日本は地震や津波、台風、大雨による洪水や土砂崩れ、火山噴火など自然災害のリスクがことのほか大きい国であるという特徴があり、人口や経済活動が集中する東京都市圏はとりわけそのリスクにさらされています。
東北大震災が起こる前から「東京に地震が起きた場合、政府や各機関の命令中枢や機能が麻痺し全国が混乱に陥りかねないとわかっているのに、どうして日本人は東京に一極集中して安穏としていられるのか」とイギリス人に聞かれることがあり、私もそれが不思議でした。2011年の大震災では地震や津波被害だけでなく福島原発の危機もあり、さすがに政府も企業も人も考え直すのではないかと思いました。震災後すぐには一極集中の問題も取りざたされていたようですが「のど元過ぎれば」というように、そのうちまた元通りに戻ってしまい、ほとんど効果がなかったようです。
今現在、政府の地震調査委員会はマグニチュード7程度の首都直下地震が今後30年以内に起こる確率を70%と予測しています。70%というのは極めて高い確率であり、その対策を考えておくのは当然なことでしょう。
首都直下地震が起きた場合、M7級の地震発生での被害想定は死者が最大1万人以上、市街地火災で約2万3000人と推定され、停電や交通マヒ、生産停止などの経済的被害も心配されています。
行政や経済の中枢機能が集まった超過密都市を襲う地震の可能性がこれだけ高いのに、それに対する事前対策をしないというのはリスクがあまりにも大きすぎます。東京が機能不能になる大地震に見舞われた場合を考え、首都圏外からも災害応急対策、政府の国家運営機能、行政や省庁の業務継続、情報収集や発信体制のバックアップが機能するように対策をしておく必要があります。
このためにも、行政や省庁の業務機能などを東京だけに一極集中するのではなく、全国の中枢都市に分散するリスクヘッジを構築することは不可欠です。IT化がこれだけ進んでいる現在、職員のリモートワークも含め、業務の地方移転を積極的に推進するべきでしょう。
東京圏の自然災害リスクは地震だけではありません。台風などの強風、大雨による洪水などほかにも想定しておかなければならないリスクがあります。気候変動による気温上昇や降雨量の増加に伴い、自然災害の可能性はこれからますます課題となっていくでしょう。
東京一極集中緩和は東京のため
自然災害のリスクを別にしても、東京一極集中が緩和されることは東京に住み働く人のために大きな利益があります。
都会に住んでいる人は長い間その生活に慣れてしまっていて自覚がないのかもしれませんが、東京をはじめとする都会は地価や家賃が高く、狭い居住空間に高い家賃を払って住むのが常であり、公園や緑のオープンスペースなども限られています。
これだけたくさんの人が住んでいるのは経済や文化の中心地ともな
交通渋滞や大気汚染などの劣悪な環境、
公共交通機関の発達や日本人一般の規則を守る真面目な性質もあい
一般都会住民の狭い居住空間や通勤地獄、公園などのオープンスペースや緑の少なさといったものも外から見る
とはいえ、東京の人口がもう少し減って、人や交通機関、
地方消滅論
増田寛也は「地方消滅−東京一極集中が招く人口急減」で、日本の人口はこれから急減し、東京圏の人口は約一割の減少にとどまるが超高齢化を迎え、地方では自然減と人口流出による急激な人口減少が起こり「消滅」する都市も出てくると予想しています。東京は高齢者が増えていますが、地方では高齢者さえすでに減って来ているというのです。
もし、何も対策をしなかった場合、地方から東京圏への人口流出が続き、2010年から40年までの間に全体の49.8%に及ぶ896の自治体が急激な人口減少に遭遇するとしており「消滅可能性都市」リストを掲載しています。若年女性(20〜39歳)人口の減少率が5割を超える自治体が「消滅可能性都市」で、その中でも2040年に人口1万人未満(推計)の523自治体は「消滅」の可能性が高いとされています。このリストを見てみると、私も行ったことがある能登町、津和野といったなつかしい地名が出てきて、危機感にさらされます。「あんな美しいところが消滅してしまうなんて」と。
地方から東京圏への人口移動が問題なのは若年層、特に若い女性の移動が多いからです。人口流入が増えている都市ほど出生率が低いため、東京の人口が増えても子供の数は増えません。都会は子供を育てる環境として不向きであり、「人口のブラックホール」として地方から若年層を吸収し、日本全体の人口が減るという結果につながっています。
増田寛也は「地方消滅」問題はある時点から一気に顕在化し気がついたときにはもう手遅れとなっている可能性が高いと言います。なので、現実を正しく認識し、将来に向けて対策を考えなくてはならないとして幾つかの提案をしています。東京一極集中対策としては、地方中核都市構想、コンパクトシティ、中高年の地方移住支援、地域経済支援、スキル人材の再配置、地域金融の再構築、農林水産業の再生。また、少子化対策にも言及しています。
参考文献:増田増田寛也編著「地方消滅−東京一極集中が招く人口急減」中公新書(2014年)
日本政府の地方中核拠点都市構想
2014年には、政府も東京一極集中を食い止めるために「地方中核拠点都市」構想を打ち出しています。これは、全国に61ある一定規模以上の都市で平均人口は約45万人。地方から大都市へ向かう人の流れをせき止めるダムとしての役割を期待されています。
このような地方中核拠点都市に若者がとどまるためには、これらの都市に雇用機会があるのが必須ですが、私はこの点の考慮が足りないと思います。増田氏は若者が地方企業へ就職する場合の経済的な支援や、地方で就職した若者の人材育成、コミュニティ形成などをあげていますが、もっと積極的に、魅力的な雇用機会じたいを東京圏から地方に移転する試みを実行すべきでしょう。
地方出身の若者のうちの多くは「いい仕事」がないから大都市に行かざるを得ないのであって、すでに大都市に住んで/働いている者や大学生の中にも、就職の機会さえあれば、家賃が安く環境がいい地方で暮らしたいという人も多いでしょう。そのような人たちに雇用機会を用意するためには、地方にある企業に頼るだけでなく、大都市から地方に職を移せばいいのです。
日本では、政府をはじめ、企業も軒並み「首都東京」に固執しているのはなぜなのでしょうか。インターネットが普及している今、国内はもちろん、世界中の人と瞬時にコミュニケーションがはかれる中、ウサギ小屋に住み、通勤地獄にもまれながら東京に住むメリットってあるんでしょうか。東京でしている仕事が地方にあったら喜んで引っ越す人も多いのでは?
イギリスでは地方へ企業や政府機関が移動
イギリスでは、産業革命以来大都市に人口や産業が集中して、様々な都市問題が起こったため、大都市の過密緩和や地方の経済停滞を解消する目的で長年にわたって、都市(主にロンドン)からの政府機関や企業の地方移転が行われてきました。また政府が新しい機関やエージェンシーを設立する場合も、可能な限り地方に本部を置くように努めています。
1965年の The National Plan では、古い工業地域のインフラを近代化し大都市の過密を緩和するために公共投資計画を実施しました。短期的には全地域での人口移動を行い、長期的に国民経済の成長と快適な人間環境の創出に重点をおき、雇用と経済活動の地理的パターンを変えて過疎地域の経済成長を刺激しようとするものでした。個人の希望に反して強制的に国家の要求に従わせるのでなく、民主的手法によって労働者や民間企業と話しあいのもとに、従来の都市と地方の不均等発展を是正しようとしました。
たとえば、1960年台にできた、自動車運転免許証を取り扱う機関である DVLA(Drivers and Vehicle Licensing Agency)は ウェールズのスウォンジー(Swansea) に置かれました。スウォンジーは古くは重工業で栄えた街でしたが、戦後は工業が衰退し失業者であふれていました。そんな中でDVLAができたことで、地元に5,000人の雇用を創出しました。
サッチャー保守党政権になってからも、この政策は続きましたが、これは単に公費節減が目的であったかもしれません。土地の高いロンドンに事務所を置くより、地方に移したほうが安くつくし、賃金も低く抑えられるからです。サッチャー政権下では、ロンドンにあった特許局 (Patent Office)の移転が計画され、ウェールズのかつての炭鉱町ニューポート(Newport) にその機関の大部分が移りました。
また、1989年に設立された学生ローン会社 (Student Loan Company)はスコットランドのグラスゴー(Glasgow)におかれました。グラスゴーもかつて栄えた工業都市でしたが、戦後衰退の一途をたどっていたのです。
イギリスでは政府機関だけでなく、民間企業も地価の高いロンドンから地方に移るところが多くなっています。最近ではBBCがその機能の多くをロンドンからイングランド北西部のマンチェスター近郊にあるサルフォード(Salford)に移転しました。テレビのスポーツ番組や子供番組、ラジオ局のいくつか、また研究開発などの部門が移転し、ロンドン市内にあったテレビジョンセンターを売却したのです。
経済が衰退していたサルフォード地区に「メディアシティーUK」を作るBBC North 計画は2003年に発表されました。1,800人の雇用を創出し地域経済を活性化するという目標は2011年に実現。局内の反発もありましたが、BBCは公的放送局である責務からも多くの視聴者が住むイングランド北部でも活動をし、地域経済に貢献すべきだとしました。メディア環境が変わる中、テレビ受信料不払いなどに代表される視聴者離れに対応する施策でもあったのです。
BBC 移転についての詳細は下記記事をごらんください。
http://globalpea.com/bbc-north
日本では?
政府機関や企業が首都圏以外に籍を置いている例はイギリスだけでなく各国であります。シリコンバレーを始めとして、それに類似するベンチャー産業の街はたくさんあり、各国の地方都市や地域に散らばっていますが、日本では何故かベンチャー産業も東京圏に集中しがちですね。地価が高く職住環境が良くない大都市でなくても、そうした企業は成立するはずなのに。
ここは、政府や公的機関が率先してお手本を見せることで、民間企業の移転を促進させるのがいいでしょう。たとえば政府機関のうち、定期的に国会出席などの必要がない部門は地方に移してはどうでしょうか。
企業も地価が安く環境がいい郊外や地方に移ればいいでしょう。東京電力など福島に拠点をおいてもいいでしょうし、NHKだって、渋谷の一等地を売却して、どこか地方に移転することを検討してみてはどうでしょうか。
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