菅首相が10月26日の所信表明演説で「2050年までに温室効果ガス排出をネットゼロにする」という発表をしたことは国際メディアでも大きく取り上げられました。この発表に対して英国、EU、中国政府や国連などから次々に歓迎の意が示されています。
「ネットゼロ」目標の発表
「ネットゼロ」とか「カーボンニュートラル」と呼ばれる目標は、CO2やメタンなどの温暖化ガス排出量を、森林吸収や排出量取引などで吸収される量を差し引いてトータルでゼロにすることです。
日本政府はこれまで「2050年に80%削減」としてきましたが、菅首相の所信表明演説はそれに明確な年限を示しゼロにまで踏み込んだという点で国際的にも称賛の声が相次ぎました。
「日本が2050年までにカーボンニュートラルに」
早速外国でも報道されている。https://t.co/Pu7giYdLKJ— グローバルリサーチ【都市計画・地方創生】Global Research (@GlobalResearc16) October 26, 2020
「ポスト安倍アジェンダ:菅首相が2050年までに日本をカーボンニュートラルにすると発表」https://t.co/JVpEQkXKWq
— グローバルリサーチ【都市計画・地方創生】Global Research (@GlobalResearc16) October 26, 2020
2050年までにカーボンニュートラルという発表は歓迎されるが、目標達成は難しいかもしれない。
日本はエネルギーを石炭火力に大きく頼り、福島事故以来原子力発電への反発も根強い。
2018年の計画では化石燃料56%、原子力20-22%、再生可能エネルギー22-24%となっている。https://t.co/dEQWTTUVom— グローバルリサーチ【都市計画・地方創生】Global Research (@GlobalResearc16) October 26, 2020
菅首相は最新の太陽光発電が化石燃料に頼っている日本のエネルギー政策革新のカギとなると語る。https://t.co/qik571Dg0i
— グローバルリサーチ【都市計画・地方創生】Global Research (@GlobalResearc16) October 26, 2020
菅首相は化石燃料から再生可能エネルギーに変換する政策は経済発展を妨げるものではなく長期的な経済成長の機会を与えるものであり、発想の転換が必要だと語った。
そして、太陽電池、カーボンリサイクルなどの技術革新を推進すると約束した。https://t.co/i9AXZGzQwQ— グローバルリサーチ【都市計画・地方創生】Global Research (@GlobalResearc16) October 26, 2020
菅首相は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げる「気候野心連合」にも参加すると発表し、国連のグテーレス事務総長にも歓迎されました。これで、この連合に参加していない主要7カ国(G7)は米国だけとなります。
その米国も来月の米大統領選挙で世論調査で優位に立つ民主党のバイデン候補が勝利すれば、パリ協定への復帰や2050年ネットゼロ目標などの政策転換が見込まれるというタイミングです。
「温室効果ガス排出大国」中国がすでに「2060年より前に実質ゼロ目標」を掲げ国際的に評価されていることもあり、EUや国連などの国際世論はこれまで後れをとっていた日本がやっと本腰を上げてくれたという気持ちでしょう。
気候変動問題における日本への批判
国内世論がそれほど盛り上がっていないせいか、日本は気候変動問題についての取り組みが遅れているということで、これまで国際的に批判されてきました。脱炭素化に向けて積極的に取り組んでいる欧州諸国に大きく遅れを取る日本はG7で唯一石炭発電容量を増やしている国であるだけでなく、他のアジア諸国が石炭発電所を作るのに資金提供もしているという点を厳しく非難されています。
去年米ニューヨークで開かれた国連気候行動サミットで、新しく環境相に就任した小泉大臣は「日本は脱炭素化に全力を注いでおり、気候変動対策についてもっと主体的に行動していく」と言うだけで具体的な目標や解決策については何も語りませんでした。
日本ではこういう「前向きな姿勢」さえ示しておけば格好がつくことが多いのですが、国際メディアはそれに対して「日本は具体的な政策は何も示さなかった」と一刀両断しています。
ニューヨークで小泉環境相が温室効果ガス排出量の原因になる「ステーキ」を食べたことや「気候変動問題はセクシーであるべき」などといった言葉を取り上げて揚げ足取りをされたあげく、「どうやって石炭火力発電を減らすのですか?」との質問に一国の環境大臣として何も言えなかったことが批判的に報道されていました。
たとえば、英インディペンデント紙は「日本は気候変動に関してほとんど何もしていない。石炭を使い続け、他の国の石炭使用をも支援していることで批判の的になっている」
のサブタイトルで、日本がいかにこれまで気候変動問題について何もしてこなかったのかという事実を具体的に紹介することに費やしています。
さらに、国連のグテーレス事務総長の「この問題に真剣に取り組む気がないのなら気候行動サミットに来るな」といった言葉も紹介しています。
このサミットで日本は国際環境団体から不名誉な「化石賞」を2度も受賞することになり、国際的なイメージをひどく落としました。
日本政府の政策転換
このような結果となった国連気候行動サミットで小泉首相はこの問題に対する日本への国際的な批判について身に染みたことでしょう。帰国してから政権中枢に働きかけたことは想像に値します。
安倍首相辞任後の内閣組閣で環境大臣に再任された小泉大臣は菅新首相にも熱心に働きかけただろうと察します。それが功を奏して今回の発表になったのでしょうか。
菅首相が首相になる前は官房長官時代も、自民党総裁選の時なども、気候変動問題についての言及は聞いたことがなかったので、国際世論などを踏まえての政策転換だったのかなと想像します。
これまでの日本政府は気候変動問題について消極的な米トランプ政権に追随するような姿勢でした。それでも長期政権を維持し外交に積極的だった安倍首相は国際的な知名度があった反面、菅首相はほとんど知られていない存在です。
国際メディアでは菅首相は安倍政権の政策を概ね引き継ぐのだろうというくらいの感想しかなかったのですが、今回の「2050年ネットゼロ」発表で一挙に国際的な評判が高まりました。
この発表について様々な国際メディアでかなり広範に取り上げられていることでもそれがわかります。そういう意味では菅新政権の国際評価を一気にあげる、絶好の効果をもたらしたといえます。
けれども、菅首相の2050年ネットゼロを報道する外国メディアはどこも「今のところは目標だけであり、具体的な政策や解決策は何も明らかにされていない」とシビアに指摘しています。
日本がどうやってネットゼロを達成するのか、その道筋や具体的なマイルストーンなどの発表が注目されているのです。
気候変動問題への取り組みは政界の常識
2050年までに温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにするという目標について、小泉環境大臣は「いままでの考え方では実現できないのは明らかで、環境省一丸となって責任と役割を果たしていきたい」と述べています。
「50年までに実質ゼロ」にあわせ、これまで掲げていた「30年度までに13年度比で排出量26%削減」の目標も見直すとし、30年目標はパリ協定に基づいて政府が国連に提出するとのことです。今年はこの目標を見直す年だったのですが、日本は据え置きを決めて批判を受けたばかりです。
新型コロナウィルスの世界的な流行が理由で2021年11月に延期されることに決まった英国グラスゴーでの国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)までに削減目標を再設定すると表明しているので、この会議での発表が注目されるでしょう。
日本にとっては脱炭素化に向けて大きく一歩を踏み出したと考える向きもありますが、外からみると日本はやっと国際社会の常識に追いついたといった印象です。
少し前までは諸外国でもエネルギー需要の確保や再生可能エネルギーのコストのバランス問題などが取りざたされていましたが、ヨーロッパ諸国を中心に強い政治主導で産業・経済界をけん引していき、再生エネルギー開発などを中心に脱炭素化が推進されてきました。
ジェンダー格差問題などでもそうですが、日本は内向きなためか、牛の歩みで問題に取り組んでいるので気が付いたら国際社会から大きく取り残されていることが多いようです。
前にもお話しましたが、環境問題や社会問題に取り組むことはESG投資の観点からももはや常識です。
「環境問題や社会問題に取り組むのは経済的にペイしないからできない」という言い訳はもう通用しないのです。ESG投資は急成長しており、サステイナブルな戦略がない日本企業には投資が集まらなくなり経済的にも停滞してしまいます。
今年は新型コロナウィルスの世界的流行で経済的にも打撃を受けた国が多いのですが、その復興においてもただ経済だけに注力するのではなく緑の復興(グリーン・リカバリー)として持続可能な社会への変革を組み入れる成長戦略を進めることにEUは取り組むとしています。
菅首相も「経済と環境の好循環を生み出すグリーン社会の実現に注力する」と語っていますが、そのために実効性のある具体的な政策を打ち出せるかどうかに、今まさに世界中が注目しているのです。