シェルブールはフランス北西部にある人口数万人ほどの港町です。古い映画『シェルブールの雨傘』で有名になったところですが、それ以外には特に観光スポットもない、地方の田舎町と言っていいでしょう。ヨーロッパによくある昔ながらの普通の街ですが、こじんまりして住みやすそうなところ。また、落ち着いた景観がここちよくて旅行者にとっても、つい歩きたくなる街なのです。その魅力はどこから来るのでしょうか。
シェルブール(Cherbourg)
シェルブールはフランス北西部のノルマンディー地方、イギリス海峡に突き出すコタンタン半島先端に位置する港町。2000年に隣街と合併して正式名称は「シェルブール=オクトヴィル」となりました。
2011年の人口が37,754人、人口密度は2,648人/㎢です。
かねてから軍港、貿易港として栄え、第2次世界大戦においてはノルマンディー上陸作戦に続く攻防戦の舞台ともなりました。
今でも漁業、海軍施設、造船所などが地元経済の中心。さらに近隣に原子力関連施設もでき、その搬出港としても機能しています。
シェルブールの景観
シェルブールは若きカトリーヌ・ドヌーヴを一躍有名にした1964年制作の映画『シェルブールの雨傘』のおかげで名前だけは有名ですが、特に観光スポットというものもない海沿いの田舎町と言った風情です。
建物の高さも3~4階にとどまるものが多く、パリなどに比べ人間的なスケールのこじんまりとした街です。まあ、ヨーロッパには特に観光地でなくてもこういう街があちこちにあるのですが。
落ち着いた街並みの田舎街。 あてもなく歩くのが楽しいフランスのシェルブール pic.twitter.com/c32zs5sCKD
— グローバルリサーチ【都市計画・地方創生】Global Research (@GlobalResearc16) August 23, 2019
このような景観は一瞥すると自然にできたものに見えますが、実は陰ですごく気を使っているのがわかります。まず、建物の高さはすべて同じではありませんが、突出して高いビルなどは古い建物が並ぶ地区にはありません。
(タウンセンターから駅に向かった区画に高い建物が建つエリアがありますが、ここは戦時に爆撃を受けて破壊され再開発されたのではないかと推測されます。)
タウンセンターの建物は、近郊でとれるのであろう、グレイの石を積んで建てられた建築物がしっとりと落ち着いた景観をつくっています。石をむき出しにした建物に漆喰にペンキ塗りの建物が混じっていますが、それも全体的にパステル調や淡いトーンを使っているので、いくつ並んでもそれなりに調和しているばかりか、少しずつ異なるバリエーションが心地よいリズムを醸し出しています。
そしてお店が並ぶ商店街などは、1階の店舗部分にそれぞれ特有の個性的なデザインや看板を使っています。1階、2階と階ごとの軒の高さや看板の位置などがだいたい同じなので、1軒1軒異なる建物が隣り合っていても、遠くから見て統一感があります。
駐車場はどこに?
シェルブールは地方にある街なので、近郊の田舎から車で通勤したり、ショッピングなどに来る人が多いはずなのですが、街を歩いても駐車場があまり目につきません。
地方の街によくある、だだっ広い駐車場がタウンセンターにはなく、表通りは古い町並みの店舗や家が続いているばかり。みんなどこに車を止めているのだろうかと不思議に思います。
注意して表通りを歩いてみると、時たま1階部分があいている出入り口があって、そこから車が出入りできるようになっています。その奥が駐車場になっているため、車がたくさん並んでいる光景を目にすることがないのです。
建物が並ぶ通りに面して大きな駐車場を作らず建物の裏に作る工夫。
一枚目写真の左端も駐車場入り口#景観 #都市計画 pic.twitter.com/m3zZQfsmfA— グローバルリサーチ【都市計画・地方創生】Global Research (@GlobalResearc16) August 23, 2019
パブリックスペース
シェルブールのタウンセンターにはあちこちに誰でも利用できるパブリックスペースがあります。
たとえば、映画『シェルブールの雨傘』にも出てきたシアターの前は大きな広場になっていて、噴水があり人々の憩いの場になっています。周りにはお店が立ち並ぶ中心街で、買い物帰りにベンチで休む人、近くのお店で買ったテイクアウトのスナックで腹ごしらえをする人がのんびりたたずむ広場です。ベンチもあるし、噴水の周りやシアター前の階段など座るところもたくさんあって誰でもゆっくり過ごせる場所があるのが魅力的。
そして、この広場では火、木、土曜日の9時から14時までマーケットが開かれます。野菜や果物、ジャムやケーキと言った食料品から服、雑貨、おもちゃなどありとあらゆるものを売る屋台が立ち並び、たくさんの地元客でにぎわいます。
フランス北西部の田舎町シェルブール
映画『シェルブールの雨傘』の舞台になったほかは特に観光地でもない港町だが、心地よく住みやすそう。
映画にも出てきたシアター前の広場は青空マーケットとしても使われ、地元民に愛されている。#パブリックスペース pic.twitter.com/sL0pviCGDU— グローバルリサーチ【都市計画・地方創生】Global Research (@GlobalResearc16) September 1, 2019
空き地とパブリックアート
どの街にも空き地とか荒れ果てたスペースがでてくるもので、再開発されるまで長い期間荒れるに任せるしかない場合も出てきます。
シェルブールでは、何かの理由でできてしまった空き地をそのままにせずに、塀にだまし絵を描く演出など細かいところにも気を使っているのがわかります。
何気ないように見えるけど景観に気を使っている。
ぽっかりあいてしまった空き地の塀には。。#景観#まちづくり pic.twitter.com/fqUCoQpcWc— グローバルリサーチ【都市計画・地方創生】Global Research (@GlobalResearc16) August 23, 2019
こういうスペースをパブリックアートの場とばかりに利用する例はあちこちで見られますが、シェルブールの場合、周りの景観に溶け込むアートを使っているのが「フレンチ・シック」と呼ぶしかないような見事さです。
映画シーンを紹介するマーケティング
『シェルブールの雨傘』は50年以上も前の映画ですが、2016年に話題になった『ラ・ラ・ランド』という映画がこの作品にインスピレーションを得て作られたということで、最近再び注目を浴びているようです。
50年以上前に撮影された『シェルブールの雨傘』に出てきたシーンが街のあちこちで未だに残っていて、結婚式シーンの教会の近くにはその説明板がさり気なく壁に貼ってありました。
作品に出て来るシーンを紹介するパンフレットも作成されて、映画ファンを街に呼び込むマーケティングもされているようです。
けれども、そのマーケティングでさえもさり気なく行われています。そのために大きな看板や説明板をつけたりといった景観を台無しにするようなやり方は避けているのがシェルブールらしいといえます。
景観を維持するのは他所から来る旅行者のためではなく、そこで働き、暮らす地元の人が気持ちよく過ごせるためという考えが伝わってきます。
歩きたくなる街
シェルブールのことは映画でしか知らなかったのですが、訪れてみて来てよかったと思わせる街でした。特に大きな観光ポイントがあるわけでもないところに2泊3日の旅をしたのですが、ただ街を歩くだけでうれしくなり、あてもなく表通りから裏通りまで歩いてみたくなるところなのです。
街を歩くとそこかしこにパブリックスペースがあり人々がくつろんでいて、昔ながらのカフェやレストランの外にあるテーブルでおしゃべりを楽しんでいる様子が見られます。表通りも裏通りも手入れがされていて、落書きやゴミ、犬の糞などが見当たらず、夜間でも危ない雰囲気が感じられません。
一見さんの観光客を対象とする店が多いパリのような都会と違い、カフェやレストランでも安くて美味しいものを安心して楽しむことができ、サービスも気取らず、フレンドリーで親切です。これは、お店が主に観光客よりもリピーターである地元の人たちを相手にしているからでしょう。それにしても、お店で働いている人たちがみな幸せそうなのは、パリで不機嫌な店員たちを見たあとでは雲泥の差に見えます。
歩きたくなる街の理由は
どうしてシェルブールは歩きたくなる街なのでしょうか。
地元の自治体が都市計画や街の景観についてよく考えて街をつくってきたということはもちろんですが、そこに住む人達が自分の街を愛し、誇りを持っていることもその理由かなと思います。
よそから来る人のために街をきれいにするのではなく、毎日自分たちが目にする場所を心地よい空間にするという意識。自分の家の中だけきれいにしてもそれは保証されません。自分たちが住む街をよくするためには一人ひとりが公共の意識を持つことが必要になります。その結果が住みたくなる街になるのです。
このような街は何もシェルブールに限ったことではなく、ヨーロッパにはたくさんあります。住む人達が自分の街をよりよいものにしようという意識が高く、公共スペース、建築や景観にも一般の人の関心は高いのです。
日本では、どちらかというと人々の関心は自分の家だけに行きがちで、全体としての景観を考えない人が多いようです。それで、建物のデザインなどもばらばらになって街としてのまとまりがなくなってしまうという結果になります。
自分の住む街に誇りを持つことができたらコミュニティ意識も高まるし、日々の生活にも満足感が得られるはずです。そのためにも自治体も住民も街のあり方についてもっと関心を持つべきではないでしょうか。