ロンドン地下鉄ストの勝者は?

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9月になり2週目の5日間、ロンドン地下鉄の職員がストライキを行い、通勤が困難になった多くのロンドナーが自家用車やバスではなく自転車で通勤する姿が目立ちました。涼しく青空のサイクリング日和だったこともあり、自転車道は多くのサイクリストで賑わいました。

地下鉄ストライキの背景

今回のストライキは、地下鉄職員が週35時間の労働時間を週32時間に短縮することを求めて行われたものです。このため、エリザベス線など一部の路線を除き地下鉄全線が停止し、ロンドンの交通網は大きく麻痺しました。

以前はストライキがあるとバスや自家用車を利用する人が多かったものの、ここ数年は大きなストが起きていませんでした。特にコロナ以降、ロンドンでは自転車道やインフラの整備が進み、電動アシスト自転車を含むシェア自転車サービスが普及しました。今回が、自転車や電動スクーター(キックボード)利用者が一般的になってから初めての交通ストライキと言えます。

地下鉄の代替手段としての自転車

ストライキ初日の9月8日月曜日は涼しく爽やかな天気で、地下鉄が動かないため自宅から自転車で通勤する人も多く見られました。普段自転車に乗らない人も、鉄道で市内の駅まで行き、そこからシェア自転車を利用するケースが増えました。写真や動画でロンドン市内が自転車であふれている様子が伝わっています。これだけ多くのサイクリストがいると、自動車運転手も注意を払わざるを得なくなるため、「車の横を通るのが怖い」という感覚は薄れています。ロンドンの緑豊かな自転車道や川沿いをすいすいと走る姿は気持ちよさそうで、そういった感想も聞かれました。このストライキを契機に自転車通勤に切り替える人も増えるかもしれません。

自転車利用増加データ

調べによると、ストライキ期間中にロンドン全域で記録された自転車走行距離が32%増加。特に朝の通勤時間帯において、電動自転車や電動キックボードの利用が前週に比べて約6割増加しました。自転車シェア会社のデータによると、ストライキ前の期間に比べて、自転車走行時間は37%、走行距離は24%増加しています。スト2日目の朝、自転車シェアのForestは、通常の4倍の利用者を記録したと報告しました。

シェア自転車サービスの台頭

ロンドンのシェア自転車は、もともとドック式の普通の自転車を使ったSantanderが主流で、2022年からは電動自転車も導入しています。近年はアプリでロック解除し、使用後は路上に置くドックレス型のシェア自転車サービスが急速に拡大。Lime、Dott、Forestといった企業が競合し、自転車やキックボードを含むマイクロモビリティ市場を拡大しています。

その中でもロンドンで主流となりつつあるのは、マーケティングが巧みなLime社。今回の地下鉄ストライキもチャンスと見て、臨機応変にマーケティングに使っています。たとえば、今回のストライキ3日目に「今日から、Lime利用料金の端数を自転車推進団体’London Cycling Campaign’へ寄付するサービスを開始します」と発表。

またロンドン交通局の掲示文言をもじった「Good service on all Limes.」という広告を掲げ、ストライキによる混乱を皮肉った表現も見られます。通常「Good service on all lines.」は地下鉄が遅延なく正常運行している際に掲示される文言ですが、スト期間中、ロンドン交通局の掲示板はずらりと並んだ地下鉄路線ほとんどが「No service」となってしまいました。

ロンドンの自転車政策の進展

とはいえ、地下鉄のストライキがあっても誰もが簡単に自転車通勤に切り替えられるわけではありません。わたしも約10年前、まだSantanderの普通自転車だけの頃にロンドンで自転車に乗った経験がありますが、車が激しく通る道の端を怖々走らなければならず、それ以降は挑戦していませんでした。

しかし、その後ロンドン市は、ULEZ(超低排出ゾーン)の拡大や車の通行量削減に取り組むと共に、自転車道やサイクリングインフラの整備も体系的に進めてきました。Low Traffic Neighbourhood(低交通量地域)は過去3年で100か所以上恒久的に整備され、通学路の交通規制であるスクールストリートも222か所設置されています。さらに歩行者横断設備も新しく265か所計画・実施されています。

ロンドンの自転車道ネットワークは、2016年の90kmから2024年9月には400km以上に拡大し、これは地下鉄全路線の総延長を超えています。2023/24年度にはTfL(Transport for London)が20の新しい自転車道を設け、60万人以上のロンドン市民が安全な自転車道へアクセスできるようになりました。さらに今後1年間で最大95kmの自転車道ルートが新規に追加される予定です。

この結果、自転車利用回数は2019年から26%増加し、2024年には1日あたり約133万回に達しました。特に都心部での増加率が高く、2023~2024年の間に11.6%増となっています。街を歩けば自転車を利用する人が年々増えているのを実感できます。

また、London Cycling Campaign(LCC)のような自転車推進団体も、この利用増加に大きく貢献しています。LCCはロンドンの自転車利用促進と安全向上を目指す独立した会員制の慈善団体で、メンバー数は約12,000人。「ロンドンを世界クラスのサイクリング都市にする」ことを目標に政策提言や安全な環境づくりに取り組んでいます。

交通ストライキの勝者は誰か?

5日間続いた交通ストライキは終了しましたが、労働組合と交通局の交渉はまとまっていません。週32時間労働への短縮要求は交通局側が財政的にも現実的にも受け入れられないと考えており、労働者の全面的な勝利とはならなさそうです。

ストライキは1日300万人に及ぶ地下鉄利用者に大混乱をもたらしましたが、自転車や電動キックボードの利用増加は、新たな交通形態への転換の可能性を示しています。初めて自転車通勤を試した人たちの中には「もう地下鉄には戻らず、自転車で通勤しよう」と恒久的に乗り換える人も出てくるかもしれません。そうなれば地下鉄の利用者は減少し、交通局の収入減につながる可能性もあります。

今回のストライキの勝者は、自転車利用者になるのかもしれません。

参考

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