持続可能なガーデニングに向かうイギリス

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今年もイギリスの最大ガーデニングイベントと言われるRHSチェルシーフラワーショーに行き、相変わらずの英国の園芸文化に触れるとともに、今ならではの新しい潮流をも感じました。ガーデニング熱が盛んなイギリスですが、昨今はより自然環境を重視する方向に向かっています。

チェルシーフラワーショー

英国王立園芸協会(RHS=Royal Horticultural Society)が主催する「チェルシー・フラワー・ショー(Chelsea Flower Show)」は、英国王室メンバーをはじめとする有名人も訪れる、国内外で知名度が高いイベント。イギリスのガーデニングトレンドを象徴するショーとあって、世界トップクラスのガーデナーがショーガーデンでデザインを競い合うほか、パヴィリオン(大テント)内では、植物のディスプレイはもちろん、フローリストや植栽関連業者による展示も繰り広げられます。ほかにも、庭に関連するものなら何でもありというばかりに、ガーデンファニチャー、庭用具、屋外彫刻などの展示が目白押し。

イギリスに来てからガーデニング熱にはまった私も、何度もチェルシーフラワーショーを訪れています。今年もRHS会員限定の初日に行ったのですが、あいにくの雨でびしょぬれになりました。それでも、傘の合間を縫って見えるショーガーデンの数々は圧倒される美しさ。いくつもの庭やパヴィリオン内の展示を見て感じたのは、気候変動をはじめとする環境や社会問題といった、これまでの「園芸」文化とは少し離れた課題がますます取り上げられるようになったことです。これはチェルシーのようなガーデンショーに限らず、RHSの庭や協会の発信でも年々強くなってきている潮流です。

庭を通して自然環境を守り育てる

RHSの発信には、これまでのようにただ外から見て美しく完璧な庭を作るのではなく、ガーデニングを通して自然に触れ、庭やそれを取り囲む自然環境、生態系を守り育てるためにガーデナーである一人一人が何をするべきなのかを問うようなものが多くなってきています。たとえば、COP26がイギリスで行われた年には「COP26ガーデン」で気候変動問題に対処するための庭の在り方が取り上げられました。その展示はマンチェスター近郊にあるRHSのブリッジウォーターガーデンに移されていて、今でも見ることができます。

チェルシーフラワーショーでも、RHSの通常の庭でも、昔のように、雑草一つないウィンブルドンのような芝生にカラフルな草花がお行儀よく立ち並ぶような庭はもはや見られなくなりました。代わりに多くなったのは、白樺などイギリス原産の樹木が立ち並ぶ木陰に穂がついた草(オーナメンタルグラス)に交じってランダムに植えられた宿根草(多年草)の数々。一昔前の「ガーデナー」にとっては「雑草だらけ。これは庭ではなく野原だ」と言われるような景色がひろがっています。

パヴィリオン内にSDGsのロゴと共に展示されていたのは、ガーデニングを通してミツバチが安全にすむことができる生態系を保全維持しようという活動についてのデモンストレーションでした。

「森林浴」は日本古来の風習?

メインガーデン部門でベスト賞を取った庭は「Forest Bathing Garden」で、「日本古来の風習である『Shinrin-yoku』がテーマ」であり、樹木が生い茂る森林で心身共にリラックスするための庭であるとされています。そういえばそういう言葉があるにはあるけれど、日本では森林でリラックスするという習慣がそれほど根付いているわけではないような気もします。

Wikipediaで語源を調べてみると、「森林浴」という言葉は1982年に時の林野庁長官・秋山智英が「温泉浴」「海水浴」「日光浴」などになぞらえて考案した和製漢語なのだそうで、それほど古い言葉ではないのだとわかりました。

とはいえ、このガーデンをデザインしたリトアニア出身の若い女性をはじめ、外から見る日本は「自然あふれる環境で心身を癒す人々が暮らす、平和で落ち着いた文化」の国という印象なのでしょう。それにしては、いざ日本に着いてみると、東京の高層ビル街、満員の通勤電車、渋谷のスクランブル交差点に行きかう人々の群れといった光景を見て、そのギャップが不思議な国であるのかもしれません。

ガーデニングと持続可能性

チェルシーの「森林浴」ガーデンは筋ジストロフィー患者やその家族、その医療やケアに携わる人々に安らぎの場を与えるためにデザインされたもの。ショーが終わった後、この展示は筋ジストロフィーの医療施設に移されて常設の庭として使われる予定です。この庭だけでなく、他のショーガーデンもそれぞれ、展示の後は他の場所に移設されるべく計画されています。少し前まではこの手のショーガーデンはスクラップアンドビルドとばかり、その時だけ作られて後はそのまま捨てられてしまうのが常でした。それは持続可能ではないという事で、今では展示後にどのように利用されるのかまでが賞の選考基準の一つにもなっています。

「持続可能性」は賞の選考基準に大きく影響していると見え、どの展示も自然環境への影響を考え、気候変動問題解決、生態系保存、保水や節水、資源節約などをテーマの中心にすえたりガーデンデザインに取り入れています。

さらに、教育や医療、社会福祉、コミュニティ活動、周辺環境・景観への貢献といった社会問題解決のための取り組みも庭のデザインや利用方法と密接に関係しているものが多く、ただきれいな花が並んでいるだけのものではないというのが今の潮流だとわかります。

イギリスのガーデニング文化

そもそもイギリスで園芸文化が広まったのも、環境や社会問題と密接にかかわっていました。イギリスでは王族貴族などの富裕層が富と労働力を駆使して風景庭園「ランドスケープガーデン」を作らせましたが、庶民は自分で家の周りにハーブや野菜、果樹と共に花を植えて「コテージガーデン」を作りました。貧しい小作人がわずかな土地に自給自足のための食料とともに、目を楽しませるバラや草花をも育てていたのです。

産業革命後に起こった急速な都市化でできたスラム問題を解決するために作られたガーデンシティやモデル工場村も緑あふれる環境を供給すべく作られました。都市の工場などで働く庶民でも、自然やきれいな空気、美しい環境に触れることができるように、公共の公園や個人の庭を取り入れたのです。

さらに、戦中の食料不足のおりにはアロットメントと言われる市民農園が作られ、「Dig for Victory」というスローガンのもと、家庭菜園も奨励されました。便利だけど多忙な現代社会では野菜作りをする人も減っていましたが、コロナ禍にその熱が再現してアロットメントにウエイティングリストができるほどになりました。昨今の物価高や健康への関心もあいまって、自家製野菜作りへの関心も今のところ衰えていないようです。

コミュニティ活動としてのガーデニング

イギリスでは各地で行われているコミュニティ活動にもガーデニングが取り入れられています。もうずいぶん前ですが、バーミンガム近郊の都市計画課で働いていた時、現地の移民コミュニティが集まるアロットメントでコミュニティプロジェクトを行っていました。そのアロットメントではイギリスで普通に栽培される野菜のほかに、移民たちがそれぞれの国特有の野菜を作り、イギリスでは入手しにくい食料源を自ら作っていたのです。その多くは農村部出身で今では都会の集合住宅に住んでいる移民たちにとって、外で仲間と共に土に触れる機会があることは、収穫の喜びにもまさるものであるようでした。手作りの野菜を気前よく分けてくれた彼らの誇らしげな笑顔が今でも思い出されます。

イギリスで道を歩いていると、街路樹の根元や建物の間の隙間に花が咲いているのを見かけたりしますが、これはそういう場所に勝手に種をまいたり苗を植えたりする「ゲリラガーデニング」活動の結果。また、誰にも使われていない空き地を勝手に耕して野菜の苗を植え、できた野菜は誰でも収穫して食べていいというコミュニティ活動も各地で行われています。

私が住んでいる町のスーパーマーケットには春に「種交換コーナー」が設けられ、誰でも自家採取したり、余った種を寄付し、逆に寄付された種を誰でももらえるようになっています。また、誰かの家の前の低い塀の上に「余ったからあげます」とスィートピーの苗が並んでいたりします。イギリスの多くの家には前庭がありますが、都市計画の決まりとして1m以上の高さの塀を建てることはできないセミパブリック空間として機能しています。前庭が周りの景観に溶け込むように、また、道行く人が見てきれいな景色を維持するように手入れされているので、散歩も楽しくなるのです。

昔と今の英国ガーデニング

かつてはイギリスでも薬剤を使って傷一つない完璧なバラを育て、除草剤で雑草を一掃するようなガーデニング文化が幅をきかせていましたが、今ではそういう風潮は見られなくなりました。今では、自然の生態系を守り育てるのはもちろん、ガーデニングを通して心身の健康や癒しを求め、コミュニティ精神をつちかい、持続可能な環境や社会を作るべく一人一人のガーデナーが意識して庭づくりをしています。けさも、散歩の途中で出会った、お向かいの88歳の女性が裏庭を案内してくれました。裏庭でハリネズミを見つけたので、庭が隣接する両隣の住民とどうやってこのハリネズミが安全にすむことができるようになるか、道路に出ていくのをどうやって止められるかと相談しているところだそうです。

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