イギリス野党「抗議するか政権を取るか」

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Starmer

先週、英国野党第一党の労働党大会でスターマー党首がスピーチを始めようとした時、壇上に活動家が乱入する騒ぎがありました。その後にスターマー党首が言った言葉は ’Protest or power?’「抗議をするか、政権を取るか?我々労働党は抗議をするのではなく、政権を取るために変わるのだ」。2010年に保守党に政権を取られてから、万年野党では国を変えることはできないと軌道修正した労働党は、2024年1月までには政権を奪回すると見られています。

イギリス野党第一党の労働党

イギリスの選挙制度は小選挙区制で、全国650の選挙区で各一人の当選者を決める方式です。このため、戦後は右派保守党と左派労働党の二大政党のどちらかが政権を担当することを繰り返してきました。自由民主党や緑の党など小中政党も存在し、少数者の権利を擁護する運動もあり、比例代表制を導入すべきだという意見もありますが、今のところは変わっていません。

労働党は2010年に保守党に政権を取られてからずっと野党第一党のまま。保守党政権が長く続いてきたイギリスでは緊縮財政や規制緩和、どちらかというと低所得者層より富裕層に有利な政策が続き、昨今の物価高と家計の圧迫に苦しむ庶民の不満はたまっています。その上、国民が苦しんだコロナ禍でのパーティゲイト事件でジョンソン元首相は辞任し、その後のトラスは経済的な大失策を犯してすぐにお払い箱。現スナク首相は大富豪。生活に苦しむ庶民感情を理解していないような言動が目立ち、保守党政権の人気は下がるばかり。今現在、野党労働党が与党保守党を20ポイントリードしていて、来年末に予想されている総選挙では、労働党の勝利を予測する人がほとんどです。

労働党の改革

イギリスの保守党は中道右派、労働党は左派です。組合出身のコービン党首時代、労働党は革新左派といってもいい政策を打ち出し、リベラル層、特に若者に支持されました。たとえば、富裕層への課税強化、私立学校への課税、最高賃金導入、企業への税制優遇措置廃止、鉄道や電力会社の再国営化、大学の学費無料化、ベーシックインカム、またLGBTQやジェンダー平等、核軍縮、パレスチナ支持などといった方針です。

金持ちから金を集めてみんな平等にというロビンフッド的な政策は若者や学生に人気がありましたが、中~上流層や経済界からは反発。イギリスの場合、戦後の累進課税で高所得者が税逃れのため、軒並み海外に流出してしまい、サッチャーが高額所得者の税金を低くしたことで、かえって全体の税収入が増えたということもありました。グローバル化が進み、英語が世界中に浸透している今は、海外脱出のハードルはもっと低いでしょう。

コービン党首時代の総選挙で労働党は負け、小選挙区制で勝つにはやはり中道路線でないと難しいということがわかってきました。国会で政府の政策を批判するコービンは舌鋒鋭いのですが、国の政治を任せられるのかということになると、ちゅうちょする人が多かったようです。組合出身の彼はもともと活動家であり、政権に抗議する役割の方があっていた感もあります。そこで、労働党が代わりに選んだのが中道寄りの弁護士出身スターマーです。

スターマーに変わってからの労働党はかつてのブレア労働党のように、中道左派の政策にシフトしていきました。そのスターマーが党大会で運動家にラメを振りかけられた後、発した言葉が ’Protest or power?’だったのです。これには、「労働党はこれまで野党として政権に抗議をしてきたが、それでは国を変えることはできない。政権を取らなければ意味がないのであり、そのために我々は変わり、イギリスをいい方向に向かわせるのだ。」という姿勢が表れています。壇上に突然現れた活動家にラメを振りかけられて、とっさに出た言葉としては、できすぎな気もします。というのも、スターマーはこれまで、気の利いたことなど言えない地味なおじさんという印象しかなくて、かつてのブレアのようなカリスマがないと言われ続けていたから。まさか、きらきらした姿でこんな言葉を発するとは、誰も予想していなかったでしょう。

長期政権の弊害

2010年から続く保守党政権下、イギリスでは緊縮財政によって公的サービスが削られ、Brexitによる混乱は国民を分断して社会的にも大きな問題を投げかけました。今では英国民の過半数がBrexitは間違いだったと考えていますが、後のまつり。ジョンソン元首相が国会で虚偽の発言をするなど、政策の失敗だけでなく、政治家の倫理まで問われるのは、10年以上続く保守党長期政権の弊害と言ってもいいかもしれません。イギリス国民はエリートが牛耳る保守党に振り回されるのはもうこりごりだといわんばかりに、世論調査で野党労働党支持を示し、14年ぶりの政権交代への期待は高まっています。

日本でも長年の自民党長期政権に対する不満を抱える国民は多く、支持率も低くなっていますが、代わりに政権を狙える野党がないというところがイギリスとの違いです。与党による政権運営が国民の民意を反映できなければ、野党が代わって政権を担うという態勢がそもそもの小選挙区制の在り方。かつて、民主党が政権を取ったことはありましたが、その後の選挙で敗れ、現在は中小サイズの野党が乱立している状態です。

野党は、国会で与党の政策を批判したり疑問を呈して政府のやり方に影響を与えたり、議員立法を提案する役割はあるものの、自らが提案する政策を実際に実現させることは難しいと言えます。

現政権を支持しない人とて、選挙で誰に投票すればいいのか、誰に入れてもどうせ自民党が勝って同じような政治が続くと思うと、投票に行っても仕方がないという声もよく聞きます。

どんな党が政権を握るにしても、長期政権が続くと、どうしても既存政権への忖度、既得権益保持の傾向、不都合な事実の隠蔽や腐敗などの弊害が出て来ます。政権交代の可能性がないとなると、どんなに優秀な政権でも、政治に緊張感がなくなり、国民の耳に声を傾けることがおざなりになりがち。

各野党はそれぞれの政治的野心や主張があり、国民のために良かれと思う政策を実現したいと思ってはいるのでしょうが、万年野党では政党ではなく抗議団体に過ぎないと言われても仕方がありません。政府を抗議するだけではなく、政権を取って自らの政策を実行する気概がないのなら、政党としての責任を果たしていないということになります。

イギリスの異なる政権下での都市計画

これまでイギリスの自治体で都市計画の仕事をしてきて、政治のかかわりを意識してきました。私が地方自治体の都市計画課で働き始めた時は保守党政権。それが1992年に労働党に変わってから8年間で、様々な都市計画のプロジェクトに携わりました。自治体にかなりの権限が託され、政府や地域開発公社、EUなどからの支援金を申請することで、地元民のためのまちづくり予算を確保することができました。

けれども、2010年にまた保守党政権に変わってからは緊縮財政が導入され、地方自治体の予算もけずられ、地域再開発などのプロジェクトを自治体主体で行うことがだんだん困難になっていきました。

EU離脱後は、それまで何かと恩恵を受けてきたEUからの支援金も途絶え、地域経済が衰退していたり、失業率や貧困率が高い地域でのプロジェクトの継続をあきらめざるを得ないことも出てきました。自治体は最低限のサーヴィス、たとえば、教育や社会福祉、既存インフラの維持、ごみ処理などを行うのに精いっぱいで、プラスアルファとなるまちづくりプロジェクト、たとえば新しい公園や公的施設を作るとか、地域再開発プロジェクトを行うとかいうことは難しくなったのです。

政府が変わると政策が変わる、地方自治体の在り方、まちづくりの政策も変わるのだということを痛感しました。

今年の保守党大会で、スナク首相は大規模交通政策だったHS2高速鉄道路線建設の縮小を発表しました。すでに建設が始まっているロンドンからイングランド中部バーミンガムまでは予定通り建設するが、バーミンガムから北部マンチェスターまでの路線建設を取りやめると言って、中~北部の自治体、政治家や関係者、保守党内の一部からも批判されています。

つい数か月前にハーパー運輸大臣が日本の新幹線を視察して「このような高速鉄道を英国でもHS2として実現させます」と言ったばかりだというのに。

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