イギリス新政権労働党の都市計画政策

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2024年7月4日イギリス総選挙後の政権交代を受けて、前記事では労働党新政府の環境・エネルギー政策について述べましたが、今回は都市計画や住宅政策について紹介します。選挙前の公約で約束されていた方針が少しずつ明らかになってきていますが、その目玉はイギリスの住宅不足に対応するために150万戸の住宅を新築するための方策です。

都市計画法改革

労働党新政府の都市計画分野での大きな目標は、近年問題となっているイギリスの住宅不足に対応するために都市計画制度を改正するというもの。これは今に始まった問題ではなく、過去に保守党政府も解決しようと様々な試みを行ったものの、抜本的な解決は見られませんでした。市場に任せるタイプの小さな政府では、建築物の供給はマーケット次第です。特にロンドンなど人口が集中する地域では住宅価格高騰が続き、庶民や若い世代に手が届く手ごろな値段の住宅が圧倒的に不足しています。その近郊のイングランド南東部を含め、若者や低所得者層がマイホームを買うことができないことが深刻な問題になっています。

住宅不足の理由はいろいろありますが、都市計画制度が複雑で時間やコストがかかりすぎる、規制が厳しく住宅開発が許可されないことが原因だという言説も多いです。そのため、新政府は都市計画制度を改正して新しい住宅建設が容易になるようにするとし、政権獲得後6か月以内に英国都市計画の国家方針である国家都市計画政策 National Planning Policy Framework(NPPF)を変える予定だと語っています。その内容がどのようなものになるのかが少しずつ明らかになってきています。

新しい住宅建設

イギリスの都市計画を実践するのは各地域の地方自治体(市にあたるカウンシル)です。地域の開発計画(マスタープラン)を作り、それに合うように個々の開発計画に都市計画許可を与えることでまちづくりをしています。

地域開発計画の一環である住宅政策としては、地域内で将来必要となる住宅数を予測し、それに見合う住宅供給のための土地を指定します。その指定内で住宅建設のための都市計画申請があった場合、現状では個々の開発計画について許可、条件付許可、不許可の判断をし、その判断には地元住民の意見も取り入れられるのですが、この申請プロセスを緩和するというのが新政府の方針です。

自治体が住宅新築用に指定した地域で住宅建築計画の申請があった場合、原則としてその申請は許可されるべきであり、地元住民には反対の権利はなく、デザイン上の意見を言う権利だけ残されるというものです。

グリーンベルトとニュータウン

150万戸の住宅を建てるという公約を実現するために、新政府はグリーンベルト内の開発も除外しないと発表して論議をよんでいます。

イギリスには多くの都市の周りを無秩序な開発から守るためのグリーンベルトがあり、指定地域内での開発は原則として禁止されています。都市計画制度の中でもグリーン・ベルト内での開発を許さないという原則は多くの国民に支持されているので、環境保護派をはじめ、一般国民からの反対意見も多いのです。

グリーン・ベルトはイングランドの13%を占めますが、そのすべてが自然のままに残されている「グリーンな」土地ではなく、約3%(46,871ヘクタール)が既に一度開発された土地であり、使われなくなった産業用地や採石場などが含まれます。これを労働党は「グレイ・ベルト」と呼び、この半分を住宅地用に開発することで150万戸の住宅を建てることができると語っています。

副首相であり、都市計画、住宅、地方自治を担当する住宅・コミュニティ・地方政府省(Ministry of Housing, Communities & Local Government) の大臣であるアンジェラ・レイナーは、グリーンベルト内に建設される住宅の半分は「アフォーダブル」なものにするという目標を掲げています。イギリスで「アフォーダブル (affordable)」というのは、市場価格の20%以下の住宅とされていますが、それでもロンドンなど市場価格が高いところでは庶民や若者には手が出ない値段となってしまいます。どうやってアフォーダブルな住宅を供給するかというと、住宅開発業者に住宅新築の許可を与える条件として、開発住宅の半分はアフォーダブルな価格にすることを約束させるということになるようです。

新政府はさらに、新しい「ニュータウン」を建設すると発表しています。ニュータウンは戦後1946年のニュータウン法に基づいて建てられた都市近郊の街で、ランコーンやミルトンキーンズなどに1940年代後半から1960年代後半にかけて、国が設立した開発公社によって建設されました。しかし今回のニュータウン建設は民間の開発業者に委ねるとされており、そのうち40% はアフォーダブルな価格のものにするという目標です。

カウンシルハウス建設

レイナー副首相はエリート出身が多い政治家の中でも異色なカウンシルハウス(公営住宅)で育ったシングルマザー。野党副党首の時も北部マンチェスター・アクセント丸出しで、エリート保守党は庶民のためには何もしないと批判していました。住宅政策についても同様で、公営住宅のウエイティングリストは130万世帯あるのに、前政権が2022~23年に供給した低所得者向け賃貸住宅は約束した18万戸の1/4にも満たない4万1000戸だったと指摘。

戦後の住宅不足を解決するために地方自治体が建てた公営住宅は、1945年から1979年の間、年間平均して126,000戸もあったのに、その数は今では年6,000~7,000戸と激減。その上、サッチャー政権が80年代にRight to Buy制度を導入して、1980年から2021年までの40年間で約200万戸の公営住宅が売却されました。それなのに、新しい公営住宅はほとんど建設されなかったため、その数は減り続けています。イギリスでは1980年から2005年の間、公営住宅に住む人が31%から12%に減少し、持ち家率は56%から70%に増えました。

そのカウンシル・ハウスを労働党新政府は新たに建設すると言っているのですが、具体的にどれくらい、そしてどのような方法でという計画はまだ発表されていません。

新政府の都市計画政策への懸念

新政府の都市計画や住宅政策についてまだ詳細は出そろってはいませんが、概ねの傾向がわかってきたところで、既にそれに対する懸念や反対の声も聞こえてきます。

まず、イギリスに残る自然環境を保護すべきだとする環境派にとって、これまで一環として守られてきたグリーンベルトを解放するという方針には疑問の声が上がっています。それが本当に「グレイ」な土地であるのなら検討の余地はあるものの、規制緩和が不適切に進むことで保護すべき緑地や農業用地までが住宅用の開発用地として次々に売り払われてしまうのではないかという懸念です。

また、多くの住宅建設を急ぐあまり、現行の規制を急いでなくすような改革は、結果として粗悪なデザインの住宅街や低品質な建築工法による住宅を大量生産してしまうのではないかというもの。とにかく数を確保しようと、安かろう悪かろうで住宅を建てる結果として、のちに欠陥が出てくるような建築物を量産してスクラップアンドビルドにせざるを得なくなるのでは、持続可能な社会に逆行するのではないか。

質の高いデザインを使った長く使える優秀住宅を計画すれば、地元住民の理解を得ることができ反対も減らせるので、都市計画のプロセスも迅速に進むはず。実際にそういった事例は今でもイギリス中に見られます。持続可能な高品質の街づくりのためには、むしろ適切な都市計画規制が必要であるはずだという考え。

また、そもそも問題なのは新築住宅の絶対数ではなく、特定の地域での住宅価格の高騰であるという指摘。地域間の需要と供給のバランスが合っていないため、イングランド南東部など人口が集中して住宅需要が高い地域の住宅価格が高すぎるのです。いくら住宅の数が増えたとしても、それを買えるのは既に一定の世帯収入がある恵まれた人たち。ロンドン近郊では市場価格より2割安いアフォーダブル住宅と言えども若者や低所得者層には手が出ないのですから。そして、人気の高い緑あふれるグリーンベルトの好条件立地に建てた高価格住宅を売却して利益を得るのは住宅開発業者であり、一般庶民が得るものは何もないというわけです。

それよりも必要なのは、かつてふんだんにあった公的住宅であり、所有資産としての家ではなく、住むための低家賃の賃貸住宅ではないのかという意見もあります。ただ、持ち家率がこれほど増えてしまった今、そうした意見は過半数とはならないのがこの問題の難しいところなのかもしれません。カウンシルハウス出身のレイナー副首相でさえ、自らが賃借りしていた公営住宅を買い取り、のちにそれを売却して利益を得ているのですから。

新政府の都市計画や住宅政策がこれから具体的にどのような形になってあらわれてくるのかを、これからも見守っていくつもりです。

 

参考記事

https://www.planningresource.co.uk/article/1840198/starmer-pledges-build-new-towns-release-low-quality-green-belt-development

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