イギリスで地区再開発というと、通常は国や地方自治体が中心となって公的資金を使い、民間の大企業に委託して行わせるトップダウン型の大規模プロジェクトが多いものです。そういうプロジェクトは荒廃地域にある既存の建物を取り壊し、すでにあるコミュニティーをばらばらにして1から再開発するものになりがちです。けれども、そのような再開発に反対する住民が自分たちで行った事例を紹介します。
英国リバプールのトクステス
トクステスはリバプールの都心から南に向かったところにあり、19世紀から移民が多く移り住んだ地域です。ビートルズにもゆかりがあるところで、リンゴスターの生誕地でもあり、ジョン・レノンの父が生まれたところ。ビートルズはトクステスのクラブでプレイしたこともあります。
1970年から80年代にかけてイギリスの景気は悪かったのですが、北部にあるリバプールの経済衰退ぶりは特にひどいものでした。当時リバプールの失業率は50%を超えており、貧困、失業、人種差別、犯罪、警察への不信などの問題が積もりに積もっていました。
その中でもトクステス地区は犯罪、暴力、ドラッグ、窃盗などの問題が多発し、1981年には暴動がおこりました。その後も治安が悪いため誰も住みたがらないエリアとなっていて、不動産価格もゼロに等しいと言われていました。
地方自治体が行った地域再開発の試み
この状況を改善するために、2000年になってから地方自治体が中心となり政府やEUの補助金を投入して、暴動で破壊された地区の再開発を行うことになりました。
1981年の暴動後、誰も住むことなく朽ちるままにまかされていたビクトリア時代のテラスハウス(長屋)を取り壊し、新たに店舗、住居、商業用の建物を建てるプロジェクトです。
地元住民の反対
しかし、計画を知った一部の地元民からこのような再開発に反対する声が起こりました。他人から見ると「スラム」であっても自分たちにとっては大切なホームである住居を取り壊すのはやめてくれというわけです。
その結果「グランビー・トライアングル」と呼ばれるエリアにある4つのストリートは公的機関による再開発プロジェクトから外され、取り壊しを免れることになりました。
そして、反対住民が中心となって「グランビー・フォー・ストリーツ・コミュニティ・トラスト」がつくられました。この4つの通りからなる地区内で住民によるボトムアップ方式の再開発プロジェクトが始まったのです。
住民主体のまちおこし
1993年には住民団体が設立され、「グランビー・トライアングル」 と呼ばれる、ヴィクトリア朝時代の住宅が連なる地区の住民たちが自らの住宅地を復活させる試みが始まりました。
地域の住民やコミュニティー活動家が中心になり、自分たちの手で既存の古い住宅を修理し、ペンキを塗るなどして住宅地の外観が見違えるようになりました。また、住民たちは住宅が並ぶ通りに樹木を植え花壇やプランターを置き、花や緑あふれる通りが誕生。さらに外にベンチやピクニックテーブルが並ぶなどして、コミュニティーに息を吹き込みました。
また、月ごとのストリートマーケットなどのイベントも催し、住民だけでなく地区外からも客を呼ぶなどして地区に活気を取り戻しました。
コミュニティ・アート・プロジェクト
また、地元のコミュニティーグループは「アセンブル」というアート・プロジェクトを始めました。アーツ・カウンシルからの25万ポンド(約3,500万円)の補助金を得て、荒廃した2件の住宅だった土地をコミュニティーのためのスペースに作り替えたのです。ここには、インドアガーデン、アーティスト・スペース、コミュニティー・ミーティングスペースなど、地元の人たちが会い、集い、共に働くためのスペースがあります。
このアート・スペースでは「メイドイン・グランビー」と名付けた家具や家のための部品を作っています。暖炉のマントルピース、ドアノブ、タイルなどを作り、それをエリア内の建物に使ってもらうことで、地産地消を目指したのが始まりでしたが、その活動が大きくなり広くイギリス中から注文を受け付けるようになったのです。
このアセンブル・プロジェクトはコミュニティー・アート活動のサクセス・ストーリーとして有名になり、2015年にはイギリスの著名アーティストに贈られる名誉あるターナー賞が与えられました。
住民によるまちづくりの成功事例
トクステス地区はかつて無法地帯と呼ばれ足を踏み入れるのを恐れられたほどの荒廃ぶりでしたが、このような住民による取り組みを通して生まれ変わりました。今では住民たちが誇りを持って住むことができる活発なコミュニティーとなっています。
国や地方自治体が中心となって公的資金を使い、民間の大企業に委託して行わせるトップダウン型の大規模プロジェクトはトクステスのような荒廃地域にある建物を取り壊し、既存のコミュニティーをばらばらにして再開発するものになりがちです。
けれども、そういう再開発プロジェクトに立ち向かって、自分たちの家や地区を守ろうとした住民たちがボトムアップの形で起こした事例がこのグランビー地区です。この事例は、コミュニティーに自分たちの地域の将来を担う民主的な権限を与えることで変化を起こせるということを証明したと言えます。
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