チャールズ英国王「グリーンキング」環境派で伝統建築支持

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

5月6日はイギリス、チャールズ国王の戴冠式。エリザベス女王が長生きしたため、皇太子の時代が長かったチャールズ3世は若い頃から環境問題、伝統的建築やアーバンデザインに関心が深く、王室メンバーらしくない私見を述べることもあり、時には物議をかもしたことも。けれども今は彼の半世紀にわたる関心事に時代が追い付き、「グリーンキング」としてのリーダーシップが期待されています。

チャールズ英国王

1948年生まれのチャールズは、母親のエリザベスが女王となった時に3歳でした。生まれた時から将来の国王として育てられた彼は、公務で多忙な母親と過ごすことも少なかったでしょう。一般学生と共にスコットランドの寄宿学校で過ごした後は、ケンブリッジ大学で考古学や人類学、ウエールズ大学で歴史とウエールズ語を専攻。それから海軍や空軍での経験の後、皇太子として公務に携わった長い期間を経て76歳で王になります。

チャールズは子供の頃から自然に囲まれて過ごしたことから、環境問題への関心が高いことで知られています。彼の母である故エリザベス女王も夏休みになるといつもスコットランドにあるバルモラル城で乗馬や散歩などをして自然豊かな日々を過ごすのが習わしでした。チャールズも子供の頃から家族と一緒にスコットランドやイングランドの田舎で過ごし、自然に親しんでいたようです。趣味はガーデニング、農業、水彩画、ポロなどのスポーツ。

そんなチャールズは、自分や家族がこよなく愛し親しんできたイギリスの自然が、1960年代頃から開発や産業、森林や生垣の伐採、近代的な農法などで変わっていくのを目の当たりにします。これが契機となり、彼は大学生の頃から環境問題について強い関心を抱き、自身の見解も公言するように。今と違い、当時は環境問題について警鐘を鳴らす声はほとんどありませんでした。環境活動家として名高いトニー・ジュニパーは、当時、レイチェル・カーソンと並べてチャールズ皇太子がこの分野での数少ない提唱者であったと振り返っています。

半世紀にわたる環境についての関心

チャールズは大学生だった1970年頃から半世紀以上の間、自然保護や地球環境、イギリスだけでなく熱帯雨林など世界的な森林破壊、産業や近代的農法による生態系破壊、海洋汚染、乱獲による魚介類の枯渇、遺伝子組み換え、プラスチック利用の弊害などについて警鐘を鳴らし続けてきました。

今でこそ、気候変動問題やSDGsについて声を上げるのは普通になりましたが、1970年代にプラスチック使用が問題だとか、有機農法に立ち戻るべきだとチャールズが言った時、ほとんどの人は「変なことを言う変わり者」「世間を知らない王子が非現実的な夢物語を口走っている」という反応。彼はファストフードも嫌っていたので、ダイアナ妃はお忍びで子供たちをマクドナルドに連れて行っていたようです。

若くして即位したエリザベス女王は政治的な問題に対して意見を表明しないのが常でしたが、チャールズは皇太子として時の政権に対しても環境問題などについて意見を述べていました。さらに、自ら様々な財団を設立したり、熱帯雨林保全財団などの団体と協力するなどして実際に環境問題解決に向けて取り組んでもいます。気候変動に対する取り組みにも熱心で、国連の気候変動枠組み条約締約国会議(COP)でもおなじみの顔となり、出席するだけでなく、グラスゴーでのCOP26などではスピーチも行ってきました。

2020年のダボス会議で彼は自らの環境問題への取り組みについて「正直言って、苦しい戦いだった」と述べています。初めのうちは見向きもされないばかりか、揶揄さえされていたからです。けれども、やっと時代の方が彼の関心事に追い付いてきたようで、チャールズは「今こそ前に進むべきだ」と述べています。

チャールズが環境問題に熱心であるということは世界中の環境活動家やリーダーにも知られています。草の根で運動を続けている人にとって、皇太子という国を代表する立場から環境問題について警鐘を鳴らしたり、問題解決への取り組みへの支持を表明することは大きな力となると期待されていたのです。

特に気候変動問題に熱心な若者は「逃げ切り世代」の中高齢者層には冷淡な目を向けがちですが、チャールズに関しては例外扱い。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリもチャールズが長年、環境問題について戦ってきたことについて尊敬し、そのリーダーシップに期待しています。

有機農業や再エネの実践

チャールズは気候変動や世界的な環境破壊について声を上げるだけでなく、公務のかたわら自らの手で実践をもしてきました。所有する敷地にDuchy Farm(ダッチー農場)を作り、有機農法による農産物の栽培や牛、豚、羊などの飼育を手がけています。化学肥料の代わりに堆肥を用い、除草剤、殺虫剤などを使わない有機農業で野菜を育て、「Highgrove(ハイグローヴ)」ブランドでオーガニックの紅茶やジャムなどを販売。「Duchy Organic (ダッチ-オーガニック)」というブランドもあり、ここのショートブレッドビスケット、特にレモン風味のものがおいしく、わたしのお気に入りです。

チャールズの屋敷があるハイグローヴでは太陽光を利用した再生可能エネルギーを使い、暖房は敷地内で採取された薪でまかない、石油などの化石燃料は使っていません。また、屋敷内のトイレや農場、庭園では雨水をためたものを利用するなどして、環境負荷を避ける取り組みに徹しています。

彼が半世紀乗り続けているヴィンテージの愛車アストン・マーティンも、化石燃料であるガソリンを使い続けることを避けるため、燃料に余剰ワインやチーズから抽出されるバイオエタノールが使えるように改良しました。

建築保存と伝統的デザイン

わたしがイギリスの大学で都市計画の勉強をしていた当時、チャールズ皇太子がモダン建築を厳しく批判したことで建築界を敵に回しての論争が繰り広げられていて、それについて授業で取り上げて話し合ったことを覚えています。

当時流行していた、モダニズムやポストモダンの建築物について世界的建築家のリチャード・ロジャースなどとメディアで大々的に論戦が繰り広げられていました。チャールズは伝統的な建築物保存に熱心で、ロンドンの都市景観を守るため「目ざわりな」コンクリートの塊はふさわしくないと主張。建築家は素人の懐古主義に振り回されず、今の時代にふさわしい現代建築をつくるのだと反論。

この当時、彼の建築や環境問題に関する考えがまとめられた「A Vision of Britain」という本が1989年に出版されています。

これには、英国の未来像―建築に関する考察(出口 保夫)という翻訳本もあるようです。

彼の建築や都市計画への関心はロンドンだけに限ったことではありません。イングランド南西部にあるパウンドベリーでは、村全体を自らデザインしてコミュニティ開発にも直接かかわりました。ここでは、イングランド田園地帯の村にふさわしいデザインを踏襲し、自然環境に美しく溶け込み、住民にとって暮らしやすい集落を目指しています。

建築やアーバンデザイン、都市計画についても、欧米諸国で当時隆盛を誇っていたモダニズム建築、急速な自動車社会到来に適合するために田園地帯や既存住宅地を破壊して作られた道路、駐車場付き郊外型モールの建設で衰退してしまった中心市街地の時代から一周して、今は徒歩や自転車中心のヒューマンスケールの街づくりに戻ってきました。

ロンドンのコンクリート高層建築よりパウンドベリーのような村の「普通の家」に住みたいというイギリス人にとっては、やはりチャールズが言っていたことは正しかったということになるようです。

グリーンキングとしての影響力

イギリスではチャールズ新国王の人気はそれほど芳しくないし、王室制度そのものに反対する人もいます。つい最近も大手新聞ガーディアン紙が、王室制度を維持するために多額の税金が浪費されているという批判記事を掲載していました。とはいえ、イギリスの王室制度は世界的な「ブランド」としての利用価値があるのは確か。また、国際的な場で国を代表するトップが、時には短期で交代したり、尊敬の念を集めないような政治家であるよりは、ましではないかと考える人もいます。(トランプ大統領がエリザベス女王を訪問した時など、こう感じた英国民は多かったようです。)

王政という時代錯誤的な世襲システムには懐疑的な人さえ、若くして君主となり一生を国に捧げたエリザベス女王は人として尊敬されていた感があります。特に高齢の人にとっては戦中戦後の苦しい不景気の時代を共に生き抜いたという思いも大きいのかもしれません。けれども、生まれた時から未来の国王として育ってきたチャールズとなると話は別。

チャールズは長かった皇太子時代に物議をかもす発言もあったし、何より当時人妻だったカミラ夫人との浮気について故ダイアナ妃が公に暴露してスキャンダルになった後、彼女が非業の交通事故死を遂げたことで英国民の感情は今でもダイアナ妃に向かいがちです。

当時のことをあまり知らず、気候変動や有機農業など環境問題に関心が深い若い世代の方が、かえってチャールズ国王を支持することになるのかもしれません。積極的な支持というよりは、その立場を使って環境問題など重要な課題について国際的な場で旗振り役となってほしいという期待となるのでしょう。

国王は政治的に中立でなければならないという原則にのっとり、エリザベス女王は決して自らの意見を表示しなかったことで有名です。チャールズも皇太子時代は自由に表明していた意見を王となってからは慎まざるを得ないでしょう。とはいえ、彼の場合、長い皇太子時代に積み上げてきた実績や活動、意見が既に広く知られているため、今さら何も言わなくても彼の意向は明らかであるともいえます。

さらに、英国王ということは英連邦の代表でもあるということ。オーストラリア、カナダ、アジアやアフリカ諸国など、旧大英帝国圏における環境問題にも影響を与えるという点では、国際的なソフトパワーもあります。「グリーンキング」として君臨するチャールズ、そしてそれを支えるウィリアム王子他の英王室の挙動を、これから世界中が見守っていくことでしょう。

SNSでもご購読できます。

メルマガ登録フォーム

* indicates required