坂本龍一の遺志:神宮外苑再開発への思い

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Trees

音楽家の坂本龍一が3月28日に71歳で亡くなりました。国際的に活動してきた音楽家の訃報は世界中を駆け巡り、イギリスでもその早すぎる死を悼む声が上がっています。つい先日、改めて神宮外苑再開発についての記事を書き、彼が再開発案について小池東京知事に送った手紙を紹介したばかり。そして、彼の死をきっかけに神宮外苑再開発についての認知が急速に広まり、反対の声が大きくなってきました。

坂本龍一の環境・社会活動

坂本龍一の音楽家としての業績は多く語られているので他に譲り、ここでは広く環境や社会における彼の関心と活動について語ります。彼は若い頃から活躍している世界的に著名な音楽家ですが、日本人のミュージシャンとしては珍しく政治・社会的発言も積極的に行ってきました。1952年生まれで、高校生の時はその当時盛んだった生運動に参加していたことで、政治や社会問題に自ら取り組むことが自然だったのかもしれません。

その活動は人権、難民、動物愛護、平和、貧困、テロ、脱原発、再生エネルギーなど幅広いものですが、1992年のリオ地球サミットを契機として特に自然環境への関心が高まったようです。国際的な音楽家として多忙な中、関心のある分野について積極的に発信をして仲間を集め、自ら行事に参加したり、組織の代表を務めたり、資金を提供して活動に取り組んできました。

たとえば、2007年に森林保全団体の一般社団法人「more trees(モアトゥリーズ)を設立し、その代表に。この団体は「人は森がないと生きられない」 いうコンセプトのもと、国内外の各地で植樹や森林保全を行い、森の恵みを使ったプロダクトの開発・販売や森林ツアーの企画・実施などを通じ、「都市と森をつなぐ」ための活動に取組んできました。また、彼はグリーンピースなど他の環境保護団体をも積極的に支援していました。

坂本龍一は長い間がんと闘ってきましたが、闘病の末期、3月になってから二つのメッセージを発表。一つは政府の原発回帰の方針を批判するものでした。彼は東日本大震災後、原発を批判するスタンスを持ち続けたほか、被災地出身の子供による「東北ユースオーケストラ」を創設して被災者を支援してもきました。

彼が死期近くに発したもう一つのメッセージが東京の明治神宮外苑再開発案についてです。再開発についての概要は去年の記事「神宮外苑再開発で風致地区の樹木伐採、高層ビルの杜に」にまとめていますが、都心のオアシスである公園の樹木を伐採し、高層ビルや大規模施設を建てて再開発するというものです。

ここ数年厳しい闘病を続けてきた彼はこの件について発言する気力や体力がなかったと東京新聞の記事で伝えています。この時は既に自分の死期が近づいていたのを意識していたのか、こう語っています

「未来のことを考えた時、あの美しい場所を守るために何もしなかったのでは禍根を残すことになると思いました。後悔しないように陳情の手紙を出すことにしたのです。」

「100年かけて守り育ててきた樹々を犠牲にすべきではない」「樹々は差別なく万人に恩恵をもたらすが、開発は一部の既得権者と富裕層だけに恩恵をもたらす」などと訴えた坂本龍一の手紙については「神宮外苑再開発再考:反対署名開始から1年たって」で紹介しています。この記事を書いた時はその後すぐに彼の訃報を目にするとは思っていませんでした。

また、後でわかったことですが、同様の手紙は小池東京都知事だけでなく、永岡桂子文部科学大臣、都倉俊一文化庁長官、吉住健一新宿区長、武井雅昭港区長にも送られていたそうです。

この手紙について会見で質問された小池都知事は「事業者の明治神宮にも手紙を送られた方がいいんじゃないでしょうか」と回答。また「再開発計画の見直し、中断について、大臣は権限を持っているが、どうか」と質問された永岡文科大臣は「今のところ考えていない」と答えています。

坂本龍一の遺志としての神宮外苑再開発問題

神宮外苑再開発についてはイコモス石川幹子教授、署名を始めたロシェル・カップ他さまざまな人々が根気強くSNS発信や署名活動、デモ、現地やオンラインでの勉強会などを続けてきましたが、東京新聞をのぞいてはメインメディアであまり報道されてきませんでした。それもあって、認知度も関心もそれほど広がらないうちに工事が認可され、再開発事業の最初の段階である神宮第二球場の解体工事が3月に始まったばかり。

しかし、坂本龍一の訃報が4月2日に発表された後、彼がこの再開発事業に疑問を呈して都知事などに手紙を送っていたことがメディアで報じられるにつれて、この再開発案に対する関心が一気に高まりました。ツイッターでは「神宮外苑1000本の樹木」がトレンド入りし、多くの人がSNSなどでシェアしたこともあり、「神宮外苑1000本の樹木を切らないで~再開発計画は見直しを!」署名は一気に伸びて、4月3日に署名者13万だったのが、5日は16万人を突破しました。(4月8日現在で17万人6千人)

彼が最晩年となる時期に最後の希望として神宮外苑再開発について訴えたことで、これが坂本龍一の遺志としてとらえられ、彼の死を悼む人の心に響いたのでしょう。

今私たちにできること

神宮外苑再開発は樹木伐採だけでなく、風致地区の景観や環境、公共の公園や既存スポーツ施設を破壊して高層の商業施設を建てるということじたい、街づくりの観点からは受け入れがたいものです。こんな案がロンドン、パリ、ニューヨークなどで持ち出されたら気が狂ったかと思われるでしょう。

とはいえ、街づくりというものはそこに住む人々のためのものであり、東京都民がそれで満足しているのなら外から批判するのはお門違いともいえます。一番問題なのは、都民も国民もこの計画について十分に知らされていないままに事が進んでいってしまっているということです。

東京五輪招致に並行して風致地区の高さ制限を緩和したり、都市公園としての指定を解除するといった、過去の規制緩和も含め、再開発案についてもこっそりと「開示」され都市計画審議会で反対もされずに通ってしまいました。

再開発は都によって認可はされたものの、工事はまだやっと始まった段階であり、これからでもこの計画について今一度見直すことは可能です。そのために私たち一人一人は何ができるのでしょうか。

署名を広める

署名についてはこれまでも紹介してきたので、賛同する方は既に署名済みだとは思いますが、周りの方にも紹介してみてはどうかと思うので、再度リンクを貼っておきます。署名に賛同しないにしても、この件について多くの人に知ってもらうことや、このような計画が気が付かないうちに進んでしまうということについてどう思うかという話のきっかけになるかもしれません。

一番多く署名が集まっている「神宮外苑1000本の樹木を切らないで」のほか、秩父宮ラグビー場と神宮球場を守るための署名も別にあります。

地方選挙で民意を反映

ちょうど今、日本では統一地方選挙が行われる時期となっています。

東京に住む人、特に神宮外苑が位置する新宿、渋谷、港区の住民は選挙権を行使することで民意を反映させることができます。候補者が神宮外苑再開発案についてどう考えているのか確認して、投票判断の要素とするのもいいでしょう。

分からない場合は、この件についてどう考えているのか、候補者に様々な方法で質問することもできます。

長期的な取り組み:まちづくりに参加する

そして、この件に限らず、そしてもっと長期的な取り組みになりますが、この件をきっかけにして街づくりに民意を反映させることについて考えることが必要です。

日本ではこのようなことが当たり前なために特に変だと思わない人がいるのも事実です。現に「私有地なのだから所有者のしたいがままにするのが当たり前だろ」という声も聞こえてきます。自分が住んでいる近隣地域でも、ふと気が付いたら隣に高層マンションが立っていたということに慣れているのかもしれません。でも、このようなことは、他の国、例えばイギリスではあり得ません。

どんな小規模な開発(改築や新築などの工事や土地利用用途の変更)であっても、広く告知され、近隣住民は勿論、誰にでも開発計画について意見を述べる権利があります。土地や不動産の所有は私有でもその開発権=まちづくりの権利はみんなのものであるという認識が共有されているからです。

神宮外苑の場合は特に、風致地区や都市公園といった公共性の強い場所で、一部の利権者だけが利益を得るような再開発が計画されることは大問題です。本来は、風致地区や都市公園といった規制を緩和する案が持ち上がった時点で広く都民にその是非を問うべきだったのです。

これをきっかけに、自分の住む地域で起きている都市計画・まちづくりの在り方に関心をもち、周りの人と話し合い、意見や感想を自治体や関係者に伝えるということを日頃から地道にやっていくということを心がけてください。

(敬称略)

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