12月のはじめから中旬にかけてイギリスには寒波が訪れ、気温が零下になる日が続きました。そんな中、低所得者層に食料を無償で提供する「フードバンク」に続いて「ウォームバンク」が全英に広がってきています。エネルギー価格高騰の冬、誰もが暖かい場所で過ごせるようにという取り組みです。
イギリスの寒波と光熱費の暴騰
11月末に日本に一時帰国するまでは、イギリスで「今年の冬はあまり寒くならないね」と言っていたのですが、12月になってイギリスから「気温がマイナス5度になった」と凍り付いた庭や道路の写真が送られてきました。12月19日にイギリスに戻った時は気温は5~10度と例年通りになってしましたが、それでも暖房が必要なのは間違いありません。
とはいえ、イギリスではロシアのウクライナ侵攻の影響などを受け電気やガスなどの光熱費が暴騰し、Heat or Eat(食べるか暖房をつけるか)の選択を迫られる低所得家庭が増えています。 BBCによると、イギリス家庭のガス・電気代は £500 値上がりし、年間で £2,500(約40万円)。1600万人以上の人がエネルギー貧困に陥っていて、暖房をつけられず低体温症で亡くなる人まで出てきています。
高騰する暖房や照明費だけでなく、食料品などのインフレも激しいイギリスでは、もともと低収入の人々が貧困状態に追いやられているだけでなく、中間所得層の間ですらフードバンクを頼りにし始める人が増えているということです。看護師、医療従事者、警察官を対象に行った調査でも、自分や自分の家族のためにフードバンクを利用していると答えた人たちがいると聞いています。
「ウォームバンク(Warm Banks)」
これまでも低所得者層に無償で食料を配布する「フードバンク」はイギリス全土に広がっていて、その恩恵を受けている人も多いのですが、今年の冬はそれだけでは足りないと「ウォームバンク」を提供する団体や自治体がイギリス中で広まっています。
これは、図書館やコミュニティーセンターなどの公共施設、教会やチャリティー団体などが地域の住民に門戸を開き、暖房の効いた暖かく安全な場所を無償で提供するものです。オンラインで 「Warm Banks 」と検索すると、自分が住む地域のウォームバンク候補がたくさん出てきます。さらに、全国のウォームバンクをリストしてマッピングしているサイトも作られ、自分の住むところに近い施設を探したり、提供者がサーヴィスを登録することもできます。現在「ウォームバンク」は全英に3723か所あるようです。
ウォームバンクでは、誰でも暖房のきいた暖かい部屋で過ごすことができるだけでなく、温かい食事や飲み物も供給されます。また、新聞や雑誌を読んだり、インターネットにアクセスしたり、携帯電話を充電したり、健康や生活に関する相談をしたり、情報を得ることができるところも。さらに、一人暮らしの人たちとっては、同じような状況にある地域の人たちとの交流ができることで、互いに支え合う貴重な社交の場としても機能しています。
サッチャー元首相は「“There’s no such thing as society.” 「社会なんていうものは存在しない。」と語り、人々は何でも政府や社会に頼らずに、自分の努力で何とかするべきだと新自由主義的な改革を進めました。そのせいもあり「ゆりかごから墓場まで」と言われた戦後イギリスの福祉制度はもはや見る影もありません。けれども、自らの努力だけではどうにもならないことはあるもので、そのような状況が起きた時、遠くに住んでいるかもしれない家族や親族に頼らずとも、地域コミュニティで助け合いの精神が自発的に起きるのが、イギリス社会の底力だと感じます。
ストライキも多発する「不満の冬」再び?
イギリスではこの冬、公共部門を含む幅広い業種で賃上げを求めるストライキが全国規模で相次いでいます。鉄道職員、郵便スタッフ、入国審査スタッフ、看護師や救急車の運転手などがストを実施、または計画していて、一般市民への影響も避けられません。このようにストライキが起こることは近年ではまれなのですが、エネルギー価格高騰やインフレが賃金上昇に追い付かないとして、看護師などの労働組合は創設されて以来初めてとなる全国規模のストに突入するなど。今年のストライキは、1980年代以降イギリス最大規模となっています。
イギリスでは1970年代後半に「不満の冬(Winter of Discontent)」と呼ばれる冬があり、その時も全国規模でストライキが行われました。この時はごみ収集業者や墓堀り業者がストライキをしたことで、町中にごみが積み上がってネズミが多発したり、埋葬されない死体が山積みになるなどして、国民の「不満」は最高潮に達し、その後行われた総選挙でサッチャー保守党が勝つ要因にもなりました。
今年もこの調子では「不満の冬2022年版」となるのか?この冬のイギリスは寒さも経済状況も厳しいものと言わざるを得ません。
せめてクリスマスの日は誰もが暖かく、楽しく過ごせるようにという人は多くて、それほど親しくない人をも迎え入れるお誘いの声をよく聞きます。我が家がメンバーとなっているご近所WhatsUpグループ(日本のLINEのようなアプリ)では、先ほど「クリスマスの日、誰でもいつでも歓迎なので、ぜひ来てください。」というメッセージが来ていました。イギリス社会の暖かいコミュニティ精神はまだまだ健在のようです。