電気・ガス価格高騰のイギリス:3倍値上げで ‘Heat or Eat’

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London Bus

イギリスで最近よく話題に上るのが高騰しているエネルギーコスト。夏の終わりが近づくにつれ、秋から暖房に必要となるガスや電気代を心配する声が上がっています。Heat or Eat、暖房を使うのと食べるためのどちらにお金を使うのかを選ばなければならないと心配する家庭もあります。どうしてこんなにエネルギーコストが上がっているのでしょうか。

冷房や暖房代を節約する苦肉の策

日本では酷暑の中、エアコンなしで過ごすのは不快どころか健康を害することにもなりかねないと察します。最近、何かで読んだ話に、家にエアコンがない人が(または電気代を節約するためかも)無料乗車券を利用してバスに乗ることで涼んでいると聞き、イギリスでも似たような話があることを思い出しました。

今年の春まだ暖房が必要だった時期に、家の暖房費にかかるガス代を節約するために、年金受給者である高齢女性が無料で乗車できるバスに1日中乗っていたという話がニュースになっていたのです。

「このような高齢者に何か対策をすべきではないか」と聞かれたジョンソン首相は、支援策を提案するどころか「ロンドン市長だった時、高齢者に市バスの24時間無料乗車券を導入したのは私なんですよ。」と自らの市長時代の経歴を自慢して、イギリス国民からの批判を受けていました。

イギリスのエネルギーコスト高騰

イギリスはこのところインフレーションによる物価高で、食料をはじめ様々な日常品が値上がりして家計は苦しくなるばかり。今年6月に発表されたイギリスの消費者物価指数(CPI)は前年比で8.2%と、ここ30年で最高となっています。

特に値上がりが心配されるのがガスや電気、ガソリンなどのエネルギーコストです。夏の間は暖房が要らず(冷房は家庭にはほとんどない)一息つけていましたが、冬が寒いイギリスで秋から春にかけて避けることはできないのが暖房費です。

そんなイギリスで、こんなにエネルギーコストが上がっているのはなぜなのでしょうか。

これはイギリスに限らず世界的な現象で、その理由は大きく二つです。

1.コロナ後の経済回復で産業界からのエネルギー需要が急騰していること

コロナ禍ではロックダウンによってさまざまな産業活動が止まってしまい、エネルギー供給が需要を上回ったことで、エネルギー価格が下がりました。貯蓄が必要となったために価格がマイナスになったことさえあったのです。

その後コロナによる影響がなくなり、様々な業界で通常通りの活動に戻りつつあることで、一時は減っていたエネルギー需要が急速に高まり、今度はその需要に供給が追い付いていないという逆の現象が起こっています。

2.ウクライナ危機でロシアからのガスや原油の輸出が減少していること

これまで、ガスや原油の主要輸出国であったロシアがウクライナ侵攻を開始したことで、ヨーロッパのエネルギー危機は深刻になっています。

というのも、欧州による石油輸入の27%、天然ガス輸入の45%がロシアからを占めているからです。たとえば、ドイツは2020年に天然ガス輸入の半分、石油輸入の3割をロシアに依存していました。

https://globalpea.com/ukraine-energy

イギリスはロシアからの輸入にそれほど頼っておらず、天然ガスのロシア依存は3%に過ぎません。でも、ロシアのウクライナ侵攻により、世界市場でのエネルギー価格が高騰しているので、影響を受けるのはどこも同じです。

さらに、サウジアラビアなど中東産油国の供給はなかなか増えません。バイデン大統領やジョンソン首相はわざわざサウジアラビアを訪問して原油の供給を増やすように交渉しましたが、あまり効果はなかったようです。

BPやShellなどの石油会社、またサウジアラビアなどの産油国にとっては、コストをかけて増産することで供給を増やし価格を下げるよりも、少ない供給量で高価格を維持した方が利益が大きいからです。

イギリスのエネルギー価格はどれだけ高騰しているのか

それでは、イギリスのエネルギー価格は具体的にどれだけ高騰しているのでしょうか。

イギリスの電気・ガス産業はかつては国営でしたが、サッチャー政権によって民営化されてからは民間企業が供給しており、各社が家庭向けの料金を設定しています。

実は、コロナ前の2017年にイギリス政府は民間のエネルギー供給会社が一般家庭に課すエネルギー小売り価格に上限額を設定しました。そうすることによって、民間企業が不当に料金を値上げすることを規制したのです。

エネルギー供給の自由化により50以上のガス小売り会社が生まれたこともあり、当時は複数のエネルギー会社が価格競争をしていました。なので、供給会社を変えることでガス代が安くなる時もあったのですが、それも今は昔。

コロナ後の世界的なエネルギー価格高騰のため、その負担に耐えられない会社の倒産ラッシュが起きて、半数以上が消えてなくなりました。

残った会社もすべて上限額を実際の小売価格としているため、プライスキャップに意味がなくなってきています。そしてこの上限額は、この4月に約700ポンド値上がりして、今は年間約2000ポンド(約32万円)。しかも、これが今年2022年10月にはさらに値上がりして、約3200ポンド(約52万円)となる予定だというのです。

それだけではすみません。この価格が2023年1月には約4000ポンド(約64万円)になると予想されています。この調子で行くと、たった1年のうちに3倍以上になる計算です。

ガス電気代は家庭によって異なりますが、平均的な家庭の使用量で計算すると、10月に約200ポンド(約32,000円)、1月には8万円にまでなる見込みです。一般家庭にとってガス電気代だけで月に8万円もかかるということは大変な重荷で、調査によると、エネルギーコストが家計の1割を超す世帯がイギリス家庭の2/3に上る見込みだということ。

貧困家庭では、暖房費を捻出するためには食費を削らざるを得ないという、まさに「Heat or eat」の厳しい選択となってしまうのです。

エネルギーコスト高騰の影響

コロナやウクライナ紛争が起こるまでは、グローバル化した世界で国際交流や貿易が当たり前に行われていました。それが、一つの地域で始まった感染病や一国での紛争によって世界全体にこれだけの影響を与えるということを思い知らされているのがイギリスの現状です。

エネルギー価格は一般家庭のガス電気代だけではなく、すべての製品製造や物流全般、農業や漁業など広範囲に影響を及ぼします。トラクターを動かす燃料や貯蔵・輸送コストが上がると、食品が値上がりするし、ガス電気代や食料など生活必需品のコストが上がると、レジャーや外食など他に使えるお金が少なくなるので、そういう産業でも需要が減ります。

このような物価上昇に賃金が追い付いていないということで、この夏はイギリス各地で抗議デモやストライキも起こっています。賃上げ要求ストライキなんて、サッチャー以来ここ数十年はあまり聞いたことがなかったのですが、地下鉄や列車のストで公共交通が麻痺。

そのために不便を強いられる一般国民の中にも、ストライキを行う労働者の気持ちが理解できるという人が少なくないようです。物価が10%上がり、ガス代が3倍になるというのに、今のままの賃金では家計が苦しくなるのは目に見えているから。

今年は、イギリスにとって厳しい冬となりそうです。

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