ロシアのウクライナ侵攻によって起きるエネルギー問題については既に書きましたが、ロシアとウクライナという2大穀物大国で思いのほか長く続く戦争によって、食糧についても同じような危機が懸念されます。それはこの2国だけの問題、または穀物だけの問題ではなく、世界の食糧事情に大きくかかわってくるのです。
「ヨーロッパのパン籠」ウクライナとロシアの食料生産
この紛争が始まるまで、ウクライナという遠い東欧の国については知らないことばかりでした。今ではおなじみになった、青と黄色の国旗についても、紛争が始まってから知ったという人も多いのではないかと思います。
あの国旗の青は空、黄色は大地に実る小麦を表すと言われています。広がる青空を背景にした雄大な穀物地帯はウクライナが豊かな農業国であることを象徴しています。
ウクライナは「ヨーロッパのパン籠」と呼ばれるほど、小麦や大麦などの穀物生産が多い国です。そして、ロシアも広い国土から穀物をたくさん生産しています。ロシアとウクライナを合わせると世界の穀物輸出の29%を占めると言われているのです。
そして、ウクライナはひまわりでも有名で、国旗の黄色をひまわり畑で表しているのも見たことがあります。昔のものですが「ひまわり」というイタリア映画でも、ウクライナに一面広がるひまわり畑のシーンが印象的でした。
そのひまわりは、花のために植えられていたのではなく、油や種をとるためのものです。ウクライナやロシアでは、ひまわり油などの植物油も多く生産しているのです。
このように穀物や食料油などを合わせると、この2国合わせて世界で消費されるカロリーの12%を生産しているのですから、その影響はかなり大きいものと言えます。
さらに、ロシアは世界でも有数の肥料生産国でもあることから、他の農産物の生産にも影響を与えます。
世界への影響
ロシアとウクライナはこのような食料を自国で消費しているだけでなく、その多くを世界各国へ輸出しています。主な輸出品は穀物(小麦、大麦、とうもりこし)やひまわり種、植物油などで、これには人間用の食料だけでなく、動物の飼料も含まれます。
この2国の穀物輸出先は近隣国にとどまらず、世界各国にわたります。イラン、イラク、シリア、UAEなどの中東諸国やナイジェリアなどのアフリカ諸国では、この地域からの輸出品に大きく依存しています。たとえば、エジプトは小麦の80%をロシアとウクライナから、レバノンは50%をウクライナから輸入しています。
さらに、アジアでもバングラデシュやパキスタンなどの国がこの2国から穀物を輸入しています。とりわけ問題なのは、これらの穀物輸入国に国民所得の低い国が多いことです。
食糧不足の懸念はこれら2国からの輸出食糧だけにとどまりません。それはロシアが農業用肥料の輸出大国であり、世界中の農業がこれにたよっているからです。
たとえば、農業国のブラジルではコーヒー、砂糖、大豆を生産していますが、そのためにロシアからの輸入肥料に大きく依存しています。この肥料がなければ、このような農産品も生産できないのです。
ウクライナ紛争による影響
ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、戦争じたいについての問題があまりに大きいので、食糧問題についてはあまり声高に議論されていませんでした。
けれども戦争が長引くにつれ、食糧危機の可能性についても、もはや無視できないという声が上がってきつつあります。
当面の穀物不足
まず、当面の問題は既にウクライナやロシアで生産され保管してある輸出用食料の調達が難しくなっているという問題です。
ウクライナで生産された食料の多くは、南部にある港から船で輸出されます。けれどもそれらの地域では、ロシアによる爆撃で港湾設備が爆撃されて使えなくなっているところが多いのです。また、港で通常の作業を安全にできる状況ではないため、輸出業務もほとんどストップしている状態です。それでなくても、労働者が兵隊にとられたり、国外に避難しているため、働く人も不足しています。
ウクライナとは異なり、ロシアじたいは戦地にもなっていないし、労働者も普通に働いています。けれども、ロシアのウクライナ侵攻に反対する西側諸国の経済制裁のために、ロシアからの輸出が難しくなっています。SWIFTをはじめ、これまでの支払いサービスが停止になっているために、通常の貿易が難しくなってしまっているのです。
将来の食料不足
戦争が終わったら、この問題は解決するのでしょうか。2月末に始まった侵攻がすぐに終わっていたらその可能性もあったのですが、これだけ長引いてしまうとそういうわけにはいきそうもありません。
農業というものは、春に種まきや作付けをして夏から秋にかけて収穫するのが普通です。紛争が始まったのは2月末ですが、すでに4月になってしまい、今年は大幅に作付けが減るでしょう。
ウクライナの春の作付けは、侵攻前に予想された1500万ヘクタールから50%減少する見込みだと推測されています。これにより、今年の生産は1/3ほど減少が予想されています。
戦争がどれだけ長く続くかによっては、来年以降、将来の生産についても心配すべき時期にきています。人手不足や農業施設の被害、肥料不足などの影響も少なからず出てくるでしょう。
それでは、代わりに他の国からの食料供給を短期的に大幅に増やすことはできないのでしょうか。
他の農業大国であるカナダや米国で、余分に食料を生産する余地があればいいのですが、近代農業というものはそう簡単に生産を増やすわけにはいきません。農業生産のためには、肥料も農業機械を動かすためのエネルギーも必要になるのですが、そのどちらも不足または価格高騰しています。
肥料不足による農業への影響
さらなる問題は肥料不足による他の農産物への影響についてです。
ロシアとベラルーシは、農業生産に不可欠な肥料の原料となるPotash(塩化カリウム)の多くを生産し輸出しています。ロシアは世界シェアの20%、ベラルーシは18%を握っていて、この2国で4割近くを占めている計算となります。
カリ資源の世界各国の生産量を比べると、カナダ、ロシア、ベラルーシ、ドイツと続き、これらの国で資源の8割となっています。このように、肥料の生産国は世界でもかなり偏っているのです。世界中の農業がこれらのカリ肥料に頼っているため、このままでは農業従事者の4/5が肥料不足や価格高騰の影響を受けると言われています。
昨今の農業生産は肥料に大きく頼っていて、それなしには生産量が激減してしまいます。今では世界人口の約半数が肥料のおかげで食料を得ているということです。
それなら有機栽培にスイッチするということは、すぐにできることではありません。肥料がないと世界中で食糧不足になってしまうのが近代農業の性質なのです。
農業用肥料はウクライナ侵攻前にもすでに値上がりしていたこともあり、肥料不足からさらなる高騰が予想されます。このため、広い範囲での農業生産品の値上がりが消費者へのさらなる負担となってくることは自明です。
食糧不足と値上がり
食糧不足と値上がりについては、ウクライナ紛争前から既にその傾向がありました。その背景には新型コロナウィルス流行による供給チェーン30%減の影響、インフレや保護貿易などがあります。
ロシアとウクライナはすでに穀物輸出や肥料輸出を制限しています。「アラブの春」が起こった2007~2008年にもロシアが輸出制限をしたことで、穀物が値上がりしたことが思い出されます。さらに、アルゼンチン、トルコなど他にも食物輸出を制限し始める国が増えてきました。
すでにウクライナ紛争後に穀物価格は1/3値上がりしていますが、これからは供給そのものが不足しそうです。
先進国に住む人にとっては、パンやケーキの値上がりですみますが、貧しい国では食料品価格の高騰は深刻です。貧困が進んだり、最貧困層の飢餓問題にまで発展するリスクさえあるからです。
食糧安全保障
ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー問題で、主にヨーロッパ諸国がエネルギー安全保障について真剣に考え直すということがありましたが、これからは食料についても安全保障を考えないといけないということになります。
例えば、イギリスや日本は自国で消費する食料をかなり輸入に頼っています。狭い島国で農業生産するよりも、米国やオーストラリアで大量生産された食料を輸入した方が安くつくからです。
けれども、将来何らかの問題が起きて、思うように食糧輸入ができなくなる事態への備えも必要になってくるのではないでしょうか。
たとえば日本の地方では高齢化や人口流出が進み、耕作放棄地も多くなっています。それを活用して、ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)で農業と併存していくことなども真剣に検討する必要があるかもしれません。これによって、再エネによるエネルギー安全保障とと食品安全保障を両立させることができるからです。
このような取り組みは、新しい形での農業経営や地方部の地域経済の地盤強化にもつながります。
SDGsの目標でもある「エネルギー」「環境問題」「食料安全保障」「経済成長」と、幅広い分野での問題解決をはかる可能性があるといえるでしょう。
参考記事:
Ukraine war threatens a global wheat crisis and could put food out of reach for world’s poorest
Ukraine invasion may lead to worldwide food crisis, warns UN