イギリスのヘリテージ・オープン・デーズ(Heritage Open Days)は各地にある歴史ある建物や屋外空間など、普段は公開されていないところを一般公開する活動です。このガイドツアーに参加してきたので、その様子を紹介します。
Heritage Open Days
イギリスにはヘリテージ・オープン・デーズ(Heritage Open Days)という活動が全国で行われています。ナショナル・トラストやロッタリー(宝くじ)基金などが出資しているもので、毎年9月に各地にある歴史ある建物や屋外空間など、普段は公開されていないところを一般公開する活動です。
各地の地方自治体や宗教団体、文化機関、不動産所有者などと協力して、さまざまな建築物、公園、産業・教育・文化・宗教機関などが門戸をあけます。
私も過去にイギリスの地方自治体で働いていた時に、このようなプロジェクトにかかわったことがあります。準備や交渉などに時間がかかるのですが、一般の参加者に感謝され、地元の建築物や歴史への関心を高め、街への愛着を持ってもらえるためのいい機会なのです。
私の地元はイングランド北西部にあるサウスポートという街ですが、ここでもいくつかの催しが計画されていました。そのうち、ガイド付きで街の中心部を案内してもらうツアー二つに参加しました。
一つは、この街にあった、かつての映画館を回るもの、もう一つはタウンセンターを中心に、この街ができた由来やそれからの歴史を学びながら歩くものでした。
昔の映画館ツアー
今ではサウスポートには映画館が二つしかありません。一つは街のはずれにできた大きな駐車場付きのレジャーエリアにできたマルチプレックスの大きなシネマ、もう一つはコミュニティ・シネマと呼ばれる、会員制の小さな映画館です。
前者は全国チェーンのTOHOシネマや松竹マルチプレックスのようなもの、後者は日本の昔の名画座のようなものですが、営利目的ではなく、会員のためにこじんまりとやっています。
その中間の「普通」の地元経営の商業的な映画館はないのですが、昔は街に様々な映画館があったのです。その映画館の名残を見るツアーでした。
サイレント映画の時代のものから、トーキーになり、映画館全盛時代だった時のものなど、街のあちこちに残る映画館の跡地や閉館後そのまま残っている建物を外から見ながら案内を聞きました。
中心部にあった豪華な建物は取り壊され、その後にはホテルやスーパーマーケットが建ったということで、その面影はありません。でも、ガイドの郷土史家が昔はこうだったという白黒写真を見せてくれたので、今の風景と比べてみることができました。
この映画館は三階建て前面にポーチがついてカフェバーがあり、とても豪華な作りだったそうです。前には広場があり、噴水が作られ、花壇で飾られていました。
けれども、映画館が閉館してから、建物は取り壊され、代わりにスーパーマーケットが建っています。このスーパーマーケットの全面には、アーケードのようなガラス張りの屋根がついています。
これまで、雨の日は便利だし、デザインがスーパーマーケットらしくなく、しゃれているなと思っていたのですが、これはその前にあった映画館のデザインを模したものだったのだと、今回初めてわかりました。
そう知って改めて見てみると、スーパーマーケットとして建て替える時に周りの景観に考慮して設計されたらしく、高さ3階建ての煉瓦造りで、窓なども隣の建物のものと合うようにデザインされています。
幸い、映画館の前にあった広場はそのまま公共スペースとして残してあり、地元の人の憩いの場となっています。
スーパーやカフェでサンドイッチや飲み物を買って、ここでゆっくり休むこともできて便利。映画館時代に作られた池やその真ん中にあるマーメイド像は今でも残っていて、その美しい姿を愛でることができます。
街の歴史ツアー
その次の週、今度はサウスポートの街の歴史をめぐるガイドツアーに参加しました。
この街はかつて海辺の砂浜で何もなかったところなのですが、18世紀末に、少し北にある村のホテル主が目をつけて新しいホテルを建てて「サウスポート」と名付けて開発したのが始まりです。
その後、海辺の保養地として発展し、ヴィクトリア朝時代には鉄道でたくさんのホリデー客がやって来るようになり、格好の高級住宅地としても人気が出ました。
その、街の起源から歴史に沿って、目の前にある建物や公園、石碑や像などの記念物と紐づけて説明を聞きながら歩き回るガイドツアーはとても興味深いものでした。
街のだいたいの歴史は知っていたつもりだし、代表的な建築物についての知識もあったのですが、知らないものもたくさん。毎日、何気なく通り過ぎていたのに、今まで何を見ていたのだろうと自分の無知と無関心にもあきれました。
映画館もしかりですが、この街にはヴィクトリア朝の大英帝国時代に豪華な建築物がたくさん建設され、公園や広場などの公共スペースも整えられました。
海辺のリゾートにふさわしいプロムナードやビーチ、ヨットハーバー、ピア(桟橋)、屋外プール、遊園地などをはじめ、動物園やサーカス、オペラハウスにシアター、スケートリンクなどがあるガラス張りのウインターガーデンがあったということですが、これらの建物はもうありません。
それらの跡地を見たり、今でも残っているヴィクトリア朝時代のプールハウスや公園、ピアをめぐって、かつてトラムや馬車に乗って紳士淑女が闊歩したであろう時代に思いをはせました。
ガイドの説明もさることながら、ツアーに参加していた一般人の話も興味津々でした。15人くらいの参加者の中には地元の人も多く、中にはこの街で生まれ育ったという高齢者もいました。その人たちが「私が子供の頃は。。」とガイドも知らないような話をしてくれるので、途端にその時代が生き生きとよみがえるようでした。
ヘリテージは共有財産
イギリスでは歴史的、建築的に重要な建築物や空間が都市計画上の法律で「Listed Building」や「Conservation Area」として保存維持されています。
それらのヘリテージは公有・私有にかからわず、自治体がその保存・修復の責任を担い、そのための予算も割り当てられます。その予算の範囲内で、建物の保存だけでなく「アウトリーチ」活動をすることが推奨され、支援金を受ける際に義務付けられることもあります。
私が自治体で働いていた時も、ヘリテージのアウトリーチ活動として、リーフレット作成、説明展示、オープンデーなどを行い、一般市民に関心を持ってもらう取り組みをしていました。このような活動を地道に行うことで地元の人に興味を持ってもらうことができ、長い目で見ると、街に誇りや愛着を持つ人を増やすことにつながります。
たとえば、サウスポートでも、使われなくなった映画館が壊されるということになった時、その建物に愛着がある地元民が反対してその計画が頓挫するということがありました。
その建物はそれからもずっと使われないままですが、最近になってやっと修復、再開発の計画ができたそうです。
歴史ある建物を壊してぴかぴか(ぺらぺら)のビルを建てることは簡単ですが、その安普請ビルは数十年もすれば薄汚くなります。
スクラップアンドビルドを繰り返すのでなく、せっかくそこにある、100年たっても頑丈で美しい建物を修復して使い続けるのは、いかにもイギリスらしいやり方です。
その陰には、古い、見慣れた景観をできるだけ残したいという地元市民の愛着と街への誇りがあるのです。そんな地元の人に愛され守られている街が全国中にあるので、誰もかれもが「花のロンドンに住みたい」とばかり、首都に一極集中しがちな傾向から免れているともいえます。