五輪と都市計画:2012年ロンドンオリンピック

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London Olympics

東京五輪大会が1年延期のうえ、8月8日に閉会しました。コロナによる混乱はなかったとはいえ、これまでも五輪大会では様々な問題がつきものでした。その中でも五輪という一大イヴェントが終わった後、都市はどうなるのかという「レガシー」について2012年ロンドン五輪を主に振り返ってみます。

2012年ロンドン五輪

五輪を招致し、大きな国家予算をかけて五輪施設を作ったのはいいけれど、そのせいで財政破綻に陥ったり、その後五輪施設がそのまま打ち捨てられてしまったような事例は少なくありません。五輪大会のためだけに建てられた大規模施設が使い物にならなくなったり、維持費がかかりすぎてホワイトエレファントになってしまうというのはよく聞く話です。
2012年オリンピック・パラリンピックの際にロンドンが目指したのは、五輪大会そのものだけを目的とするのではなく、オリンピックの「レガシー」として荒廃地区の地域活性化を成功させることでした。経済発展を続けていた国際都市ロンドンの中で、それまでお荷物として打ち捨てられていたエリアを、五輪をきっかけとして長期ヴィジョンのもとに持続可能な方法で再開発しようとしたのです。
五輪会場となった東ロンドンのストラトフォード地域は、当時ロンドンで最も開発が遅れ、移民や失業者が多く住む貧しいエリアでした。古い工業地帯が衰退したまま残っていたり、ごみや廃棄物が打ち捨てられた風景が広がっていたりするところ。ロンドン中心部へのアクセスも不便で、治安が悪く、外部の人はあまり足を運ばないような忘れられた存在だったのです。

「ブラウンフィールド」再生と持続可能性

イギリスは早くから産業革命で発展してきた国で、古い産業廃棄物や汚染土がそのまま打ち捨てられた「ブラウンフィールド」と呼ばれる荒廃地・低利用地が今でもあちこちに残っています。今のように厳しい環境基準ができる前から操業を続けてきた産業地帯では、長年の土壌・河川汚染問題や廃棄物、使用されないまま残っている産業建築物などがあるため、簡単に再開発するわけにはいきません。何もない「グリーンフィールド」の更地に比べ、「ブラウンフイールド」の土地を開発するのには余計なコストがかかるため、利益を追求する民間の開発業者は敬遠しがちです。
イーストロンドンも、古い化学工場や倉庫、廃棄物処理施設などがあった地域です。そこにあるリー川は水質汚染がひどく、古い化学工場や廃棄場があるエリアには土壌汚染問題があって開発が簡単にはできませんでした。そのような地域がロンドン五輪をきっかけに土壌や河川の汚染問題が解決されて開発整備されることになったのです。
さらにロンドン・オリンピックは「持続可能性」を大会目標にかかげ、廃棄物やCO2排出を最小にするために、既存施設を再利用したり、できるものはリサイクルする方針を立てました。大会用に新設するものはその後の長期利用を見込んで計画し、持続可能性を考慮したイヴェントの在り方を提言したのです。

交通整備とアクセス改善

ストラトフォードなどの東ロンドンはそれまではアクセスも不便なところだったので、公共交通機関の改善も必須でした。
このため、ロンドン中心部から地下鉄やDLRライトレールウエイで約30分でアクセスできるようになったほか、ユーロスターのターミナルであるセントパンクラス駅から高速シャトルで17分と、交通アクセスも改善されました。

さらに、2008年にボリス・ジョンソン市長(現英国首相)が就任してからは、ロンドン全域で自転車革命が推し進められました。各地で自転車レーンや駐輪場を整備し、のちに「ボリス・バイク」と呼ばれるようになった自転車レンタルシステムができたのです。
ロンドン中心部に自家用車で乗り入れる際に払わなければならない「渋滞税」が導入されていたこともあり、ロンドンでは自転車利用が増えました。

インフラ整備と施設建設

ロンドン五輪大会のために新設されたスタジアムは大会後に改修され、今はウエストハム・ユナイテッドFCのスタジアムとなっているほか、他の様々な施設も再活用されています。
ザハ・ハディド設計の水泳センターは通常は市民プールとして活躍しているほか、国際水泳イヴェントにも利用されています。
さらに、ロンドンオリンピックのメディア基地となった報道センターは大会後、「Here East」というデジタルビジネスの拠点として生まれ変わりました。ここには最先端の通信インフラが備え付けられていたので、メディアやAI関係をはじめとするスタートアップ会社や起業家などが集まり、多くの雇用を生み出しました。
ロンドン東部のハックニーエリアはもともと若者が多いヒップなところでしたが、そこにビジネスや起業家が加わって、活気を増しているようです。
この辺りはロンドン東南部に位置するシティ金融街にも近く、その利便性から、東から東南部にかけてのエリアもオフィス街として開発されつつあり、周辺部にも開発の影響が及んでいます。

住宅と緑のヴィレッジ

ロンドンオリンピック選手村の宿泊施設は大会後は「East Village」という住宅地に生まれ変わりました。ここでは、低価格の家賃で住める Affordable Housing を多数提供して、住宅価格が高騰しているロンドンでも、比較的安価な家賃で住めることで注目が集まり、オープン後すぐ満室になりました。

「ヴィレッジ」の名前の通り、ここは住宅だけでなく、学校や大学の研究所など教育機関、店舗、飲食店、複合施設、医療機関などが整備され、40%が緑で覆われるコミュニティになっています。
ただ住む場所だけではなく、文化・教育・就業・コミュニティ施設が完備した「緑あふれるニュータウン」を目指して、V&A博物館、UCLなどの大学、ダンススタジオなどと協力して様々な活動の場が与えられたことが功を奏しているのです。
ストラトフォードには「ウエストフィールド・ショッピングセンター」という、大型ショッピングセンターも作られ、店舗のほか飲食店や娯楽施設なども完備しています。

環境保護と自然との共生

ロンドン五輪では、環境に配慮した大会が目標に掲げられ、大会終了後の再開発のテーマも「自然との共生」です。
オリンピック会場は「クイーンエリザベス・オリンピックパーク=Queen Elizabeth Olympic Park」として再生されました。
河川浄化が行われたリー川という地の利を生かして、川沿いに適した湿地植物が植えられ、イギリス産の樹木も植林して広大な緑地に再生することで生態系の保護にも寄与しました。
公園内にはさらに、イギリス式庭園、カフェ、イヴェント広場などを配することで、荒廃地が多くの人に利用される緑の公共空間に生まれ変わったのです。

ロンドン五輪後の問題

ロンドンでは五輪をきっかけに、荒廃していたイーストエリアを再生し緑あふれたニュータウンを作るというレガシー目標は成功に終わったと言ってもいいかもしれません。とはいえ、逆に問題も生まれました。

都市の再開発、また五輪のような大規模イヴェントにはつきものと言っていい、ジェントリフィケーションの問題です。

ロンドンはイギリスの他の地域に比べ、もともと不動産価格が高いところです。それでも五輪前は荒廃していたこの辺りは住宅価格や家賃が他に比べると安かったため、移民や貧困層でも暮らしていけたのですが、五輪で様変わりしてしまいました。オリンピック会場周辺の不動産価格は5培にまで急騰したと言われています。
ロンドン全般も不動産価格は上がっていますが、これほどではありません。他地区との格差を解消するための貧困地区再開発によって不動産価格の格差は小さくなりましたが、不動産を所有しない住民にとってはどうでしょうか。
ロンドンの他の地域が高すぎてここに住み着いた貧困層にとっては、最後のすみかがなくなったと言っていいかもしれません。運よくEast Villageの低価格住宅にありついた人々はいいのですが、それ以外の低所得者層世帯は、もはや高騰を続ける家賃についていけなくなってしまったのです。

東京五輪で2度立ち退きになった老人

今回の東京五輪でも、立ち退きになった高齢者について、ロイターの英語記事が取り上げていました。取り上げられていたのは87歳の男性です。
この人は、1964年の東京五輪の際に国立競技場建設のために立ち退きを余儀なくされました。その時はまだ若かったし、東京五輪という国の栄光に貢献できることが誇らしかったと語ります。
その後、この男性は1965年からずっと夫婦で公営団地でたばこ屋を営んでいました。けれども、今回は2020年東京五輪の新国立競技場建設のために、都営アパート住民200世帯が立ち退きを命じられてしまったのです。立ち退き者の多くは高齢者で、昔ながらのコミュニティがばらばらになってしまったことを悲しんだり、憤りを感じているといいます。
都市の再開発や五輪大会にはこういうエピソードが不可避のようです。大規模な地域開発や国際的事業のためには仕方がないことなのかもしれません。

2016年リオ五輪では2万世帯以上、8万人近くの住民が強制退去させられたと伝えられています。立ち退きを拒否した住民の住まいはブルドーザーで破壊され、五輪後は富裕層向けのマンションと化しているとか。

誰のための五輪か

「平和の祭典」のはずのオリンピックですが、いったい誰のための五輪なのかは今一度、皆で考えるべき問題です。前回お伝えしたホームレスの件もしかりですが、「夢の祭典」の陰で、社会において弱い立場の人にばかり大きなしわ寄せが行くようなことでは意味がありません。
今回の東京五輪はパンデミック禍で行われることもあって、国民の間でも賛否両論の大会となってしまいました。女性・人種差別などさまざまな問題が取りざたされたことも否めません。コロナ前だったとはいえ、全国各地で行われ、大成功を収めた2019年ラグビーワールドカップとは対照的です。
これらのことも含め、大会が終わった後で一連の事象を振り返り検証して、東京五輪のレガシーとして何を残すのかを議論することが重要です。

https://globalpea.com/olympics-homeless

 

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