オーバーツーリズム問題解消:ヴェネツィアがクルーズ船禁止

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Cruise Ship Venice

イタリアのヴェネツィア(ベニス、ベネチア)ではこのほど中心部への大型クルーズ船の入港を禁止すると発表しました。世界遺産にも登録されている水の都ヴェネツィアではかねてからオーバーツーリズム(観光公害)が問題となっていて、それに対応するための様々な施策が検討されてきましたが、難航していました。去年は思いがけずコロナで観光客が激減したヴェネツィアでは、改めてこれから街がどのようにやっていくのかを熟考した上での決定だったようです。

人が住む町と観光地

私は数十年前にバックパッキングでヨーロッパ中を回る旅をしました。イタリアだけでもたくさんの街を訪れる中で、ヴェネツィアはもちろん外せない観光名所。

ヴェネツィアはそのころからローマ、フィレンツェと並び、イタリアの観光地としては目玉でしたが、その頃はまだ格安航空もクルーズ船もまれで、今に比べれば観光客は少なかったと言えます。

中心街を離れてちょっと小道にはずれると、古いアパートメントに住んでいる人たちが普通に暮らしている様子もありました。

ヴェネツィアのサンマルコ広場、宮殿や教会、邸宅などの豪華な建築物。運河にかかる橋から眺める風景。車のいない、うねうねとした石畳の細道や運河に映る美しい街並みはほかのどこにもない、宝石箱のようなところです。

けれども、私にとってヴェネチアは観光客用の博物館のような感じがして、他の街ほどは惹かれなかったというのが正直な感想。

当時私の心に強く残ったのはイタリアでもシエナとかルッカといった、中規模の普通の街でした。

このようなところには今ではかなり観光客も来るようですが、その頃は観光以外の産業で生計を立てている普通の人々が住んでいるところといった雰囲気。

その町に家族代々ずっと住んでいるというような人たちが自分たちの街に愛着を持って日々の暮らしを送っている様子が垣間見えて、それが私には魅力的に映ったのです。

ヴェネツィアのような特別な観光ポイントや豪華な宮殿があるわけでなく、3~4階建てのつつましい古い建物を一般住民が修理維持しながら使い続けていました。

古い建物でも窓やドアには幾重にもペンキが塗り重ねられ、玄関ドアをきれいに拭いている住民がいたり、窓にはゼラニウムの鉢がきれいに飾ってあります。

街の広場には私のような旅人が座るベンチや喉を潤す井戸もあり、鳩が戯れ、ご近所の老人がおしゃべりしていたり、子供が遊んでいるといったところです。

ヴェネツィアのテーマパーク化

ヴェネツィアはそのころからもローマ、フィレンツェとならび3大観光地でした。

ローマやフィレンツェは街の規模が大きいため、観光客が大量に押しかけてもそれほど問題にはなりません。普通の住民が暮らす産業も地区も観光産業と共存できるのです。

けれども、ヴェネツィアは小さい街なのでそうはいきません。

ツーリズムが成功したばかりに街がテーマパーク化すると、もともと観光客を引き付けてきた魅力が色あせていくという矛盾が出てきます。

格安航空券が出回るようになったり、大型のクルーズ船が観光客を大量に連れてくるようになり、観光客の数がうなぎのぼりに増え続けた結果、ヴェネツィアは観光客を対象にした産業で生計を立てる人が多くなりました。

それと共にホテルや飲食店、土産物屋などが増え、普通の人が住む住宅は家賃が高騰してしまいました。1951年には17万人いた住民が今は5万人台と3分の1に減少したのです。

観光客用のサービスばかり増えて普通の生活をするためのパン屋とか食料品店などが少なくなり、地元住民にとって住みにくくなり、もともといた住民は郊外に引っ越していってしまいました。

オーバーツーリズム問題

地元住民5万人のヴェネツィアにやってくる観光客は年間約2500万人。

このうち宿泊客は4割程度で、残りは日中やってくるだけの訪問客。その多くが大型クルーズ船が連れてくる観光客ということです。

大量の観光客を連れてくる大型クルーズ船は有名なサン・マルコ広場まで入船してきて景観を台無しにするだけでなく、ラグーン(潟)の環境にも悪影響を与えます。

また大型の船が起こす波によって浸食が進み、地盤沈下の原因にもなっているのです。

数年前にクルーズ船と小船の衝突事故が起きた後には大型クルーズ船運航に抗議するデモも起きました。

クルーズ船のみならず、オーバーツーリズムによる様々な弊害は多くの人が指摘していて、ヴェネツィア議会ではクルーズ船航行制限のほか、観光税の導入などについても検討されてきました。

けれども、観光産業に地元経済の多くを頼っている街なので観光客が減るのを懸念する人々も多く、賛否両論出る中、なかなか最終的な結論が出ませんでした。

パンデミックによる観光客減少

そんな中、思いがけずにやってきたのが新型コロナウィルスの流行です。ヴェネツィアのある北イタリアはヨーロッパではその被害を最初に被った地域です。

ロックダウン導入をせざるを得なくなったヴェネツィアでは、それまで押しかけていた観光客が消えてなくなりました。

その結果、騒音が減り空気や運河、ラグーンがきれいになりました。いつも淀んでいた水路の水が透明になり魚も見えるようになったのです。

観光客が激減したことでこれまで頼りにしていた観光収入が途絶え経済的には困窮する人も失業する人もいます。

けれども「オーバーツーリズムを解消するために観光客を減らそう」というのでは反対も多かった案が、コロナの「おかげ」で否応なく現実化してしまったことは、チャンスととらえることもできます。

今こそ、大量の日帰り観光客をさばくテーマパーク型観光地から、地元住民と共存できるサステナブルな観光産業へと舵を切る絶好の機会になり得るかもしれないのです。

今回の大型クルーズ船の中心地航行禁止はそんな背景のもとになされた決定といえます。

ヴェネツィアでは、人口増につながる取り組みをも模索しています。

これまで、観光客向けに利用されていた賃貸し物件を地元の大学生向けのアパートに転換することを検討しているのです。

さらに、地元に伝統産業を呼び戻すために税制を優遇するなどの試みも導入することで、観光産業だけに頼るのではなく、そこに住む住民のための街づくりをしていくことを目標に掲げています。

コロナの「災い転じて福」となるように、ヴェネツィアはこの機にオーバーツーリズム問題の解消になるような方向に向かうのでしょうか。

観光公害:日本や海外の対策事例からみるオーバーツーリズム解決策

 

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