子供の貧困をなくすために:イギリスの学校給食

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School Meals

先進国のはずであるイギリスや日本でも、食べるのにも困るほどの貧困家庭は存在し、お腹を空かせたまま眠りにつく子供たちもいます。イギリスでそのような子供たちを助けるためにサッカー選手のマーカス・ラッシュフォードが尽力していて、その取り組みの輪がイギリス中に広まりつつあります。

イギリスの学校給食

イギリスの公立小学校では、幼稚園年長に当たるクラスから小2までの3年間は生徒全員に無料給食が提供されます。それ以降は一人一食約2.30ポンド(約315円)の給食費を払う必要がありますが、親が失業中だったり、政府からの支援金をのぞいた世帯収入が年間100万円以下の場合は、小中学校の給食が無料になる「Free School Meals」の制度があります。

この無償給食の対象となる生徒数は2019年度、イングランドで130万人で、これは公立学校に通う生徒の15%にあたります。ロンドンやイングランド北部の低所得者地域ではこの率が高く、マンチェスターでは28%となっています。

今年はコロナの影響で職を失ったり家庭収入が減る人が出ているため、新たにこの制度の対象となる家庭が増え、対象となる子供の数が新たに100万人増えるのではないかと予想されています。

ロックダウンで休校中の給食

今年イギリスでは新型コロナウィルスによるロックダウンで3月下旬から数か月、学校が休校となりました。このロックダウン期間、通常なら無償で提供される昼食がなくなるため、満足に食事を得ることができない子供が出ることが問題となったのです。

それで、政府は無償給食の対象となる子供にランチバウチャーを配給する制度を導入しました。スーパーマーケットで使える週15ポンド(約2千円)のバウチャーやギフトカードを配布したのです。この制度は本来は学校給食がある期間を対象として始まったので、学期末になり夏休み開始と共に終了する予定でした。

とはいえ、コロナによるロックダウンや経済破綻で職を失ったり家庭収入が激減した家庭もあります。もともと無償給食の対象となるような家庭では、育ち盛りの子供が満足に食事をとれないような場合もあり、フードバンクなどのチャリティに頼らざるを得ない家庭もあるのです。

マーカス・ラッシュフォードの取り組み

「空腹を抱えたまま眠りにつく子供をなくしたい」と立ち上がったのはマンチェスター・ユナイテッドの若手選手マーカス・ラッシュフォード(22歳)です。マンチェスター近郊の街で育ったマーカス・ラッシュフォードの母は3人の子供を育てるシングルマザーで、彼もやはり無料給食の恩恵にあずかっていました。

彼は同じような境遇の子供を助けたいと、子供の貧困問題解決のために2000万ポンド(約27億円)もの寄付を集め、チャリティ団体FareShare と協力して貧困家庭へ300万食分の食事を提供しました。

さらに、ラッシュフォードはロックダウンの休校で学期中だけとして導入された無償ランチ制度を夏休み中も続けるように政府に要望しました。彼はジョンソン首相に直接電話会談をして、説得するのに成功。政府は通常無償給食の対象となる約130万人の子供に今年の夏休み中、ランチバウチャーを配布すると約束しました。

マーカス・ラッシュフォードは貧困層の子供たちを助けた業績により、マンチェスター大学から歴代最年少で名誉博士号を授与されたほか、10月には大英帝国勲章も授与され、MBEという称号までつくことになりました。

彼はこの受賞に感激しながらも「この受賞はこれからも続く活動のためのスタートに過ぎない。空腹で眠りにつくような子供がいるのは終わりにしたい。」とさらに活動を続ける決意を表しました。

そして、彼はさらなる目標を掲げて政府への署名運動も始め、食事バウチャーの額を週£4.25(約580円)に増額し、これからの学校休暇中もずっと提供し続けることを政府に要求しました。

けれどもジョンソン政権はこれ以上は支援を続けることができないと決めました。学校給食による支援は学期中にだけ適用されるべきで、今年の夏休みにそれを延長したのはコロナによる緊急の例外措置だったとしたのです。その臨時支出は夏休み分だけでも1億2000万ポンドにも上り、これをずっと続けることは財政的に無理だという考えです。

政府の代わりに

けれども、政府が休暇中の無料給食案を退けたというニュースが流れるや否や、イギリス中で猛批判の声がわき上がりました。イギリスらしいと思うのは、ただ政府を批判するだけでなく代わりに自分たちで助けたいという人々がたくさん出てきたことです。わずか1,2日のうちに「政府がやらないのなら私たちが」と困っている子供に昼食を提供する申し出が始まったのです。

まず、地方自治体から給食無料対象の子供に学校休暇中もランチ・バウチャーを配布すると発表するところが続々と出てきました。イギリスの地方自治体はここ10年間保守党政権下の緊縮財政で苦しんでいます。さらに今年は、コロナによる地域経済衰退や救済が必要な貧困家庭増加で、税収入も減少し支出ばかり増えている状況での決断です。

次に、民間企業やボランティア団体なども、学校休暇中に空腹の子供に食料や食事を提供すると申し出るところが出てきました。イギリス中のスーパーマーケットや食料品店、テイクアウトやピザ屋、レストラン、カフェなどありとあらゆるビジネスが加わっています。

その多くが地元の家庭経営だったりする、小さなカフェやテイクアウト店です。コロナ禍で自らの経営も厳しくなっていると予想されますが、そういう事業主だからこそ困っている子供や親の気持ちがわかるのかもしれません。

ツイッターで「子供に無料ランチを提供します」という何百、何千もの申し出がツイートされるたびに、マーカス・ラッシュフォードはサッカーの試合や練習の合間にリツイートして拡散していますが、それも追いつかないほど後から後からこのような申し出が出てきます。

そのうち、まとめサイトまで出てきて、全英フィッシュアンドチップス協会はフィッシュアンドチップスなどの昼食を子供に無料提供する店舗を募り、全国の参加店を紹介しています。

さらに、誰かが全国の無料ランチ提供情報を集めて地図上にマッピングするサイトまで立ち上げました。このサイトを見ると数日間で何千店舗ものお店が集まっています。

社会は存在する

格差の大きいイギリスで、中流以上の人にとっては、この時代に食べるに困るような人がいるということは想像できないことでしょう。裕福な家庭に生まれ私立名門校を出たジョンソン首相などの政治家にとっても、たかだか数百円の昼食代を払えないような家庭の状況を想像することは難しいだろうし、お腹を空かせる子供がいるとしたら、それは親のお金の使い方が悪いのだという考えも浮かぶでしょう。

かつてマーガレット・サッチャーはそれまで学校で無料提供されていた牛乳の配給を廃止して「牛乳泥棒」と呼ばれました。彼女は「学校は教育を提供するところであり、牛乳は家庭で親が与えるべきものだ。」と言ったのです。サッチャー自身は決して裕福な階級の出身ではありませんでしたが、彼女は「社会は存在しない」と語り、国民が安易に政府に頼るのをよしとせず、自助努力を強調しました。

けれども、それぞれの家庭がどんな境遇だったとしても、子供には罪はありません。子供は親も境遇も選んで生まれるわけではないのです。だから、今回の政府の決定に憤慨してイギリス中で「空腹の子供たちに昼食を」と申し出る声が後を絶たないのでしょう。

イギリスでは政府の福祉制度がゆらごうとも、社会は根強く存在するようです。

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