チャーチル「建築が私たちを形作る」英国国会と民主主義

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Churchill

「我々は建物を形作り、その後、建物が我々を形作る」と言ったのは、英国の政治家ウィンストン・チャーチル。彼が建築に興味を持っていたとは意外かもしれませんが、これは国会議事堂の建築についての言葉で、ひいては民主主義についての考察でもあるのです。最近この言葉を思い出させる出来事がイギリス国会で起こりました。

チャーチルの言葉

We shape our buildings and afterwards our buildings shape us.

「我々は建物を形作り、その後、建物が我々を形作る」

これは英国国会議事堂(House of Parliament)の建て替えについて議論されていた1943年10月に、チャーチルが語った言葉です。

House of Commons Chamber

ロンドンのテムズ川沿いに建つ、英国の国会議事堂はもともとは19世紀に建てられたものです。けれども、第二次世界大戦中の1941年5月にドイツ軍の空襲によって大きく破壊されてしまいました。国会が開かれる議場も、その被害があまりに甚大だったため、建て替えが必要になりました。

その時、これを機会に下院の議場を新しいモダンなスタイルにしようという意見がありました。その当時人気があったモダニズムスタイルの、大きくて威風のあるデザインにしようというものです。それは、その頃、世界各国でもてはやされていた大きな半円形の集会場デザインのものでした。

英国国会議事堂のデザイン

しかし、チャーチルは国会議事場をこれまでにあったものと同じデザインにするべきだと言い張りました。国会が開かれる議場はベンチが所狭しと並ぶ、小規模で対面式のデザインです。この理由として、彼は「民主主義において二つの重要な点があるからだ」と主張しました。

一つは国会の議論を行うにあたって、大きすぎる議場はよくないということ。一人一人の席が決まっていて、全員が入れるようなものではだめだというのです。

なぜなら、すべての会議にすべての議員が出席するわけではないので、全員の席を確保したら多くの会議が空席のあるままに討論されることになるからです。国会の議場は、イギリス下院国会議員646人に対し、すべての議席を足しても427席しかありません。このため、重要な議題の討論や議員投票の時は議場に立ち並ぶ議員で部屋がいっぱいとなります。

チャーチルは、すぐ満員になるような小さい部屋だからこそ議論が白熱するのであり、それが民主主義における会議のために重要だと説きました。出席している議員一人一人が自分ごととして討論に参加でき、重要性や緊急感が増すというのです。

「議会はただの機械ではなく、連綿と続く世代の想像力とイギリス国民への尊敬の念の中で続いてきた。国会ではただ議題を機械的に話しあうのではなく、一人一人の議員が個々の人間の顔を持ち、情熱を持って手に汗握って真剣に話し合う場所であるべきだ。」と彼は説きました。「同じような顔をした官僚タイプの議員が多数集まり、中央が決めた事柄が印刷された厚い紙の束に機械的にハンコを押すような議会であるべきではない」というのがチャーチルの考えでした。

チャーチルが主張したもう一つの重要点は、議場の長方形レイアウトです。

イギリス国会では、真ん中に司会役のスピーカーが位置し、その片方に与党、反対側に野党議員が座って議論します。このレイアウトでは、政権を握る与党議員とそれを監視する役目を持つ野党議員が対峙して活発に議論を行うことになります。

まれに議員が自分が属する党の意見に反対するときもあります。そんな時、そういう議員は、もう片方の側に歩いて行ってそちらの側から反対意見を述べなければなりません。この ‘cross the floor’ と象徴的に呼ばれる行動は、このレイアウトでこそ目立つものです。しかも、公の場で行われるために覚悟を持ってする必要があります。

これが半円形だと、人目に付かない間に目立たずにずれていくことができます。そのことについてチャーチルは「その時の天候によって議員がこっそり色を変えてしまうのはよくない」と警告したのです。国会議員は自分の意見に責任を持たなければならず、自党と反する意見があれば、反対側から正々堂々とそれを批判するべきだと。

チャーチル自身も ‘cross the floor’ という行為を議員時代に2度行ったと認めていますが、そんな行為が極めてセンセーショナルな形で行われる出来事が最近起こったのです。国会議員が党と異なる意見を述べるだけでなく、党の所属そのものを換えるというかたちで。

House of Commons

Title: The House of Commons Originator: Photographer AP Rightsholder: Supplier NTB scanpix Source: http://www.scanpix.no

与党から野党へ鞍替えした議員

ここ最近、イギリスではコロナによる行動規制中に官邸で飲み会を行ったジョンソン首相のパーティゲイト事件で、辞任を求める声も出てきて騒然としています。世論調査では首相への支持も、与党保守党への支持も激減。

https://globalpea.com/johnson-resign

そんな中、1月19日の水曜日に「事件」が起こりました。それは、国民の関心が集まる毎週水曜日の首相質問の場である、Prime Minister’s Question=PMQ の直前に明らかになったことです。与党保守党の国会議員であるウエィクフォード議員が野党第一党の労働党に鞍替えしたのです。この議員は2019年の総選挙で北西イングランド、マンチェスターの北にある選挙区で初当選していました。

PMQが始まる前に、通常は与党側の席に座っていた彼が ‘cross the floor’ と呼ばれる行為をして、野党側の席に着き、労働党のスターマー党首に暖かく迎えられました。日本でいうと、自民党議員が立憲民主党議員になるということで、めったにないことです。

スターマー党首はその後PMQでいつものようにジョンソン首相への質問とスピーチをしたのですが、その冒頭で「ジョンソン政権に愛想をつかして労働党に来てくれたウエィクフォード議員を歓迎します。」と造反議員を紹介しました。その日の応答においてジョンソン首相の答えがさえなかったのは言うまでもありません。

ウエイクフォード議員の保守党離脱の主な理由はパーティゲイトではありません。これまで何度も保守党のやり方に賛成できないことがあったと語っています。たとえば、特定の政策について政権を支持できないとした時、地元に計画されている学校新設の資金を停止すると脅かされたということなどを挙げています。

「私は保守党議員である前に選挙区民に大きな責任がある。このまま保守党議員としてやっていくことが地元の人たちのためにならないと判断した。」と彼は語りました。彼の選挙区はもともと労働党議員が選ばれていた地域なので、選挙民からするとそれほど違和感はないのかもしれません。

埴生の宿

チャーチルは国会議事堂デザインについてのスピーチを’Home Sweet Home’(埴生の宿)の歌詞で締めくくりました。

be it ever so humble, there’s no place like home

粗末なれど 我が家にまさる所なし

ねっからの保守派であったチャーチルはこうも語りました。

行動の指針として論理は習慣や伝統には及ばないこともある。
伝統は歴史の知恵の結晶であり、語り継がれて残っているものにはそれだけの価値がある。
組織というものは不正義をただすべきだし、改良もなされるべきだが、変化のための変化は意識しない悪影響を生むことがある。

イギリスを勝利に導いたチャーチルですが、ドイツ敗北後1945年7月に行われた総選挙では、アトリー率いる労働党に敗れました。戦後復興のために、英国民は社会保障の充実をうたう労働党の政策に期待をかけたのです。

けれども、第2次世界大戦が終わってから始まり1950年に完成した国会議事場の再建については、チャーチルの提案が残されました。

国会が行われる部屋はぴかぴかで立派な大規模半円形議場ではなく、これまで通りのこじんまりとした長方形の伝統的デザインです。粗末だけど、これがイギリスらしいと言えるかもしれません。

戦後首相となった労働党のアトリーも、再建された議場で国会議論を始めるにあたってこう述べています。

我々英国人は古い瓶に新しいワインを入れることにかけては、他の国民に比べても長けているようだ。

右か左かと言った政治的立場を問わず、古いものを使い続けるというイギリス人の気質が出ている言葉です。

建築が私たちを形づくる

「我々は建物を形作り、その後、建物が我々を形作る」というのは政治に限った話ではありません。また、部屋のデザインや一つの建築だけに限ったことでもありません。

人間が作る環境、Built Environmentというものは、出来上がった後は、意識する、しないに関係なく、人間の行動様式や社会の在り方を形づくっていきます。そして、これはもっと大きい規模の、コミュニティデザイン、街づくり、都市計画、ひいては国土計画というものにも関わってきます。

だから私たちは建築や都市計画を考えるにあたって、安易にその場やその時、そこにいる人だけの要求や流行をだけ考えることなく、長期的で多様性のある視点で広い角度から検討する必要があるのです。ただ、便利だから、斬新だから、面白くて目を引くからといった単純な理由でこれをやってしまうと、その後長い期間にわたって悪影響を及ぼすことになりかねません。

これについてはまた次の機会に。。

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