気候変動報道の構造を考える:なぜ日本のメディアでは「慎重論」が引用されやすいのか

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前回の記事「気候危機と政治的誠実さ」を読んだ方から、こんな感想をいただきました。「英紙ガーディアンのような論調は、日本のメインメディアではあまり見かけません。なぜなんでしょうか?」というものです。確かに、気候危機を政治の誠実さや責任の問題として正面から問い、適応策や国際的不平等、人権にまで踏み込む報道は、日本では多くありません。今回はこの疑問を手がかりに、英ガーディアン紙と日本のメディアを比べながら、その背景にある構造を考えてみたいと思います。

「科学的に慎重」「中立」という言葉の安心感

日本の気候変動報道を見ていると、「科学的に慎重であるべきだ」「因果関係は慎重に判断すべきだ」という表現をよく目にします。この言葉自体は、決しておかしなものではありません。むしろ、冷静で理性的に聞こえ、多くの人に安心感を与える言い回しだと思います。

ただ、気になるのは、この「慎重」という言葉が、どういう場面で使われているかです。政策の方向性や政治の責任に話が及ぶとき、「議論が分かれている」「慎重な検討が必要だ」という表現が前面に出てきて、問いそのものが少し曖昧になってしまう。そんな印象を受けることがあります。

専門家の言葉が持つ重さ

日本では、「専門家の見解」という言葉がとても強い力を持ちます。学者や元官僚といった肩書きのある人のコメントは、記事として使いやすく、説明責任も果たしやすいのでしょう。

一方で、倫理的な問いや価値判断は、記事の中心には置かれにくいようです。そのバランスが、気候変動を判断の対象ではなく、様子見の対象にしてしまっているのではないかと感じることがあります。

両論併記が作る独特のバランス

日本の報道では、意見が対立するテーマについて、賛成意見と反対意見を並べる書き方がよく取られます。公平さを保つための方法ですが、気候変動のようなテーマでは、少し不思議な作用をすることがあります。

たとえば、環境団体や研究者の強い主張のあとに、「一方で慎重な意見もある」として、あまり角の立たないコメントが添えられる。すると、何が争点なのかよりも、「意見が分かれている」という構図そのものが強く印象に残ります。

環境より経済の話になりやすい

日本の新聞では、気候変動が環境問題というより、経済問題として語られることが少なくありません。企業活動への影響、エネルギーコスト、国際競争力。こうした視点は重要ですが、その文脈では、どうしても慎重であることが前提になりやすくなります。

その結果、誰がどんな影響を受けるのか、影響はどこに集中するのかといった社会的な話題が、後回しになってしまうことがあります。

不平等や人権の話が出てきにくい

気候変動を不平等や人権の問題として語ろうとすると、社会の仕組みや負担の分配に踏み込む必要が出てきます。再分配、税負担、生活様式の変化。いずれも意見が割れやすいテーマです。

日本のメディアが、こうした議論を前面に出すことに慎重になるのも、理解できなくはありません。ただ、その結果、気候変動が技術や数字の話にとどまり、社会の問題として共有されにくくなっているようにも感じます。

メディアと政治との距離

もう一つ気になるのは、メインメディアと政治や官庁との距離感です。新聞社やテレビ局は、政府や官僚を日常的に取材し続ける存在であるためか、政治の責任を鋭く問う言葉や、倫理的な問いかけは扱いにくくなる場面があるようです。

こうした日本の報道環境については、国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団」による「世界報道の自由度ランキング」でも、先進国の中では低い評価を受けています。理由としては、記者クラブ制度や政治との距離感など、報道を取り巻く構造的な要因が影響していると指摘されています(詳しくは関連記事参照)。

正解探しではなく、向き合い方

ここで強調しておきたいのは、慎重な見方そのものが問題なのではない、という点です。特定の論調だけが使いやすさによって繰り返し流通すると、別の視点や問いが見えにくくなる。その構造こそが問題なのだと思います。誰の言葉が、どんな文脈で、なぜ引用されているのか。そこを少し立ち止まって考えるだけでも、ニュースの見え方は変わります。

気候変動は、正解を当てる問題ではありません。どう向き合い、どこまでを社会として引き受けるのかを、話し合いながら決めていく問題だと思います。

その議論を豊かにするためには、誰かに任せきりにせず、受け手としての私たちも関わっていきたいもの。気候危機を遠い世界の遠い未来の話ではなく、自分たち自身の選択の問題として考え直すことが必要なのです。

日本でニュースに触れている方へ

ただ、私は普段イギリスに拠点を置いているため、日本のテレビや新聞といったメインメディアに日常的に触れている立場ではありません。

だからこそ、実際に日本でニュースに触れている皆さんが、気候変動報道についてどんな感覚を持っているのか、少し教えてもらえたら嬉しいです。

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