アロットメント:イギリス市民農園の人気再復活

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Allotment

イギリスにはアロットメント(Allotment )と呼ばれる日本でいうところの市民農園が全国中にあります。似たような制度は日本を含め世界中に広まっていますが、イギリスが発祥とのこと。その起源や移り変わり、現在の事情について紹介します。

アロットメント・ガーデン

「アロットメント」または「アロットメント・ガーデン」と呼ばれる制度は農業を専門としない一般市民が小規模な土地を借り、主に自家消費のために野菜などを栽培するものです。

イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国、米国、カナダなどで見られるもので米国では「コミュニティ・ガーデン」と呼ばれています。

ロシアにも「ダーチャ(Dacha)」と呼ばれるものがありますが、これは菜園付き別荘と言ったもので、土地だけのアロットメントとは少し趣が異なります。

日本の市民農園

日本にも市民農園とか貸農園というものがありますが、これも1920年代に欧米から輸入されたそうです。

農林水産省の資料によると、日本では2016年時点で市民農園の数は全国4,147か所、面積としては1,300haが182,567区画に分けられています。この過半数が地方自治体の運営ですが、農業従事者が開設しているものもあります。

日本では一区画当たり50平方メートル未満が8割。賃料は年間5千円未満が5割、5000円から1万円未満が3割となっています。

イギリスのアロットメント

イギリスのアロットメントもほとんどは地方自治体(カウンシル)が土地を所有し、地元住民に安価で貸すという形式です。中にはアロットメント利用者が共同で管理しているところもあるし、イングランド国教会(Church of England)が所有しているものもあります。

1996年で29万7000のアロットメントがイギリス全国あちこちにあって、小さなものから大規模なものまでさまざまです。一区画の大きさもまちまちですが、通常は10ロッドと呼ばれる、253平方メートル(302平方ヤード)の大きさです。

賃料はまちまちで、年間10ポンド以下というところもあれば100ポンド近い所もあるようですが、いずれにしても安価です。平均して年間20~40ポンド(2600~5200円)といったところが多いようです。

区分けされたアロットメントでは、各人が思い思いに好きな野菜や花を育てています。シェッド(Shed)と呼ばれる物置小屋、コンポスト(堆肥)ヒープやグリーンハウスを置く人も多いようです。

アロットメントの歴史

イギリスは何かと「世界初」が多いのですが、アロットメント制度もイングランドが発祥だと言われています。もともとは大地主に雇われて農業をしていた人たちが自給自足するためにできたもので、この背景にはエンクロージャー(囲い込み)と呼ばれる制度があります。

エンクロージャー(囲い込み)

イギリスではかつて農民がそれぞれ自分たちの土地で農作物を栽培したり家畜を飼育していました。しかし13世紀に端を発し16世紀に本格的になったエンクロージャーにより大地主が土地を囲い込み、自作農民は農業労働者となったのです。

この当時、取り上げられた農地と引き換えにアロットメント(割り当て)された小規模の土地が小作農が住む住居に付属して提供されることもありました。これがアロットメントの始まりです。

18~19世紀には農業生産性を向上するためにエンクロージャー政策が立法化され、大地主は小作農民の土地だけでなく共有地をも大規模農場の一部としました。これにより農業革命がおこり、近代的な大規模農業が始まって農業生産性が向上しました。

その反面、自分の土地を持たず農業労働者となった農民は低賃金で働き、苦しい生活を強いられることになり、自分たちの労働のたまものである農産物を売って膨大な利益を得る大地主たちに反感を持つものも出てきました。

こうした農業労働者が自分や家族が食べる食料を自給自足するために、地主や教会が小規模の土地を農民に安い賃料で貸し出したものが今でもアロットメントとして使われているのです。

この制度は Allotment Act 1887 という法律により政府に保護されることになりました。この法律のもと、地方自治体は地元住民のためにアロットメントを提供することを義務付けられたのです。この法律はその後何度か改訂されましたが、今でも自治体は需要がある限り地元民にアロットメントを提供する義務を負っています。

戦中の食糧難対策

第一次世界大戦中にドイツ軍による経済封鎖で食糧難に瀕したイギリスでは、空き地や町はずれの土地を利用してあちこちにアロットメントが作られました。

余剰の土地はどこでも利用され、鉄道線路のそばの土地も例外ではありません。鉄道会社は従業員のためにアロットメントを作り、今でいう福利厚生制度の一つとして利用されました。イギリスの電車に乗ると車窓からアロットメントをよく見かけるのはこの名残りです。

第一次世界大戦が始まった1914年に45万~60万あったといわれるアロットメントは1917年には150万に膨れ上がっていましたが、1918年に戦争が終わってからは次第にその数は減っていき、1929年には100万を割りました。

しかし1939年に第二次世界大戦が始まると、イギリスは再び食糧難に落ちり、配給が導入されるほどになりました。政府は 「Dig for Victory (勝利のために耕そう)」と銘打ったキャンペーンで「Grow Your Own (食料の自給自足)」を呼びかけました。個人宅の庭、公共の公園、運動場、ハイドパークやケンジントンガーデンなど王室所有の庭園まで、花壇を耕して畑にしたのです。

もちろん、アロットメントもこの時期再び拡張されました。配給は終戦後しばらく1954年まで続き、アロットメントはイギリス国民の食糧供給に大いに役立ちました。戦中のピークに140万か所あったアロットメントで130トンの食糧が生産されたということです。

戦後の衰退

戦争が終わり、食糧難から解放されるようになるとアロットメントは再び減少し始めました。1943年のピーク時には140万あったアロットメントが1970年代には50万に減ったのです。

その頃になると大量生産の食料が安価で手に入るようになり、人々の生活は忙しくなり、自給自足の必要も時間もなくなりました。ガーデニングも実用的な野菜作りではなく、趣味やレジャーのための花の栽培や芝生のメンテナンスが主な目的になっていきました。

1980年代にはアロットメントの人気は落ちる一方で、借り手がおらず空き区画がたくさん出るようになっていました。ピーク時に140万だった区画が1996年で29万7000に減ってしまったのです。

開発ブームでアロットメントの土地は開発業者の格好の対象となり、都市計画許可が得られた土地は次第にディヴェロパーに売却されていきました。

現代の状況

人気再復活

イギリスでは1990年代頃までは、アロットメントというと定年後の高齢者、特に男性の趣味の場所という印象がありましたが、それが少しずつ変わってきました。

一部の人たちの間で自然回帰ブームが起こり始めた2000年頃から、アロットメントはもっと若い層や子どもを持つ世代に注目されるようになったのです。

この背景には環境汚染、BSE狂犬病、遺伝子組み換え作物、 foot-and-mouth disease(口蹄疫)などの問題を経て、安全な食料を求めオーガニック食材を選ぶ人が増えたことや、環境問題への関心が高くエコロジカルな生活を求める人が自分たちで食料を調達しようとしたことがあります。

テレビ番組他のメディア、書籍などでも野菜作りを取り上げたものに関心が高まり、これまで野菜つくりやガーデニングをしたことがない人まで土に触れるようになったのです。

ガーデンセンターやスーパーマーケットの園芸コーナーで野菜の種だけでなく、すでに芽が出た小さな苗も買えるようになり、気軽に野菜作りに挑戦できるようになったことも大きいと思います。

育てる野菜はブロードビーンやさやえんどうなどの豆類、レタスなどの葉物、にんじんやジャガイモ、ラディッシュ、ズッキーニやカボチャ、リーク(ポロねぎ)、イチゴやベリー、カラントなどの果物も。

イギリス人はもともと自然好きでガーデニングが好きな人も多いので、アパート住まいで庭のない人がアロットメントを借りて野菜を育ててみたいと思うようになったのでしょう。

ロンドンで毎年開かれるチェルシーフラワーショーでも、それまではバラや多年草を中心とした観賞用の花が主だったのに、最近は野菜やハーブを庭に自然に組み入れたデザインに人気が出るようになったのも、トレンドが変わったことを示唆しているようです。

需要が供給を上回る

イギリスのアロットメントはほとんどが地方自治体(カウンシル)の所有で、利用希望者は地元のカウンシルから借りることになります。場所にもよりますが、多くのアロットメントは利用者がいっぱいで、空き区画を待つ人のウエィティングリストに名前を載せてもらって待たなければなりません。

現在、イギリスではアロットメントを利用している人が30万人いて、さらに10万人がウエイティング・リストに名を連ねているそうです。需要が供給を大幅に上回っているのです。

イギリスにはもともとガーデニング文化があり、庭付きの家に住むのが理想とされています。けれどもロンドンなどの都会に住んでいると家の価格が高く、庭付きの家など高値の花です。それでも野菜作りを楽しみたいという人たちがウエイティングリストに名前を載せてまで利用したいと思っているのです。

2013年の調査で67%のカウンシルがアロットメントのウエイティングリストを持ち、100区画につき52人待っています。待つ期間の平均は6-18か月ですが、ロンドン近郊など、特に人気の高いアロットメントではなかなか空きが出ません。中には40年待たないといけないというところもあり、祖父母が孫のためにウエイティングリストに名前を載せているということなので、気の長い話ではあります。

アロットメントのメリット

アロットメントには様々なメリットがあります。

  • 新鮮で安全な野菜や果物などを安価で得られる(多少のコストはかかるが)
  • 新鮮な外気、日光浴を得られる
  • 運動やレジャー、遊びの機会がある
  • 癒しになり、メンタルヘルス向上
  • カップルや家族、子どもと共同作業することで絆が深まる
  • 1人になる時間ができる
  • アロットメントを利用する人同士の交流、地域に溶け込む機会がある
  • 子供に生物や環境学、食育など教育の場を提供できる
  • 環境に寄与できる(緑地の確保、堆肥でリサイクル、生物多様性に寄与)

このようなメリットは、一見矛盾するものもありますが、それだけアロットメントの利用の仕方が人それぞれであり、思い思いの使い方をすることができるということでもあるようです。

少し前までイギリスでアロットメントというと高齢の男性が口うるさいご婦人から逃れるための休息の場所と言った感がありましたが、今では子供のいる家族の共同作業の場であるというように。

コロナ時代のライフスタイル

新型コロナウイルスによるロックダウン(都市封鎖)によって、イギリス人の自然・アウトドア志向は前にも増して高まっています。

ロックダウン中も戸外での運動は許されていましたが、アロットメントで作業をすることもこのうちに入るとみなされました。家族だけで行くことやアロットメント内でも他人と2mのソーシャル・ディスタンスをあけることが条件です。

アロットメントは、適度な運動ができ、日光を浴びることでヴィタミンDの補給も可能、子どもの外遊びの場所を提供し、しかもスーパーマーケットなどで他人と接触することなく新鮮な野菜や果物を収穫できるということで、ロックダウン中に家族が健康的に過ごすのに格好の場所です。

新型コロナウイルスによるロックダウンが3月下旬の春に始まったことはタイミング的にもぴったりでした。4月はイギリスには珍しく好天気が続き、外で庭仕事をしたり日向ぼっこをするのにちょうどよく、ロックダウンによって仕事に行けなくなった人たちは庭仕事に精を出していました。

イギリス人のガーデニング熱はずっと高いのですが、戦後から今までは庭というと花や芝生が主でした。けれども、ここに来て庭の芝生やボーダー(花壇)の一部を耕して野菜畑にする人も多くなっています。

庭のない人はこの機会にアロットメントに挑戦しようということで、イギリス各地のアロットメントでは需要が急に増えました。都市部ではウエイティングリストがさらに長くなるばかりですが、地域によってはすぐに借りることができるところもあります。

イギリスではコロナによるロックダウンでガーデニングだけでなく、DIYやパン作りのブームが起きています。それは単に仕事がなくなったり外出できないから時間があるのだけが理由ではないと思います。

アロットメントの人気復活も、ただ野菜を育てたいということではなく、自分の手を使って「ほんもの」と触れる機会を求めているのではないでしょうか。

コロナの影響で仕事、買い物、コミュニケーションなどがすべてデジタル化してしまった毎日。カフェでおしゃべりすることも、友人と会って握手やハグすることもできない日々に、外に出て風や日差しを体感し、鳥のさえずりを聞き、花の香りをかぎ、自分の手で土や葉っぱに触って泥だらけになり、ミミズと出会う。

目に見えないウイルスは自分でコントロールすることはできません。でも自分で土を耕し、小さな種をまいて手間をかけることで、芽が出て葉が増えて食べることができるようになるまでをこの目で確かめることができる確実さ。それをコロナ時代の私たちは求めているのではないかと思います。

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